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孤独な聖夜(メリークリスマス)

「元気出せよ兄貴、私まで負け犬みたいじゃねーか」


 クリスマスイヴ。両親がデートに出かけ、四方山兄妹は家で今日が何でもない日のようにテレビを見ていた。


「……本当は勇美もクリスマスパーティーとか誘われてるんだろう? 俺に遠慮しなくて行っていいんだよ」

「自意識過剰すぎるだろ兄貴、ぼっちな兄貴に遠慮してクリスマスに予定入れないとかそこまでブラコンじゃないっつうの。普通の人はクリスマスにはパーティーかデートをしてるってのがそもそも偏見すぎるからな。中高生なら家族と一緒に過ごす人だっているし、恋人持ちだってマイノリティな方だっつうの。ま、見栄を張ってクリスマスには予定があるからパーティーの参加を断る奴もいるけどな。私じゃないぞ? むしろ私は友達同士でパーティーやりたかったんだけど、彼氏いないはずの何人かがそう言って断ったからお流れになったんだからな? ありゃ絶対見栄はってるね、年が明けたら言ってやる、『てめえらがいもしない恋人との約束を優先したせいで私は寂しいクリスマスを過ごしたよ』ってな! 友情なんて糞喰らえってんだ!」


 冬休みは帰ってくる家族に親孝行をするというスローネと、ライブ等のイベントを武蔵野を共にするという稲穂。他に友人もいない勇男は冬休み中ずっと引きこもりクリスマスもこうして陰鬱に過ごしていたのだが、妹の方が心の闇は深かったらしく、3本目のシャンメリーを開けていた。


「あはは……ちょっと外をぶらぶらしてくるけど、何か買ってこようか? 父さんにお金はたくさん貰ったし」

「クリスマスケーキを1ホールと、ケンタのバレル」

「やけ食いは駄目だよ……」

「はぁ……こんなことならこないだ告ってきた男子と付き合っておけばよかったか。今から誘ってみるかなぁ……それはそれで嫌な女だしなあ……」


 勇美も大変だなあと苦笑いしながら家を出て街に繰り出す勇男。煌びやかなイルミネーションに包まれた家を見て感服したり、家の中から聞こえてくる楽しそうな声に少し切なくなったりしながら、ふと家族と一緒にクリスマスを過ごすというスローネの事を思い出し、自然と足取りは彼女の家の方へ。しばらく歩いていると、やがてスローネの大きな屋敷が見えてくる。ほとんどの部屋の電気は消えていたが、一室だけ明かりがついており、中からは楽しそうな声が聞こえてきた。気づけば勇男はこっそりと敷地内に入り、明かりのついた部屋の近くで会話を盗み聞きしようとしていた。


「それでなスローネ、仕事の方も大分落ち着いてな、これからは家にも結構帰ってこれそうなんだ。それとももうお前の年くらいになると、親なんてもう煩わしいか?」

「そんなことはありませんわお父様。実を言えば今まで寂しい想いをしてましたの」

「あらあら、寂しい想いをさせてごめんなさいね」


 一家団欒という感じの会話に、スローネに必要だったものは大きな屋敷でも恵まれた才能でもなく、ささやかな家族との触れ合いだったのかもなと勝手に納得すると、こっそりと勇男は敷地を抜け出す。


「うっ……」


 妹への土産を買うために繁華街の方へ行くと、そこはカップルの巣窟であった。楽しそうに買い物をする夫婦、手を繋いでデートをしている中学生らしき男女……実際にはカップルだけではなく、クリスマスの夜に働いている人達もたくさんいるのだが、勇男はまるで一人でこの場所にいる自分が周囲の全員に笑われているのではないかという錯覚すら覚えてしまう。それだけ周りの人達は皆楽しそうだったのだ。


「ナンパとか、してみようかな……」


 友達に比べれば恋人はそこまで欲していなかったし、作るなら作るである程度理想を持っていた勇男ではあったが、このカップルだらけの空気には耐えられなかったのか、同じように一人でいる女の子に声をかけてみようかな、なんて思考に陥ってしまう。丁度前方のベンチに、サングラスをかけて不満気にチキンを頬張っている同年代の少女がいたので、その横に座り深呼吸をした後、勇気を出して声をかけてみる。


「ねえ、君一人? よかったら、俺と茶しばかない?」


 関西出身でもないのに、ナンパする時の台詞って確かこんな感じだよねと漫画に出てきた台詞を用いる勇男。言われた相手は首をかしげながら、勇男の方を向く。


「茶をしばく? お茶をしばいたらこぼれるじゃないか、突然話しかけてきたかと思えば何をわけのわからない事を言っているんだい君は……って四方山君じゃないか」

「……鈴峯さん!? どうしてここに」


 聞きなれた声にびっくりして大声を挙げる勇男。果たしてそれは稲穂であった。



「やあ、こんな日に君と出会えるなんて、これもまた運命かな。うん、夕食はまだかい? 僕も小腹が空いていてね、あそこに行こうじゃないか、隠れ家」


 サングラスをかけたまま、勇男の横を歩き、昔彼女が紹介したスパゲッティの店に向かう稲穂。勇男はその横で、何故稲穂がこんなところに一人でいるのかを考えていた。少し常識からズレている勇男でも、その答えは簡単に推測できる。推測はできても、彼女にそれを確かめることができず、


「どうしたの? そのサングラス」

「似合ってるだろう?」

「値札がついたままだよ」

「……! そ、そういう事は気づいたらすぐに言って欲しいね!」


 無難な話題しか出すことができない。やがて勇男と稲穂が初めて一緒に昼食を食べに行った、『小人の楽園』に到着する。勇男はここに来るのは三度目だが、駐車場が出来ており、更にそこが車で埋まっていて、店の外観もクリスマス仕様なのか煌びやかになっているなど、二度目に来た時よりも繁盛しているようだった。


「わあ、あれからまた人気が出たんだね。何分待ちかな? それともクリスマスだし、予約しないと駄目なのかな?」


 閑散としていた頃からこの店に目をつけていた稲穂のセンスに感服しながら、稲穂も自分の褒めた店が繁盛してさぞ嬉しいだろうと彼女の方を見ると、怒りに満ち溢れているのかわなわなと震えていた。


「……いや、この店はもう終わったよ。別の店に行こう」

「終わった? ああ、ラストオーダーって意味?」

「何が、何が食べナビ絶賛だ! 何がミシェランガイドおすすめだ! 金の亡者が! こんなもの! こんなもの!」


 お店のドアに貼っていた、どこぞの団体がお店を推薦している旨のステッカーをビリッと剥すと、不機嫌そうに別の場所に行こう、他にもいいところ知っているからと勇男の手をぐいと引っ張って店を去る。




「……ここも味が落ちた……昔来た時は中華そばだけだったのに、何だいこの豊富なトッピングは」


 10分後、繁盛してはいないが潰れかけというわけでもない、個人経営のラーメン屋で、カウンターに二人並んで座りラーメンをすする。


「鈴峯さん、湯気でサングラス酷いことになってるよ? 前見えるの?」

「……確かに全然見えないね」


 勇男に指摘されてサングラスを外す稲穂。その目は赤く腫れており、サングラスをつけていたのは泣き顔を隠すためだったのかと勇男は察する。



「ねえ、鈴峯さん。今日って武蔵野君と」

「さーて、そろそろ僕は帰るかな。冬休みは暇かい? 暇ならたまにはデートしようよ。連絡するからさ、それじゃ!」


 ラーメン屋から出た後、事情を聞こうとする勇男だったが、口を指で塞がれてしまう。虚勢を張っているのか目一杯の笑みを見せると、その場から去って行く稲穂。


「武蔵野君に連絡……そういえば俺、武蔵野君の連絡先知らないや。友達だと思っていたのは、俺だけだったのかな、ははは。友情なんてもの、愛情なんてもの、薄っぺらいのかな。あんだけ鈴峯さん、武蔵野君と仲良さそうだったのに。ああ、あそこのカップルも別れ話をしているよ。普通の人ですらそうなんだから、俺に友情や愛情を育むことなんて無理なのかな、ははは……」


 稲穂の後姿を眺めながら、虚しさに襲われる勇男。ホールケーキとバーレルを買って家に戻ると、そこには数本の空いたビール缶と、熟睡している妹の姿だった。妹に毛布をかけると、部屋に戻り、ホールケーキとバーレルで寂しいクリスマスを過ごすのだった。

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