魔王の崩御(デスオブスローネ)
「文化祭の準備も順調だね、この分なら、いいお化け屋敷になりそうだ」
「そんなわけないでしょ、子供騙しの出し物に、文化祭だからって浮かれて物事の本質を見抜けない連中がきゃあきゃあ騒ぐ。見てられないね」
「とか言って鈴峯さん、今日も準備の手伝いはするんだよね」
「ま、僕がいないとただでさえ悲惨な文化祭が余計酷くなるからね」
文化祭まで残り1週間。最初は準備すら参加しようとしなかった稲穂だが、最近は真面目に手伝いをするようになった。『武蔵野君のおかげで、鈴峯さんが変わったのかなあ』と楽観的に考える勇男。そして勇男の方にも、少しずつではあるが良い変化が表れていた。
「ごめん四方山君、今日は力仕事がメインなんだけど、男手が足りなくてさ……その」
「うん、わかってるよ。手伝う手伝う」
「本当? ごめんね、無理言って。武蔵野君にも頼んでるから、彼の指示に従ってね。私は放課後も顔を出せそうにないから」
「うん、大変だね文化祭の実行委員も」
勇男にペコペコと頭を下げて会議があるのか教室を飛び出していく文化祭の実行委員。文化祭なんてくだらないと悪態をついているのは稲穂だけではない。むしろ悪態をつきながらも一応は準備を手伝っている稲穂はマシな方で、一度も準備に参加しないガラの悪いクラスメイトが何人かおり、必然的に勇男のような根が真面目で心優しく、頼まれごとは断らない男の株があがるのだ。そして文化祭の準備を通じて、勇男は少しずつ稲穂達以外とのクラスメイトとも会話をするようになっていた。
「ははは、都合のいいように利用されちゃって、馬鹿だね」
「いいんだよ、俺が好きでやってるんだから。鈴峯さんも今日残って準備手伝おうよ。武蔵野君も残るみたいだし」
「な、何でそこであの男の名前が出るんだい? ま、今日は気分がいいから手伝ってあげようかな」
少し照れながら、以前の彼女ではまず言わなかったであろう台詞を口にする。同じバンドのファンということで自然と武蔵野と会話する機会が増えた稲穂。勇男が何もしなくても、二人の仲が着実に進展しているのは明白であった。
「……」
入学当初の孤独だった頃に比べれば、良い方向に進んでいる勇男と稲穂。そんな二人を、無言でお弁当を食べながら冷ややかに見つめる姿があった。スローネである。
「そういえば聖さん、聖さんとは別の班だけど準備ちゃんとやってるの?」
「さあね」
「さあねって……」
良い方向に進んでいるからか口数が増えてきた二人とは反対に、ここの所滅多に喋らず、授業中も昔のように魔導書を読むでもなくぼーっとしているだけのスローネ。席が隣ということもあり、スローネの事を心配する勇男。
「そうだ、今日は聖さんの班じゃないけど、聖さんも今日一緒に手伝おうよ。皆で何かを作り上げるのって楽しいよ。いい気分転換になるよ」
「……そうね。じゃあ、そうするわ」
勇男の申し出に嫌がるでもなく淡々と了承し、お弁当を食べ終えると教室を出て行ってしまうスローネ。
「どうしたのかなあ聖さん。ずっと元気がないみたいだけど」
「きっと僕達が最近構ってあげられないから拗ねちゃったのさ。彼女は僕達以外誰とも会話とかしていないからね。四方山君の言うとおり、皆で文化祭の準備を手伝えば機嫌もすぐに戻るさ」
「微妙に上から目線だし、何か違う気がするなあ」
ついこの前までは自分も同じような境遇だったのにも関わらずそんな台詞を口にする稲穂を呆れた目で見ながらも、『聖さんは可愛いし何でもできるし、文化祭の準備をすればすぐに人気者になれる』だなんてこれまた楽観的すぎる思考の勇男であった。
「うん、我ながらいい出来だ。まさに飢えたゾンビだね」
「少しファンシーすぎるんじゃないの?」
放課後になり、約束通り文化祭の準備を手伝う稲穂とスローネ。お化けのお面を作っている二人を眺めながら、勇男は武蔵野と共に設備を組み立てていた。
「大分設備も完成してきたけど、もう教室の後ろに置くのは無理があるね」
「それなら心配いらないよ、空き教室を既に借りているから。前日には机をどかして、この柱だったりを設置すればいい」
下校時刻ギリギリまで残って作業をする勇男達。その後も勇男は積極的に文化祭の準備を手伝い、シフトに入っていない稲穂やスローネも積極的に誘うなどして貢献し、あっという間に文化祭の前日まで時間は過ぎて行った。
「ごめんね、何日も俺のわがままに付き合ってもらって」
「気にしなくていいわ。いい気分転換になったもの」
この日は前日ということもあり、授業の代わりに朝から晩までクラス総出で作業。無事に教室を文化祭用に模様替えすることができ、当日のシフト等を決めた後に解散となった。ライブハウスに向かう稲穂と武蔵野を見送りながら、自然と勇男はスローネと途中まで帰ることに。
「鈴峯さんや聖さんのおかげで助かったよって実行委員の子も言ってたよ。明日が楽しみだなあ」
「そうね。それじゃあ私はこっちだから……深夜2時に学校で」
勇男の返答すら聞かずにそう告げて去って行くスローネ。儀式に誘われるのも久々だなとか、どうしてこんな時期にとか、そんな事を考えながらも勇男に行かないという選択肢は無かった。家に帰り、いつものように夕食を食べ、お風呂に入り、勇美と共にリビングでテレビを見る。日を跨ぎ、『明日は文化祭なんだろう? 兄貴もさっさ寝ろよ』と言いながら勇美が部屋に戻って行った後、勇男は防寒着を着こむと一人家を出て行った。
「来てくれたのね」
「寒くなったね。聖さんも普通のジャンパーだ」
「……当たり前じゃない。黒いローブなんて着こんで夜中に出歩く不審な女子高生がどこにいるの」
「深夜に学校に侵入する時点で不審極まりないけどね……」
普通の冬用の服装に身を包んだスローネと共に、手際良く学校に侵入する勇男。屋上にでも行くのかと思っていた勇男だったが、スローネが向かった先は自分達の教室だった。
「教室? ひょっとして儀式とかじゃなくて、忘れ物をしただけとか?」
「いえ、儀式よ儀式。この下らない毎日を壊してくれる、私を刺激的な世界に連れてっている、破壊の神様を呼び出さないといけないの」
「物騒な話だね」
いつのまにか鍵をくすねていたようで、教室に入るとカバンから懐中電灯を取り出し、真夜中のお化け屋敷を突き進むスローネ。やがて当日に脅かし役が被る予定の、彼女が作った吸血鬼のお面を手に取ると、
「ああ、自分で作ったものを自分で壊すって素敵ね」
「……聖さん?」
バキリとそれを割ってその辺に投げ捨てた。更に彼女はその近くにあった、稲穂が苦労して作ったゾンビのお面を手に取ると、それを床に投げつけようとする。思わずスローネの腕を掴んで破壊を阻止する勇男。
「何してるのさ聖さん、折角作ったのに……しかもそれは鈴峯さんが作ったものじゃないか」
「離してよ。彼女だって文化祭なんてちゃちで下らないって言ってたでしょう? 私も同感、何の面白みも感じないわ。だから一緒に壊しましょう? こんな下らない日常、下らない世界」
「駄目だよ、どうしてこんな事をするのさ」
夜中に学校で怪しげな儀式を行ったり、黒い動物を捕まえては使い魔と称して飼ったりとしている彼女を許容し、彼女の言いなりになっていた勇男ではあったが、この日ばかりは彼女の言う事を聞くわけにはいかないと彼女の右腕を離さない。
「あら、大胆な事をするのね。……そうだ、もし一緒に教室を壊してくれるなら、しばらくあなたの恋人になってあげるわ。私、あなたが羨ましいって言ったわよね。私、あなたと一緒なら、いつもじゃできない事でもできるって思うの。今日だって、自分一人じゃこんな事できないわ」
「……そんな事を言っても無駄だよ。おかしいよ最近の聖さん、俺じゃカウンセラーにはならないかもしれないけどさ、何があったのさ。話してよ」
クスリと微笑みながら勇男に向き直り、少し身体を密着させてそう囁くスローネ。勇男にとってはまさに悪魔の囁きであり、数秒間本気で沈黙してしまう。クラスメイトを裏切る訳にはいかないだとか、でも彼女が欲しいだとか、色んな事を考えては悩む勇男。青春とは無縁な生活を送ってきただけに、恋愛に対する理想も高かった彼はこんな事で恋人を作っても意味がないと誘惑を振り払い、彼女を諌めようとする。
「あら、色仕掛けが効かないなんて、少しショック。……まあいいわ。屋上で星でも眺めましょう」
諦めたように笑い、上を指差すスローネ。勇男が手を離すと、彼女は教室を出ていって屋上に向かい、勇男もその後を追う。平然とカバンから屋上の鍵を取り出して扉を開け、冷ややかな風が流れる屋上から空を眺めはじめるスローネ。無言で勇男がその横に立ち彼女の顔を見ると、ポロポロと涙を流していた。
「あなたは言ったわよね、最近の私がおかしいって。でもね、実際には逆なのよ。私ね……」
正気に戻ってしまったのよと、ただただ身体を震わせながら勇男に寄り添うスローネ。自分は普通の少女でしかないと、彼女がはっきりと認めた瞬間であった。




