6.新体制―11
海塚が凄む。これは、恭介が最初に見せたそれとは大分違った。お前とは刺し違える事も出来るし、勝つ事も出来るぞ、という自信が見えていた。格が、並んだのだ。
それに対して零落は笑った。高らかに笑った。
「あ、あはははははははは! いいね。貴方、最高」
笑う零落希紀。だが対する海塚の表情は曇るばかりだ。
海塚は零落希紀から視線を外して、恭介達に言う。
「下がれ。会議室で待機していろ」
その言葉に反抗は出来なかった。海塚の実力は確かである。恭介達は大人しく指示に従い、菜奈を連れてNPC日本本部、エントランス右の扉に入って会議室の中へと避難した。
そして現場には海塚と、零落希紀だけが残る。零落は即座には追おうとしない。海塚を倒して、追えば良いだけだと判断しているからだ。
その絶対的な自信は、海塚にはない。だが、海塚は引くという選択肢を今、出現させていない。
海塚はNPC日本本部に来てまだ間もないが、それでも、ここの本部長であるという自覚があった。そして、自分が、NPCの本部を任される、日本の頭であるという自覚も。それに選ばれた実力をつけてきた、という自覚もだ。
自由格納。海塚にはその超能力しかない。だが、それがある。
零落希紀が笑い終えた、その瞬間だった。
零落希紀の顔の横辺りから、恐ろしい程の速度で何かが一直線に、海塚目掛けて飛んだ。空を切り裂く音が聞こえた。だが、その何かは、突如として海塚の目の前に出現した、黒い穴に吸い込まれた。そして、消えた。黒い穴はそれを飲み込むと、まるで最初からそこになかったかの様に消失した。
零落希紀がついに笑いを止めた。何だそれは、といった顔をしている。
そう、これが、自由格納。そして、その逆の力まで、海塚は既に得ている。それが、自由搬出である。それらが、海塚の一つの超能力である。
海塚の右手の下辺りから、真っ黒な穴が出現し、そして、先程零落が飛ばして黒い穴の中に飲み込まれたその何かがそこから出現し、そして、一直線に、ものすごい速度で零落希紀の顔に向かって飛び出した。が、それは零落希紀の顔面に触れる直前で砕けて散った。
それに関しては特に海塚は思う事はなかった。
が、零落希紀は非常に面倒そうな表情をしていた。苦手だ、という雰囲気が伺える。その表情に関しては、海塚は少し疑問を持った。零落希紀が強いのは分かる。だが、超能力一つみただけでそこまで表情を変えるか、と。
そんな海塚のそれを察する様に、零落希紀が言った。
「何その超能力、初めてみたんですけど」
「同じ超能力を見た事はない」
海塚は素っ気なく返した。実際にそうだった。似たような超能力を見る機会が超能力者にはある。炎なら炎、雷なら雷、と。だが、海塚の様なそれを見た事は今までに一度もなかった。
「で、それが、どうした?」
海塚が迫る。そう言ったと同時だった。海塚の周りに、無数の剣が出現した。どれも造形が美しく、切れ味の良さそうなモノばかりだった。二○本程が、海塚の頭上、横に彼を囲む様に出現し、その鋒が全て、零落希紀に向いていた。そして、零落希紀の頭上、そして、彼女を囲む様な配置に、似たような剣がまた無数に出現した。これが自由搬出である。
零落希紀はそれらを見渡して、溜息。
「これが全部突っ込んできても、私は死なないよ。でも、」
海塚を睨んで、
「あんた。本当に邪魔」
そう言って、零落希紀は踵を返した。つまり、零落希紀にとって、海塚は非情に面倒な存在だという事だ。零落希紀が、人を殺さず、その場を引き返すという有り得ない選択肢を取る程に。
海塚は零落希紀の背中を睨むが、追わない。ここは今、安全を保持するのが先だ。
零落希紀が剣を避けながら出て行ったのを確認した海塚は、その全てを格納した。そうしてまっさらになった場で、海塚は普段エレナが立つ受付を探り、紙とペンを見つけ出す。それに、もう出てきていいぞ、と書いて、格納。そして、会議室へと搬出した。
恭介達が会議室で緊張しながら待機していると、ふと、会議室の上から、紙切れが落ちてきた。ふわりふわりと揺れながら落ちてきたそれを恭介はうまいこと掴み、それを見る。
そして、
「もう出てきていいってよ」
そう言って、恭介がまず会議室を出た。その後に琴、菜奈と続いて会議室を出た。
琴は菜奈の背中を見て思う。我慢しているな、と。零落希紀が登場したあの血塗れの姿を見れば、亜義斗がどうなったかは分かる。だが、菜奈はできるだけ、感情を押し殺していた。それが、見ていて辛かった。本当に、神威亜義斗と菜奈は、寝返りに来たのではないか、と思った。
会議室を出て三人はエントランスにて海塚と合流した。まっさらな、特に変わった事のないその場を見て、零落希紀が去った事が分かったが、当然理由までは見いだせない。
そして、思い出したかの様に恭介が言う。
「俺の家で、神威亜義斗が零落希紀と戦ったんだ! すぐに見に行かないと!」
恭介のその言葉に海塚はすぐにうなづいた。海塚は念のために回収班にも連絡を入れておいた。
恭介の家のリビングには鮮血がこびりついていた。壁紙を張り替えなければならない程に赤く染まっていた。そして、そこには二つの影があった。
一つは、壁に寄りかかった、亜義斗の影。意識はない。肩から腰まで斜めに、何かに切り裂かれた様に身体が避けていて、そこから鮮血が吹き出していた。そして、臓物が僅かにはみ出していて、菜奈が思わず目を背けた。
一眼見て、もう絶命している、と思ったのだが、
「まだ間に合う。回収班に頼んで回収してもらって、治療しよう」
海塚がそう言って携帯電話を取り出して、回収班へと連絡し始めた。
そして、この場にいるもう一つの影。血の跡が付いている。その零落希華の姿。
どうやら、琴が菜奈に連れられて逃げている間に、連絡を入れたらしい。零落と聴いて、彼女に連絡をしたのだと。
零落希華は不機嫌な様子だった。
「何があったんだ?」
恭介が訊くと、零落希華は応えた。
「私がここに来た時には既に、神威亜義斗はこの状態だった。私は『あの女』と会ったけど、あいつは私には適当な挨拶だけして、この場から瞬間移動で去ったよ。だから追えなかった。どうせこっちに来るって分かってたから」
相変わらず、不機嫌そうだった。あの女呼ばわりされる零落希紀と、やはり何かあったのだろうか。
暫くすると回収班が到着し、もう絶命していると見える神威亜義斗のその身を回収して、NPC専属の医者の下へと連れて行った。海塚もまだしかめっ面だった。神威亜義斗の様態が最悪だからだろうか。
その後、菜奈は海塚につられれて行った。海塚曰く、悪いようにはしない、との事だった。
ここ最近、自体が変わり過ぎた、と恭介達は思う。流の死に始まり、相手の幹部格との戦闘が開始され、典明が敵へと寝返り、神威兄妹がこちら側へと寝返ってきた。NPC日本本部には海塚という本部長が着任し、NPCの総頭はロサンゼルス支部のメイリア・アーキとなった。
新体制。恭介達はまた、ここから更なる局面を迎える事となる。




