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ひび割れかけた友情(オンガクセイノチガイ)

「どうした兄貴、CDと睨めっこして」

「勇美、丁度よかった」


 この日の夜、勇男がリビングの床に大量のCDをばら撒いて唸っていると、テレビを見るためにリビングにやってきた勇美に声をかけられる。


「実は明日、学校で音楽の授業があるんだよ」

「ふうん。兄貴歌は下手だけどリズム感は大丈夫だろ? なら問題ないじゃん」

「それがさ、授業の初めに生徒で好きな曲を持ち寄って流すってのがあってさ、明日俺の番なんだ」

「ああ、センス問われるな、そりゃ」


 同情的な視線を送る勇美。リビングに置いてあったCDを1つずつ聞いては、受けが良さそうな物を選ぼうとした勇男だったが、納得の行くCDは見つからないようだ。


「うーん、やっぱ親の持ってるCDじゃ駄目かなあ……」

「まあ、時代が違うしなあ……私のCD貸してやるよ。基本流行りのモノばっかだから、無難だと思うぜ。前の人と被ってないかは確認しときなよ」

「ありがとう、恩に着るよ」


 自分の部屋にCDを取りに行く勇美を見送りながら、これで明日の音楽の授業はばっちりだと勝利を確信する勇男だった。



「えと、自分の好きな曲は、ユニバースガーデンの『センチメンタルダカーポ』です。このバンドは、アニメのOPを歌ったことで一般的に知られていますが、音楽ゲーム等への楽曲提供も積極的に行っていて……」


 翌日の音楽の授業、音楽室の前に立って勇美に言われた通りの解説をし、曲を流す勇男。稲穂達と交流するうちに少しずつ勇男の喋り方も安定してきたようで、女子に変な目で見られることもなく、音楽センスを批判されることもなく、無事に試練を乗り越えることができた。


「ふう、何とかなった」

「お疲れ様」

「……」


 曲の紹介を終えた勇男が席に戻る。右隣に座って勇男を労うスローネと、後ろに座って不満げな顔をする稲穂。その後も稲穂は不機嫌そうに、音楽の授業だというのに耳にイヤホンを突っ込んで、自分の曲を聞きながら勇男の背中を睨みつける。前の席にいる勇男が、そんな視線に気づくことはないのだが。



「四方山君、なんだいあの曲は」

「? 流行りの曲だけど」


 音楽の授業を終えて勇男が教室に戻ろうとする途中、稲穂が横に並んで不機嫌そうに勇男に話しかける。


「やれやれ、四方山君はあんな低俗な曲を好むような人だとは思っていなかったのに」

「……何さそれ」


 勇男が選んだ曲は勇美が選んだ曲でもある。大事な妹を馬鹿にされた気分になって、勇男も不機嫌そうに稲穂を睨みつける。


「はっきり言って、センスがないね」

「……」


 一番否定して欲しくなかった友人にセンスを否定されて、怒りと悲しみが勇男を支配する。目元を潤ませて、必死で稲穂に手をあげようとしている自分を抑えようとする勇男。挑発するような態度をやめない稲穂。一触即発の空気だったが、


「まあまあ、喧嘩はやめなさい」


 スローネが二人の間に入って仲裁をしようと試みる。スローネにそう言われて何とか冷静さを取り戻した勇男だったが、稲穂は尚も不機嫌そうだ。


「何さ聖さん。聖さんもあんな曲が好みなわけ?」

「好みかどうかはさておき、貴女の味方は流石にできないわよ。いきなり人の趣味を否定する程偉いのかしら?」

「……聖さんの言うとおりだね、悪かったよ」


 口では謝りながらも、不機嫌さを隠すことなくずかずかと一人教室に戻っていく稲穂。勇男も稲穂の形だけの謝罪では満足できずに、逆に腹を立てて再び苛立ちながら教室へと歩いていく。流行を嫌う稲穂と、妹のセンスを絶対視し、批判を許さない勇男。そんな二人の様子を見て、やれやれと肩を竦めるスローネだった。



 結局その日、勇男と稲穂は一言も口を効くことなく、放課後になると稲穂はすぐに教室を飛び出す。勇男も教室の掃除をした後すぐに帰宅し、リビングでテレビを見ていた勇美に愚痴を言い始める。


「聞いてよ勇美、友達が勇美のセンスを否定したんだよ。酷い女だよね、全く」

「何があったんだよ兄貴」


 勇男は勇美に今日の出来事を、稲穂を悪者に仕立て上げながら話す。最初は『友達』、と稲穂の事を称していたのに、愚痴が終わる頃には『あの女』となっていた。真剣にその話を聞いていた勇美はため息をつくと、


「誰が悪いかはともかく、兄貴が折れないと」


 兄が折角作れた友人を失わないように、寛容さを持つように勧めてくる。


「そんな、勇美の事を馬鹿にしたんだよ?」

「音楽なんだから好き嫌いがあっても仕方がないし、大体私を馬鹿にしてるわけじゃないだろ……いいか兄貴、男ってのは女と喧嘩したら絶対謝らないといけないんだぞ? 知らなかったのか?」

「え、そうなの?」

「そうそう、俺は悪くないから謝らないとか思ってる男はモテねーぞ。大人としての寛容さを見せつければ、その女もイチコロよ」

「……わかった、明日ちゃんと話し合ってみるよ」


 言いくるめられて自分の部屋に戻る勇男を見ながら、将来女の尻にしかれるんだろうなあ、まあ敷いてくれる女が見つかればいいなと物思いにふける勇美だった。





 翌日の朝、意気揚々と教室に入った勇男が稲穂の席を見ると、そこにはつまらなそうに音楽を聞いている稲穂の姿があった。勇男はズカズカと彼女の席へ向かうと、


「昨日はごめん、俺が悪かった!」


 教室の床に頭をつけて土下座をし、大声で謝りだす。稲穂だけではなく既に来ていたクラスメイトも何事かと驚いて二人の方を見やる。


「え? え? わ、わかった! わかったから、落ち着いて」


 妹の言う事を鵜呑みにして精一杯謝る勇男だが、限度というものがある。謝られている稲穂の方が恥ずかしくなって、


「ちょ、ちょっとこっち来て」


 勇男を連れ出して教室を出て、空き教室へと連れて行く。


「鈴峯さん、昨日は本当にごめん。とにかく俺が悪かった」

「あーもう! 人がどう謝ればいいのか悩んでたのに、四方山君は悩みが無くていいね、まったく……」

「へ?」


 二人きりになってもペコペコと謝る勇男だったが、稲穂のその言葉にきょとんと首をかしげる。


「……悪いのは僕だよ。昨日帰った後、冷静になったら自分の馬鹿さ加減に恥ずかしくなったよ。まあ、正直言って今でも四方山君の選んだ曲は好きになれないけどさ……とにかく悪かったよ」


 顔を赤らめて、申し訳なさそうに右手を出す稲穂。


「鈴峯さん……!」

「いてててて、四方山君、力入れすぎだよ」

「ごめん、つい嬉しくてさ……」


 差し出された右手をガシッと掴んで仲直りの握手をする勇男。

 勇男が全面的に折れる必要はなく、稲穂もそれなりの寛容さを持ち合わせていたようだ。


「それで考えたんだけどね、今日学校が終わったらカラオケに行かないかい? お互い好きな曲を歌って聞かせるんだ、いいアイデアだろう? 勿論聖さんも誘ってね」

「カラオケ! 家族としか行ったことないから楽しみだなあ!」

「あはは、寂しい人間だねえ四方山君は」


 雨降って地固まる。仲直りした二人は笑顔で教室に戻ると、本を読んでいたスローネに早速カラオケの誘いをかける。


「何でそんな面倒くさ……いいわ、私も参加するわ」


 最初は面倒臭いから断ろうとしていたスローネだったが、二人が仲直りしていることに気づくと、空気を読んで参加を表明する。



「へいじゅー、かもんべいべー」

「何語を喋っているの?」

「え、英語に決まってるじゃないか!」


 そして放課後にカラオケに向かった一向。洋楽を歌おうとするも全然歌えていない稲穂だが、それでも楽しそうに歌っている。


「all your base are belong to us……♪」

「わあ、スローネさん歌うまいね。ところで何語?」

「どう聞いても英語じゃないか、鈴峯さん」


 実は音痴ということもなく、綺麗な声で洋楽を歌って見せるスローネ。


「しーくれしーくれー」

「うわあ酷い」

「思わずトイレに行きたくなるわね」


 そしてリズム感はあっても、発音やらが残念すぎて酷いことになっている勇男。

 それでも勇男もまた、心から楽しそうに歌を楽しむことができた。

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