7.幹部格―1
桃の足元から、無数の氷の刃が目の前の影に向かって伸びた。棘が影を貫き、影の手足を空気中に散らす。が、影はまた元の位置へとあっという間に戻ってその形を取り戻す。
そして考える。剣を交えながら、考えた。
影を操るならば、影を生み出さなければ良い。今、部屋の中の照明は全て付いている。キリサキが操っているのは、外から差し込む夕日によって生み出す自身の影だ。
だとしたら、外から差し込む光をどうにかすれば良い。だが、そうさせないために、影は三人を三人で隅に追いやっている。それに、入ってきた窓際にキリサキが待機している。
「本当に面倒!」
そう叫んだ桃は、氷の剣を更に一本増やし、そして、両手に構え、相手の二刀流の攻撃を交わし、相手の横を抜ける様な動きと同時の、一閃。二本の刃が影の胴体を縦と斜めに切り裂いた。当然それは、すぐに回復すると見えた。だが、桃は攻撃ざまに影の復活を無視して、その横を抜けた。そして、駆ける。
同時だった。恭介と琴も、影の攻撃を受け流して、一瞬怯ませてその横を抜けていた。
三人全員が、キリサキ目掛けて即座に迫った。
だが、キリサキの足元から、三人それぞれ目掛けて恐ろしい程細く、鋭利な影の棘が真っ直ぐ伸びてきたため、三人は横に避け、一瞬、前進を止めてしまった。そのそれぞれの背後に、影の戦士が追いついた。
が、三人はまたしても、無視して加速。背中すれすれを影の剣がかすめたが、三人とも無事に前進した。
相手の影を消してしまえば勝ちも同然だ。三人はそう思った。
三人の接近をキリサキは視線でさばいていた。全員の正確な距離、三人の間の距離、三人の視線の動き。全てをキリサキは把握していた。
そして、対処。キリサキにはまず誰が、攻撃を最初に届かせるか見えていた。
そもそも、キリサキは足元の影を壁にして、全員の攻撃を無差別に防ぐ事が出来る。が、そうはしなかった。それが、背後から差し込む夕日を消されてしまう事を恐れたから、と恭介達は思うだろう。だが、違う。
キリサキは、全員をさばけると判断していたからだ。
容易かった。
まず突っ込んできたのは琴だった。が、最初に到着した攻撃は桃の飛ばした氷の鋭利な塊だった。琴の顔の横を抜けて突っ込んできた氷の塊を、キリサキは機敏な動きでそれら全てを避けてみせた。その間に、琴が到達し、拳を振るったが、キリサキはそれを避け、琴の懐に潜り込むようにして彼女の手を下から取り、そして、自身の背後に落とす様に受け流した。
「ッ!!」
琴がキリサキの足元で背中から落ちる。そこに、追撃されまいと、恭介が右腕に雷撃を宿し、拳を振るった。だが、キリサキはそれを見切り、恭介の肘を打ち上げ、腹部に拳を返した。恭介の表情が歪むが、恭介はなんとかそれを耐えた。が、結局二、三歩分は後退する事になった。それと入れ替わる様に、桃が氷の剣を振りかざしてキリサキへと突っ込んだ。氷の一閃がキリサキを襲うが、それはキリサキの足元から真上に真っ直ぐ伸びて出現した影の鋭利な攻撃に弾かれ、桃の手からはじけ飛んだ。そして隙の出来た桃に、キリサキの回し蹴りが突き刺さり、桃の身体は容易く吹き飛び、恭介にぶつかって恭介をも巻き込んで後ろに大きく倒れた。
その間に琴も立ち上がって後ろからキリサキに掴みかかろうとしたが、先の攻撃と同じ容量で受け流され、琴も倒れた桃達の手前に落ちる様にして、無力化された。
三人は気付いた。この男、体術も相当な者である、と。
そう、これがジェネシス幹部格の力量なのだ。薬品漬けにする事で人口超能力を身体の限界までなじませ、慣れさえ、そして、恐ろしい程の訓練を積んで、生き残ったが故の戦闘力を持つ。
それが、ジェネシス幹部格、キリサキ。
恭介達は即座に立ち上がって三人別れた。そのすぐ直後、瞬きする間もなく、先程恭介達が寝転がっていたその場所に、影の棘が出現して空を切った。
そして、気づけば背後に迫る影のキリサキ。三人は再度その対処に追われる事になる。
が、その前に恭介が動いた。思いついたのだ。
恭介の身体が、突如として燃え上がった。炎を身体が支配した。まるで、飯塚のそれの様に、炎の人間と化したのだ。
着火。恭介の超能力の中で、一番使用頻度の少なかったそれだ。
が、恭介は闘技場でそれを成長させていた。
そしてここまで使用出来る様になっていた。
恭介の発生させた炎により、光源が出現した。そして、影は消えた。迫ってきていた三体の影はその場で消え去った。そして、外から差し込む夕日と、中から照らす恭介の炎で、キリサキの周りの影は全て消え去った。
キリサキの表情は、それでも変わらなかった。だが、一つ、壁を壊した。
今の恭介には触れる事さえ叶わないだろう。だが、恭介にもデメリットはある。長時間の炎上は出来ない。それに、敵以外にも触れる事は叶わない。
だが、この場には『水』の超能力者である桃がいる。多少のモノは燃やしても問題ないだろう。
恭介はその場から、一歩ずつ、ゆっくりと、キリサキに迫り始めた。光源の位置が移動するのは今回の場合、リスクが生み出される。それゆえにだ。
その間に、琴と桃が動く。
二人が恭介の両脇から抜けて、キリサキへと迫る。桃が氷の剣を構え、先程弾かれて床に落ちていた氷の剣を琴が拾い上げ、二人でキリサキへと斬りかかった。
が、キリサキはそれを避ける。だが、影での攻撃は出来ない。確信した。影がなければ奴は超能力を使えない。
と、思ったのだが、
「ッうううっ!!」
突如として、琴の背後から影の棘が飛び出し、琴の脇腹を掠めた。
「琴ちゃん!」
まさかの攻撃に、桃の気も一瞬削がれた。そこに、琴の向こう側から伸びた影の棘が襲いかかる。桃はそれをバックステップ後の横跳びで避け、キリサキとの距離を空けた。
(一体何が……!?)
相手の超能力を見誤ったか、と桃と恭介は焦った。だが、違う。
キリサキの足先が、近くにあった小さな机の下に生み出されていた影を、踏んでいた。そこから、棘が伸びていた。
琴がよろよろと、脇腹を抑えながら後退する。
影に触れてさえいれば、自身の影でなくとも操作出来るのが、キリサキの最高に熟練された、影物質化という超能力だった。
それに対して恭介は、炎の中で眉を顰めて、こう吐き出した。
「面倒だ」
そして、琴が後退し、恭介の後ろにまで下がったところで、恭介が『燃え上がった』。
空気が燃え弾ける。燃焼が加速する。同時だった。桃が自身の周りに氷の壁を展開した。そして、それ以外の場所が、燃え上がった。部屋の半分を潰す勢いだった。
キリサキの表情がここでやっと、動きを見せた。歪んだ。良く見る、恭介の面倒そうだ、という表情に近かった。
キリサキは即座に足で設置した影を自身の周りに配置した。
だが、無駄。
恭介の、『獄炎』が部屋中のモノを燃やす。激しく煽った。そして、影は消滅した。同時、キリサキの周りを覆っていた、彼を守っていた影の壁は消滅した。まるでガラスが砕けるようにして消えた真っ黒な壁は、その中で身を固めていたキリサキの姿を露わにした。
「ッ!」
そして、燃え盛る炎はキリサキの青いローブに燃え移る。
こうなると、生き残るためには、キリサキは一つの選択肢を選ばなければいけなくなってしまう。それが、例え、マナー違反だとしても、キリサキは気にせず実行する。
キリサキは服に炎が燃え移ったその瞬間、割れた窓の向こうへと飛び出した。