1.言い忘れ―6
「そうだったのか」
恭介は驚いた様に目を見開いて言うが、驚いているというよりは、超能力を得たばかりで興奮しているが故の、大げさなリアクションに近いかもしれなかった。
「あれ、言ってなかったっけか?」
流は言ったつもりだった様で、彼は彼で首を傾げていた。
ともかく、これで、恭介の超能力発現は無事に終わった。強奪と、稲妻。強奪、という特殊な超能力のおかげでいきなり二つも超能力を使う事が出来た。滅多に出来る事がない、貴重な経験だ。
男の処理はNPCに任せて、廊下へと戻り、また別の会議室のような広い部屋へと向かった恭介達三人。
それぞれ適当な位置の席に付く。自然と流は部屋の奥の方へと向かい、恭介と桃は隣り合って腰を下ろした。
恭介と桃は流を見る。流はごほんとわざとらしい咳払いをした後、桃ちゃんは知ってるだろうけど、と話し始めた。
「NPCってのがどういう存在か、とかイロイロ。恭介は知らないだろうから、説明しておく」
そう言った流は腕を長机の上に置き、楽な姿勢で、だが、真剣な面持ちで話し始めた。
「NPCってのが超能力集団だってのは分かると思う。メンバー全員が超能力者というわけではないが、超能力集団で間違いではない。ほら、よくあるだろ。現場に出る人間とそうでない人間。そういう事だ。そして、NPCが存在する一番の理由を……、」
流の視線が桃に流れた。桃は確認するように頷き、答える。
「超能力を悪用する人間の処理」
予想通りだな、と恭介は桃の声に頷いた。こんな団体が存在している、と認識してしまえば、その存在理由くらいはすぐに察する事が出来ていた。
超能力者が、その全てがここにいるわけがない。他にも、恭介だけではなく、NPCが認知しきれない何処かにも超能力を発現させ、その力をどうにかして使っている人間がいるかもしれない。
「分かっているとは思うが、超能力ってのは誰がいつ、発現させるか分かったモンじゃないんだ。多少の遺伝の関係はあるらしいが。だから、私達の目の届かない所で発現させ、調子に乗って悪用する人なんてのも出てくる。超能力に一般の人間が対応出来る場合ってのは少ない。なにせ科学じゃない存在として扱われてるからな。科学で身を固めた人間じゃまず対応できない。だから、私達NPCがその対処に周るようになってるんだ。ここまで、わかったか?」
流が恭介に確認を取る。恭介は即座に頷いて、大丈夫だ、と答えた。ある程度は予想も出来る事で、恭介自身の飲み込みが早かった事もあり、ここまではスムーズに話が進んだ。
確認を終えると、流はすぐに続けた。
「まぁ、NPCの大まかな仕事ってのがそれだ。国の組織ではないが、一応形として、この日本自体とも提携という形を取っている。簡単に言えば、警察に通報が行ったり、そういう事件の発見があったりした場合は、NPCに回ってくるようになってるんだ。とは言っても、超能力なんて非現実的なモノは隠されていて、下っ端の何も知らない人間がそのまま超能力者の暴れる現場に向かってしまい、なんて事もまだまだあるけどな。っとまぁ、そんな感じで、日々悪行を働く超能力者の対応をしてるんだが……、今、悪行を働く超能力者の団体ってのがいくつか出来てきている。NPCの存在を把握して対抗しようとでも考えているんだろうな。その団体の中でもずば抜けて力を持った団体ってのがある。NPC代表の私がいうのもなんだが……、その団体ってのはNPCの日本にある全ての支部をまとめた状態と、規模が並んでいるし、力もある」
「ジェネシス」
流の話が途切れたところで、桃がそう呟いた。
隣りの桃が呟いたその言葉に、恭介は思わず目を見開いて、大げさに驚いた。
「ジェネシスって、まさか製薬会社の?」
冗談半分のつもりだった。
ジェネシス。少なくとも、日本に住んで、生活し、メディアというモノを少しでも見聞きしていれば、誰でも知っているその名前。僅か十数年で恐ろしい程に発展し、その規模を全国区にまで広げた製薬企業の名前だ。テレビ等のメディアでは宣伝が腐る程に流されるし、都会の方を歩けば紙媒体の広告も目に付く。
つまり、それ程の認知がある、超巨大企業。
まさか、そんなはずはない。そう思っている自分がいた事も否めない。だが、
「そうだ。恭介。あの製薬会社だ」
「はぁ!? マジで!?」
思わず大音声を出してしまう恭介。疑い半分とはいったが、そんな映画のような展開はありえない、とタカをくくっていた部分もあったのだろう。
「マジも、マジ。大マジなんだ。恭介。ジェネシスの頭、神威業火、だけじゃない。その部下もそうなんだが、それよりもまず、神威家の人間が超能力者だ。『天然の』な」
「神威って、あのたまにテレビにも出てるあの厳ついじいさん!?」
神威業火。神威家の、そしてジェネシスの頂点に君臨する男だ。ジェネシスという巨大企業の頭という立場があるが故、時折だがメディアに顔を出す事もあり、恭介もその風貌を知っていた。
真っ白な長い、オールバックにまとめた癖のある髪、そして長い白い髭。表情は殺人でも犯した人間かの様に厳つく、彼が名前の売れていない人間だったら近づきたくもないような恐ろしい表情をしている。体格もガタイがよく、これまた近づくには抵抗を覚えるような良すぎる体格の持ち主だ。
まさか、そんな、いやでも、言うからには真実なのだろうな、と恭介は焦る心を落ち着かせるよう努力し、考えを進める。そうして思いついたのが、巨大企業であるからこそ、出来る事があるのだろうな、という結論だった。
「ジェネシスもただ暴れるだけの団体だったらまだ良かったんだ」
流が始めた。
「問題なのは、連中がやろうとしている事、だ。あれだけの巨大企業、挙句製薬会社と来た。金は腐る程あれば、人員もあり、一部の国のお偉方にまで顔が効く。言っちまえば、何でも出来るんだ。神威は。そんな神威がやろうとしている事、それが、」
恭介は緊張の生唾を飲み込んだ。一体何が、自分の知らない所で進んでいたのか、知りたくて仕方がなかった。だから黙って話を聞いていた。
「人工超能力の開発だ」
そう、それが、ジェネシスの目的なのだ。どういう経緯を経て、それを行おうとなったのかは、まだ神威本人と一部のジェネシスの役員を除いて知りえない。だが、これは事実だ。神威が、NPCに向けて、宣戦布告の変わりに自ら声明文を発表したくらいだ。
脅しや猫騙しではない。これを行う、出来るモノなら止めてみろ、という挑発。
「人工超能力?」
首を傾げる恭介に桃が説明する。
「言葉そのままの意味だよ、きょーちゃん。科学的な超能力の位置付けをして、薬なり何なりで無能力の人間に、外部からの何かしらの介入で超能力を無理矢理発現させるって事。ジェネシスは、そんな危ないモノを作り出そうとしているの」
「ん? なんで危ないんだ?」
恭介が首を傾げた。が、すぐに分かった様だ。
思い出すように、あぁ、と声を上げて、気付いた事を吐く。
「今でさえ、悪用する人間がいて、危険な事になってるのに、超能力を一般化させれば、NPCの手も回らなくなって相当危険な状態に陥るぞって事か」
「まぁ、半分正解だな。人工超能力なんて開発しているからには、まだ推測の段階の話でしかないが、恐らく『商品化』するだろう。きっと金のためでなく、自身のまだ見えていない『野望』のためにな。この推測がNPCにとって一番の脅しになってるんだ、恐らく間違いはない。そうなって一般に浸透すればNPCに似た団体も出てきて、今の現状が、力のバランスそのまま肥大化するに過ぎない。確かにこれも問題だ、が、一番の問題と思われるのは、『裏での動き』だ」
流が言い切って、咳払いする。