1.言い忘れ―7
流が、チラリと桃を見る。面倒だから説明してやってくれ、という視線が向けられる。桃はそれを受け取り、咳払いから話を繋げた。
「戦力だよね。私達みたいな天然超能力なら仕方のない事かもしれないけどさ、人工超能力なんて出来ちゃったら、ある程度自由に設定した能力が開発されるかもだよね。当然、建前として一般人は戦闘能力となる超能力を所持する事は禁止されるだろうけど、裏や、私達の目の届かない所でどんなモノが流通するか分かったモノじゃない。それに、そういう類のモノに価値が付けば、お金で変えるモノになっちゃえば、また酷い事になるよね。今でさえ、裏のそういう人間が政界にまで手を回してるんだから。力が肥大化すれば、表に侵食してくる事だって考えられるしね」
「なるほど。……、つまり、全部、世界そのモノが変わっちまうって事でいいのか? 少し大げさか?」
恭介の言葉に流が首を振る。
「いや、間違いない。全然大げさじゃないぞ、恭介。漫画や映画の世界の話じゃないんだが、そういう状態なんだ。今の日本ってのは。お前が知ってるかどうかは知らないが、今の官僚のほとんどは背後にそっちの団体を控えさせてるよ。その派閥争いもあるくらいだ」
「マジかよ」
信じがたい事実を告げられ、恭介は眉を顰めて嫌そうに言う。ある程度は理解していたつもりだが、その事実を知る人間にいざ、そうだ、と言われると複雑な心境にもなる。
ヤクザだの、なんだの、この静かな田舎町には余り関係のない存在だが、事実、そうなっているのだ。世界は。日本は。少し隣町に出れば、その事実を目にする事もあるだろう。
「……長くなったが、まとめると、悪い奴、悪いことを企む奴がいるから、それを止める、ってのがNPCの役割だ。戦隊物なら主人公って所だな」
そう言った流はまた変わらない笑い声を上げた。冗談混じりのそのまとめを受けて、恭介は整理する。
悪い奴がいるから倒せ。簡単に言えばそういう事。
恭介は自身の掌に視線を落とす。机の下に見える自身の掌。雷撃と名付けられた稲妻の超能力をいつでも出す事が出来る。自身が超能力者になったという証。
この力を使って、これから、戦えというのだ。
考えれば、考える程、自ら戦う、という理由は見つからなかった。が、話を訊き、雷撃の超能力者だったあの男に襲われた経験がある。もし、あの時桃が側にいなければ、恭介は殺されていたかもしれない。そう考えると、自然と頷く事が出来ていた。
「分かった。俺の超能力――強奪を使って、悪行を働く連中を倒してけばいいんだな」
「そういう事だ。まぁ、基本的にはNPCから仕事を振って、という形になるからな。そういう細かい事はまた後に説明しよう」
「そうですね。じゃあとりあえず――きょうちゃんの超能力、増やさないとね」
桃が柔らかく笑む。その、普段と変わらぬ穏やかな幼馴染の笑みに、恭介は安心させられた。
恭介の超能力、強奪にはデメリットが存在する。考えも言いもしないが、それは恭介も分かっていた。強奪は、複製ではない。奪い、相手の内から超能力を消失させてしまう。故に、味方から超能力を得る事が出来ないのだ。つまり、敵と相対し、戦わなければ、能力を増やす事が出来ないのだ。能力を複数持てる有数な超能力ではあるが、それゆえのデメリットも存在する、というわけだ。
恭介のその超能力の中でも特殊な分類とされる『強奪』。現時点での『慣れ』は非常に薄い。雷撃を得た際、流れがデータを取っていたようで、そこから分かった事がある。
相手に触れて、五秒間その触れた状態を維持しなければ相手の能力を奪えない、つまりは超能力が発動しない、という事。そして、強奪の発動中、他の超能力が同時に使えるか、と言われれば、『複数』は使えないだろう、という事。
まだまだ、この強奪の基本的な情報が役に立つ事はないだろうが、恭介は流から伝えられたそれを頭にしまっておいた。
恭介が雷撃を得た翌日、学校は普通に始まっていた。NPCに所属する事にはなったが、桃もそうしている通り、学校には支障の出ないように配慮してくれる、との事。ともかく今は、そうなっている。
相変わらず、窓際後ろの後方、そして横に二列の恭介、桃、典明、蜜柑の四人はそれぞれがそれぞれの態度で授業を熟し、休み時間を満喫していた。
四人が昼食を取るついでに、席を繋げて向かい合う、昼休みの事だった。
「そういえばさ、昨日、私服で先生と校内回ってるめっちゃ可愛い子見たんだけど、もしかして転校生でもくるのかな?」
蜜柑が言った。
この年頃、いや、学生全般か。転校生、という言葉にはどうしても反応してしまう。それに可愛い、という形容詞までプラスされれば、野郎共の期待値が勝手に上がり始めるモノだ。
「マジで!? どんな子だったよ!?」
案の定、典明が身を乗り出す勢いで、声を荒げてそう訊いた。
その前で恭介は弁当箱を開き、その質素な中身を見て眉を潜めていた。恭介の隣りの桃も、弁当箱を開き、箸を取り出し、いただきます、と呟いた。
「なんか、すごい美人さんだったよ、可愛い、とは言ったけど、どっちかってと美人な感じかな? スタイルもめっちゃ良くてモデルいたいだったし。多分三年じゃないかなぁ? とてもじゃないけど同年代には見えなかったよ」
購買で買ってきたパンを取り出し、言い終えると同時に頬張る蜜柑。咀嚼し、飲み込んで、今日も味気ないなぁ、と呟いたのが恭介には聞こえた。
「三年か……是非とも同じ学年……いや、同じクラスに来て欲しかったが」
くそう、と典明はわざとらしい演技を見せて、蜜柑のそれとは種類が違う購買で購入したパンをあけはじめた。
「でも転校生って。夏休み開けて授業も始まった本当に微妙なこの時期にくるもんかね」
恭介が弁当の中に入っていた唯一のおかずである卵焼きの一つを箸で持ち上げて、それを細めた目で眺めながら言った。
それに対して桃が頷く。
「そうだよね。普通そういう下見的なのは夏休み中に終えて、夏休み明けに転入してくるものだよね」
「じゃあ違ったのかなー。でも言われて見れば高校生には見えないくらい美人さんだったし、もしかして何かの芸能人で、母校に戻ってきたとか!?」
蜜柑が一人で盛り上がり始める。その斜め前で、恭介が比率の悪すぎる弁当箱の中身と悪戦苦闘していた。
昼食が終わると、それぞれ雑談を始める。この四人は相変わらずで、恭介が一回お手洗いに席を立った以外、離れる事なく、それぞれ会話を交わしていた。
そして何事もなく、放課後を迎える。ここからが、今までの日常とは違う。
恭介と桃は二人、期を見て職員室に向かう。後は、昨日と同様。黒板の裏に隠されたNPCの入口に足を踏み入れ、薄暗い降り階段を降り、受付へと出て、エレナに恭介がニヤニヤし、その奥へと向かう。
道中で、恭介と桃は別れる。恭介はまだ新米、入りたてだ。やる事が桃とは違う。桃は『任務』関係の仕事に回ったのだろう。そして恭介は、練習場へと向かう。
そうだ、恭介はまだまだ、戦える実力がない。相手だってNPCとの戦闘は想定していて、戦闘訓練だって積んでいるはずだし、超能力に『慣れ』させているはずだ。対抗するには、恭介もそうしなければならない。
先に練習場にいた数名の超能力者に挨拶をし、恭介は練習場の奥へと向かう。一番奥、壁に、よく見れば扉が数枚合った。壁と同化するデザインで、近くで見なければわからないようなその扉。
恭介はその内の一つに入る。