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雨の日の日常(デライトレイン)

「……すごい雨だな」


 梅雨真っ盛りの六月某日。いつもは妹に起こされるまで惰眠を貪っている勇男も、この日は雨の音で自然と目が覚める。窓を開けて外を見ると、丁度山の方が光るところだった。


「1……2……3……4」


 音が鳴るタイムラグから、山と家の距離を測ろうとする勇男。数秒後にドンガラガシャンと大きな音が鳴り、距離を推測しようとする勇男だったが、


「うぎゃあああああああ!」

「!? 勇美、どうしたんだ!」


 妹の奇声によって頭の中の数値が消し飛んでしまう。慌てて勇美の部屋の扉を開けると、そこにはベッドから転がり落ちてピクついている妹の姿があった。



「いつつ……腰が逝きかけたよ」

「雷で怖がるなんて、勇美も可愛いところあるんだね」

「うっせ、レディの部屋に勝手に入り込みやがって」


 リビングで朝食を食べながら談笑する二人。ニュースを見ると、県内全域に警報が出ていることが見て取れた。


「この分なら私も兄貴も学校休みだろうね。もうじき連絡網が回ってくるはず……っと、早速電話だ。私がとるよ。……はい、もしもし四方山ですが。……はい、はい。勇男の妹です。ええ、わかりました。伝えておきます。ありがとうございました、では。……兄貴の方だった。ついでに私が回しておこうか?」

「俺を馬鹿にしないでくれよ、電話くらいできるさ」

「ホントかよ……」


 ムキになりながら連絡網の紙を手に取る勇男。自分の次のクラスメイトは誰だろうかと紙に目を通すと、そこには稲穂の名前があった。


「よかった、鈴峯さんならあがらずに、気兼ねなく喋れる」

「兄貴の数少ない友達か。でも気をつけろよ、本人じゃなくて家族が出てくることもあるんだからな」

「わかってるよ」


 深呼吸をした後に稲穂の家の電話番号のボタンを押し、受話器を耳に近づけると、


「もしもし! 四方山と申しますが!」

『ひゃひ!? は、はい、私は鈴峯と申すものです!?』

「あがるとかいう問題じゃねえよ馬鹿兄貴……」


 近くにいた家族がびっくりするくらいの大声で挨拶をかます。電話の向こうの人間も驚いたのか、動転しているような声色になる。


「(私って言ってるし、鈴峯さんじゃないのかな?)鈴峯さんのご家族でいらっしゃいますでしょうか? 実はこの度警報により学校が休みになりまして!」

『は、はい! わかりました! では次の人に回しておきます! ありがとうございました!」

「いえ! それでは!」


 ガチャリと受話器を置き、妹に勝ち誇った表情をする勇男。


「……うん、よくやったよ兄貴は。よし兄貴、今日はゲームでもして遊ぼうぜ。ギャルゲーやろう、兄貴も女友達ができたし少しは身の振り方考えないといけないだろう?」


 そんな勇男を母親以上に慈愛に満ちた表情で眺め、今は精一杯労ってやろうと決意する勇美だった。




 勇男の部屋で、ギャルゲーをプレイする勇男とそれを横で眺める勇美。メインヒロインである金髪の美少女と、悪友の少女にターゲットを絞ったようで、その二人の好感度を稼げるよう選択肢を選んでいく勇男を見て、勇美は悪態をつきはじめる。


「おい兄貴、早く一人に絞れよ。二兎を追う者はなんとやらだぜ」

「うーん、でも……」

「兄貴は今女友達が2人いるんだろう? 兄貴も男だ、頭の中で将来的には恋愛に発展するといいなあとか考えてるのかもしれないけどよ、だったら友情なんてぶち壊さないと駄目だぜ。有り得ないから、男女の友情も、ハーレムも」

「うっ……」

「兄貴はそりゃ人付き合いはアレかもしれないけどよ、顔が悪いわけでもないし、体格は恵まれてる方だし、スペックは悪くないよ、私が保障する。そんな兄貴を理解してくれる女の子ができたんだ、舞い上がる気持ちもわかる。けどよお、何かを得るためには、何かを犠牲にしなくちゃいけないと私思うんだよね。友人がいる高校生活がいいなら恋愛感情なんて捨てろ、彼女がいる高校生活がいいならどっちかに絞って努力しろ。友達も彼女もいなかった兄貴の苦労はわかるけど、だからって欲張るのはよくないぜ」

「難しいね、人付き合いって……あれ、共通パート終わったみたいだけどどっちのヒロインも出てこないな」


 テレビ画面の前で顔をしかめる勇男。勇美は画面を指差してゲラゲラと笑う。


「ほらみろ、どっちつかずだったから結局どっちのルートにも入れなかったんだよ。兄貴もこのままじゃ高校卒業したら友人も彼女もいないまま、虚しい人生に逆戻りかもなあ……ん?」

「うう、最初からやり直すか……ん?」

『お兄ちゃん、あのね……私達、実は血が繋がってないの』


 バッドエンドだろうとゲームを最初からやり直そうとした勇男とそれを笑う勇美だったが、突如現れた妹の発言に顔をひきつらせる。


「……おい兄貴」

「妹ルートだったみたいだね。まあ、折角だから」


 そのままプレイを続行しようとする勇男だったが、無情にも勇美はゲーム機の電源を落とす。セーブしてないのにとショックに打ちひしがれる勇男の背中を思いきり蹴ると、


「死ねよシスコン……それは一番有り得ないだろ、有り得ちゃいけないだろ……」


 見下すような、ドン引きしているような表情を見せると、すたすたと部屋から去って行った。


「いてて……何で怒ったんだろう、それより最初からやり直すか。でもどうしようかな……」


 勇美が去った後、ゲームを最初からやり直す勇男。先程のプレイを反面教師に、今度こそヒロインのルートに入ろうとした勇男だったが、どうしてもどっちつかずな選択ばかりしてしまう。



「さっきは悪かったな兄貴、私も思春期だからな、目の前で妹攻略されると流石に我慢なら……」

『お兄ちゃん、ううん、イサオ! 私達、これからもずっと一緒だよ!』

「ふぅ……」


 しばらくして謝りに来た勇美が部屋のドアを開けると、丁度妹を攻略し終えた勇男がやりきった顔をしているところだった。





「そんなわけで、最近妹が口を利いてくれないんだよね」

「それは私も死ぬべきだと思うわ」


 数日後、学校の昼休憩にその話をする勇男。当然ながら二人とも引いたような表情を見せ、声が大きいために周囲の人間にも勇男の痴態が知れ渡ってしまう。危ない人扱いだった勇男に、重度のシスコンという属性がついてしまい、増々クラスメイトとの距離ができてしまう勇男だった。


「駄目駄目だね四方山君は。こないだの電話の時も、あまりにも五月蝿かったもんだからびっくりしたよ」

「あれ、一人称が『私』だったからてっきり家族の誰かだと思ってたけど、鈴峯さんだったの?」

「あ……う……いや、僕じゃないよ。うん、僕の姉だよ。近くにいたんだけど、声が漏れて思わず僕も腰を抜かしてしまったんだ」

「姉かあ。妹も可愛いけど、姉も欲しかったなあ」

「神話の登場人物はそういうのが多いけれど、現実でそういう人を見ると鳥肌が治まらないわね」


 呆れるスローネと言い訳をする稲穂。しばらく話をしていた三人だったが、ザーザーという音に話を中断して窓の外を見やる。数日前の朝と同様に、警報が出るレベルの土砂降りであった。


「うわ、すごい雨だ」

「天気予報では午後から大雨になるでしょうとは言っていたけど、これは酷いわね。傘は持ってきているけれど、学校が終わってもこの調子なら帰れないわね」

「傘と言えば、僕何故か傘をよく盗まれるんだよね。こないだもコンビニで本を読んで帰ろうとしたら、その時には傘が無くなってたんだよ」

「俺は逆に、コンビニとかに置いてある傘は持って帰っていいものだと思ってたよ。妹と一緒にコンビニ行った帰りにそれをやろうとして殴られてやっと気づいたんだ」

「四方山君、僕の傘盗んでないよね……?」


 その後午後の授業を受けるが、雨は止むどころか勢いを増すばかり。放課後になっても帰ることのできる状態ではなく、文化系の部活でない生徒達は教室でトランプや麻雀に勤しみだす。


「俺達もトランプやろうよ。夢だったんだ、放課後にトランプやるの」


 待ってましたと言わんばかりにロッカーからトランプを持ち出す勇男。勇男のロッカーの中には、いつかクラスメイトと遊ぶためにトランプやらボードゲームやらが大量に入っていた。


「ははは、トランプだなんて一般人の遊びだよ。僕達はもう少し高尚な遊びをするべきだ」

「例えば?」

「……カバラとか」

「バカラでしょ。大体貴女、ルールわかってるの?」

「……大富豪やろう、うん、大富豪」

「大貧民じゃないの? 大体鈴峯さん、ルール知ってる?」

「知ってるよ! 僕を何だと思ってるのさ!?」


 結局大富豪をすることになった三人。遊びながら、先日の妹の言葉を反芻させる勇男。


「(恋愛かあ……俺にはまだ早いみたいだし、このままでいいか)」


 恋愛より友情を大事にしようと決意する勇男だったが、その決意が上手くいくかは、本人だけではどうしようもないことを勇男も、妹である勇美もきちんと理解してはいなかった。



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