未熟な笛吹き(フューチャーハーメルン)
「水分は、2リットルはいるかな。冷えピタも何枚か……」
「勇美、何してるの?」
夏休みのある夜、リビングでリュックサックにペットボトルやタオルを詰め込む勇美を見て首をかしげる勇男。勇美は少し興奮した顔でガッツポーズを決めて見せる。
「ふふん、瀬戸ストックだよ」
「なんかすごいライブだっけ?」
「そうそう、チケットすぐに完売しちまって諦めてたんだけどよ、こないだダチに誘われてライブハウス行ったら知り合った女と意気投合してよ、チケット余ってるって言うから連れてってもらえることになったんだ」
「そ、それって援助交際じゃないか!」
「意味わかって言ってんのかよ……明日に備えて私は寝るからな、私が援助交際したとか周りの人にぬかしたらマジで縁切るからな」
大きなため息をつくと、ポケットから胃薬を取り出して水も使わずに飲み込み、リュックサックを閉めて部屋に戻って行く勇美。発言の意図すらわからず、思春期の女の子って皆あんな感じなのかなあと反省することなくテレビをつける。やっていた音楽番組を見ているうちに、自分もライブとかに行ってみたいなと思うようになった勇男は、音楽に詳しそうな稲穂に電話をかけた。
『はいもしもし、四方山君?』
『うん、夏休みはどう? 満喫してる?』
『大変だったよ、補習から解放されたと思ったら親に夏休みの宿題終わらせるまで遊びに出かけちゃいけないって言われちゃってさ。ちょっと赤点をたくさんとったくらいで酷いと思わない?』
『あはは、でも確かにそうでもしないと鈴峯さん宿題しなさそう』
『ひ、酷いな君は!?』
しばらくとりとめのない話をする二人。この数か月で大分自分の会話スキルも上達したなと、上機嫌そうな稲穂の声色を聞いて満足する勇男。主に稲穂の愚痴を聞く形で30分程長話をしていたが、本題があったことを思い出す。
『いやあすっかり話し込んでしまったよ、まさに四方山話だね、四方山君だけに。……くくっ、はははっ、あーはっはっはっ』
『それはそうと鈴峯さん、夏休みにライブとか見にいく予定ある?』
『おや、この僕にそんな事を聞くとはどうしたんだい?』
『妹が瀬戸ストックに行くんだけどね、わくわくしてる妹を見てたら俺もライブとかに行きたくなっちゃって』
『やれやれ、これだから素人は。瀬戸ストックなんて玄人ぶった素人御用達のイベントじゃないか。……と、ごめんごめん。君の妹さんを馬鹿にするつもりはないんだ、ただ僕はホンモノを知ってるからね。僕に相談してくれた君のセンスに敬意を表して、特別な演奏会に君を招待してあげようじゃないか。明日あるんだけど、勿論来るよね?』
『本当? 鈴峯さんは気が利くなあ』
特別という響きに滅法弱い勇男。約束を取り付けた後は、遠足前の小学生のように布団の中で眠れぬ夜を過ごすのだった。
「お待たせ鈴峯さん」
「やあ四方山君。まだ時間があるから、ご飯でも食べないかい? 例の隠れ家でね」
「うん、いいよ。それにしても、何だかデートみたいだね」
翌日の昼前、待ち合わせ場所で合流し、以前学校帰りに寄った『小人の楽園』へ向かう二人。歩きながら稲穂の事を意識しだす勇男であったが、先日の一件でスローネが自分に好意を寄せているのではないかと推測しているため、自分達の関係はどうなってしまうのだろうと少し不安になりだす。
「ははは、確かにそうかもしれないね。まあ、僕にとっては男の人と音楽鑑賞なんて日常茶飯事だけどね」
「え、そうなの?」
「そ、そうだよ。うん、僕はモテるからね!」
「すごい……」
「うっ……」
実際には恋愛経験が皆無なのにも関わらず、見栄を張って大法螺を吹く稲穂であったが、勇男の純粋な尊敬するような眼差しに内心焦り、話題を変えようと音楽について語りだす。
「というわけで、ロキノンの時代は終わったんだよ。っと、ついたついた……へい大将……ん?」
「お客さんが何人かいるね」
しばらくして『小人の楽園』についた二人。意気揚々と扉を開ける稲穂であったが、店内に数名の客がいることに動揺する。
「どうしたの? 食欲ないの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
料理を注文し、出てきたスパゲッティに舌鼓を打つ勇男とは対照的に、不機嫌総に周りにいる客を見るばかりで料理に口をつけようとしない稲穂。その後片肘をつきながらズルズルとスパゲッティをすする稲穂を見ながら、繁盛しているのにどうして不機嫌になるのか理解できない勇男だった。
「少し味が落ちたと思わないかい?」
「そう? この前と同じものを頼んだけど、特に味が変わったとは思わないけどなあ」
「いや、明らかに味が落ちたよ。素人の四方山君にはわからないかもしれないけどね。まったく、大衆に媚を売るなんて……このままじゃ、あの店はもうすぐ潰れるね!」
店を出た後、ぶつぶつと文句を言いながら本来の目的である演奏会の会場へと早足で向かう稲穂。自分の対応に問題があったのだろうかと悩む勇男を無視して、ずかずかと先導すること十数分。町内会などで使われることの多い、区の集会所へとたどり着く。
「ああ、ついたついた。時間もぴったしだ。この僕としたことがメランコリってしまったけれど、この素晴らしき演奏会ですぐにオプティミスティックることだろうね」
「コムガー演奏団……聞いたことないなあ」
「まだ駆け出しだからね。けれど僕が目をつけたんだ、すぐに人気に……人気に……」
「? どうしたの、顔色が悪いけど。食べてすぐに動いたから?」
「ははは、そうかもしれないね。中でゆっくりと音楽を聞きながら休もうじゃないか。おっと、参加費は僕が払っておくよ、僕が誘ったんだからね」
パンフレットを読みながら訝しがる勇男に、将来有名になると断言しようとする稲穂だったが、好きなものはマイナーなままでいて欲しいという身勝手な欲求が、彼女の顔色を青ざめさせる。その後2時間、東南アジアっぽい衣装に身を包んだ人達の、笛や太鼓による演奏を聞いた勇男であったが、普段からこういう音楽に聞きなれていない勇男にはよくわからなかった。
「どうだい、素晴らしかっただろう?」
「……うん、すごかった! よかった!」
演奏会を終えた帰り、適当にその辺を二人でぶらついているうちに稲穂に感想を求められ、とりあえず褒めておけばいいだろうと小学生並の感想を述べる勇男。すると稲穂はやれやれと肩をすくめてみせる。
「本当は解ってない癖に、僕のご機嫌をとろうとして適当な感想を……これだから素人は」
「うっ……ばればれかあ」
「まあ、女の子を喜ばせようとするその姿勢だけは評価してもいいかな。そんな四方山君には、更に特別な演奏会に招待してあげよう」
「本当? 今度はどこでやるの?」
「ここだよ」
そう言いながら誰もいない、昔は建物があったであろう寂れた空地へ入って行く稲穂。路上ミュージシャンでも来るのだろうかと同じく空地に入る勇男。すると突然稲穂が拍手をし始める。
「やあ、ようこそ僕の演奏会へ。心行くまで楽しんでいってくれたまえ」
「って、鈴峯さんが演奏するの?」
「なんだい、僕に演奏ができないとでも? 見るがいい」
カバンの中から縦笛のような物を取り出す稲穂。
「ああ、リコーダーか」
「ち! が! う! よ! ケーナだよケーナ! 大人しく聞いてるんだね」
リコーダーと言われて顔を真っ赤にしながら訂正し、ケーナに口をつけて演奏し始める稲穂。あまり練習していないのか、センスがないのか、先程の演奏会よりも明らかに下手だなと、結果として勇男の中でのコムガー演奏団の評価を大幅にあげさせるのだった。
「はぁ……はぁ……どうだい、楽しんでいただけたかな?」
「うん、やっぱりプロはすごいね」
「あはは、プロだなんて、いやいや……っと。そういうわけで僕は帰るよ、ディスチャンを見なきゃ」
途中からアドリブでいい加減なメロディになりながらも30分程演奏し続けた稲穂に拍手をしながらも、コムガー演奏団の事を褒め称える勇男。自分が褒められたと勘違いして照れながらも、見たいテレビ番組があるのか急いでその場から去っていく稲穂だった。




