聖スローネは天使で魔王
「ああ……忌々しい朝が来てしまったわ。けれど、人の身となった私は、最早朝を苦としない。あれだけ憎んでいた人間の身も、悪くないものね」
見ただけで裕福なのだろうと思われる広く煌びやかな部屋で、ゴスロリ服に身を包み暑苦しいのか汗をだらだらと流しながら目を覚ます少女。
混沌なる座天使、本名、聖スローネは、中二病であった。
「漆黒の果実に漆黒の血、漆黒の糧……今日も私の渇きを潤してくれるわ」
朝起きて軽くシャワーを浴び制服に着替え、リビングで朝食を採る。
漆黒というよりは紫色のブルーベリーに、漆黒というよりは茶色いココア、海苔でがちがちに巻いただけでほとんど白米なおにぎり。そんな似非漆黒の朝食を食べながらテレビをつけてニュースを見る。丁度ニュースでは、外国で起こった地震の被害を伝えていた。
「最近カタストロフが多いわね、私がこの世に産まれてきた弊害かしら……心配しなくても、私が真の力に目覚めれば、皆アセンションしてあげるわ。さて、今日も学校で、負の力を集めることにしましょう……」
朝食を食べ終え、自身の住む大きな屋敷から学校へと向かう彼女。
「ねえねえ、あの子可愛くない?」
「天使みたいだよね、ハーフなのかな?」
学校へ向かう途中、すれ違った女学生二名が彼女の噂をする。
サラサラとした金色のストレートに、人形のように整った顔立ち、周りと比べると幼げだがスタイルが悪いというわけではなく、声も一際澄んでいる。彼女は見た目だけなら天使のようだった。
大企業の社長の父と、フランスの貴族の母を持つ彼女は容姿にも家柄にも恵まれていた。
ただ残念な事に、いつからか彼女は自分の事を『異世界の魔王の生まれ変わり』だと思っていた。
使い魔と称して黒猫や蝙蝠、イモリを飼い、黒魔術や死霊術だと言っては謎の儀式を繰り返し、夏だろうと制服の上から黒いマントを羽織る、そんな危ない人間だった。
何故彼女がそんなことになってしまったのか。
両親や周りの人間に天使のようだと言われ続け、思春期特有の周囲の反発から魔王を名乗るようになったのかもしれない。
あるいは、彼女の前世は本当に異世界の魔王であり、その強大な力がこの世界の彼女の記憶に影響しているのかもしれない。
しかし理由はどうあれ、彼女の体に魔力なんてものはなく、彼女が行っている黒魔術や死霊術は成功した試しがない。周りからすれば、危ない人間でしかなかった。
親バカな両親は娘は立派に育っているから、家を空けても大丈夫だろうとほとんど仕事で帰ってこないこともあり、彼女は広い屋敷を、一人で魔王のお城か何かのように扱うのだった。
「……」
学校へ到着するスローネ。生活指導の教師も、最早彼女が羽織っているマントに何も言わない。諦めたのだ。
「(ようやくあの男も、私がこの黒の羽衣を着ていないとうまく体を動かせないと理解してくれたようね)」
それを曲解して不気味に笑うスローネ。天使のような容姿の彼女が、黒マントを羽織って不気味に笑うその姿は、堕天使に見えないこともない。
教室についた彼女は自分の席に座ると、窓の外を飛ぶカラスを眺めてぶつぶつと呪文のようなものを呟き始める。
「なあなあ、誰かスローネちゃんに告った?」
「いやー、可愛いけど、流石にアレは無理だわ」
「やばいよな、高校じゃなくて病院通った方がいいんじゃねえか? でも外国人みたいだし、宗教的な問題であんな感じなのかな。何の宗教だろ」
「金持ちらしいけど、どんな家なんだろうな。マフィアとか?」
教室の男子が彼女の容姿に見とれながらも、彼女についてあることないこと噂する。
その優れた容姿から彼女は中学時代何度も告白されたが、某ライトノベルのヒロインよろしくただの人間には興味がないと断り続けていた。
他人と交流を持とうとしたこともなかったため、レズビアンだとか、家はマフィアだとか、カルト宗教にハマっているとか、そんな憶測が気づけば飛び交っていたが、彼女は全く気にもせず、今日も我が道を行くのだ。
「ここの英文の和訳を……聖さん」
「ジョニーはケビンが横たわっていると嘘をついた」
「よくできました。間違えやすいのがlieの単語で……」
英語の授業。教科書もノートも開かず窓の外ばかり見ているスローネを英語教師があてると、彼女は黒板を少し見ただけで英文を和訳しペラペラと喋る。
「(脆弱な人間の体でも、力の使い方を覚えれば速く走れるものね……)」
体育の授業では息切れすることなく、美しい金髪をなびかせて陸上部の女子ばりに走る。
彼女は才能にも恵まれていたのだ。
「(今日も闇の力が体に入ってくるわ……)」
お昼休憩、黒いチョコレートに黒酢と、闇っぽいのかよくわからない食事をとるスローネ。
そんな彼女を見ながら、クラスの女子勢がこそこそと話す。
「聖さんさー、可愛いからって調子乗ってるよね。ちょっとお灸を据えた方がいいんじゃない?」
「やめた方がいいよ、私中学一緒だったけど、聖さんに嫌がらせしようとした女子が、カラスの大群に襲われたって聞いたし」
「え、それじゃあ彼女って本当に黒魔術とか使えるの? 怖いね……」
彼女の噂話をしながら怯える女子。
見た目も中身も浮きまくりなスローネであったが、奇行のおかげか怒らせたら何をされるかわからない、お金持ちで危ない家らしいから敵に回すと危ない、そんな噂のおかげで幸いにもいじめを受けたことはなかく、成績優秀なために教師にもそうそう叱られることもなかった。不幸にも、だからこそ彼女は浮き続けるのだが。
「ねえ、ちょっといいかな」
そんな感じで、優れた容姿を持ちながらも同性も異性も寄り付かず、孤高の魔王ライフを送っていた彼女であったが、ある日一人の女子に声をかけられる。
「……鈴峯さんだったかしら」
「うん、僕の名前を憶えてくれるなんて嬉しいよ」
「何か用? 私はサバトの準備で忙しいのだけれど」
その女子こそ、鈴峯稲穂であった。
自分は周りよりも大人びている、優れていると思っている稲穂であったが、実際に勉強面や運動面、更に言えば容姿や家柄でも優れているスローネからすれば、悲しいことに他の人間と同じくとるにたらない凡人としか稲穂を認識していなかった。
「なんていうかさ、聖さんって、普通の人とは違うよね。一つ上の存在だよね」
スローネと仲良くなりたくて煽てる稲穂。
変わってるね、とかそういう事を言われることは何度もあったスローネにとってみれば、別に心を突き動かされるセリフではないはずなのだが、高校生になってスローネも友達を作りたかったのか、それとも自分と同じくクラスで浮いている稲穂に何かを感じ取ったのか、
「……あなたも、こっち側の人間のようね」
「おお、わかってくれる? 流石は聖さんだ」
「ふっ、私を誰だと思っているの? 混沌なる座天使よ」
「??? うん、君とはいい友達になれそうだよ、今日から僕と君は同志だ。このつまらない世の中で真実を見つける同志だ」
「ええ。よかったら、今日私の家でサバトをしない?」
「??? うん、いいよ。いいよね、サバト」
不幸にも稲穂と意気投合してしまう。
スローネの言っている単語の意味を理解できない稲穂であったが、知ったかぶって通っぽく振舞う。
「あ、そうだ。実はもう一人、同志として迎えようと思っている人がいるんだよ。折角だから、一緒に誘わない?」
「ふっ、あなたが見初める人間なら、間違いはないでしょうね。いいわ。サバトは賑やかな方が楽しいしね」
「よし、それじゃあ早速声をかけることにしよう」
まるで前世からの付き合いだったかのように惹かれ合った二人。
稲穂は自分と同じくらい大人びていると認識している二人のうち、もう一人に声をかける。
「ねえねえ、ちょっといいかな?」
その人物とは……