6.新体制―4
海塚は護衛として、数名の人間を移動の付き人として置いていたのだ。
その内の一人が、長谷琴の存在であった。
海塚は察していた、須佐のあの一件があってから、身内の反逆そして、ジェネシスの情報網について警戒していた。これはいわば、誘いなのである。
「千里眼。どうやら俺は後方についてきている人間を見つけられていないらしい」
胸元に隠したマイクに囁く様な小さな声で海塚は言う。
『ってことは、相手の超能力は認識出来ないようにする超能力なのですかねー? 私の千里眼でも時折ブレますし』
琴も何か考える様な口ぶりで応えた。
だが、良い。と海塚は思った。今、琴の千里眼によって二人のジェネシス幹部の存在を確認していた。確認出来る範囲にいる。それだけで、まず、準備は完了していた。
(この場で、二人とも殺してやる)
海塚はミコ、ミメイの二人をこの場で殺すつもりでいた。それも、集会に向うついでに、だった。
海塚の超能力の特性上、人に見られる場所では発現しずらい。そして、相手の位置さえ分かってしまえば、防ぐ手段がなければ殺したも同然。
海塚は集会へと向うルートを突如として変更し、人の少ない裏道へと入った。裏道とはいえ、人はまだ多い。新宿とはそういう街だ。だから、海塚は建物と建物の間の路地へと入った。飲食店のゴミやビールの空瓶等が置いてあり、鼠が跋扈している様な場所で、海塚も思わず目を細めたが、海塚の進入と同時に鼠は散らばってどこかへと去った。
海塚はそこへと入り、更に深く進んだ。
(誘い込まれている……)
ミメイは海塚が入った路地の入口で立ち止まり、奥へ奥へと進む海塚の背中を見て、そう感じ取った。即座に、連絡。
「ミコ。海塚は私に気づいてないのよね?」
返事はすぐには返ってこず、数秒後に返された。どこかへと移動し終えた所だったのだろう。
『そうだねぇ。気づいているようには見えないけどにゃあ』
と、いうことは、とミメイが警戒を強めた。
「私を見つけた人間がいるって事かもね。ミコ。私達よりも更に遠く、もしかすると見る超能力者がいるのかもしれない。そう、例えば……千里眼とか」
『にゃはは。なるほどねぇ』
「探して頂戴」
『分かったよん』
指示されて、別のビルの屋上へと移動していたミコは辺りを見回した。辺りを見回した、と言っても常人のそれではない。ミコの鷹の目で見る光景は、全てがフォーカスしたように、鮮明と見える。それは、千里眼と対をなす超能力だと言ってもよい。だが、遅い。
『一一時の方向。距離は三.五二三キロ。地上から一○三メートルの位置に頭部』
海塚の無線にそう琴の言葉が飛んできたと同時だった。
海塚は、全く動かなかった。だから、その姿を見て警戒していたミメイには気づけなかった。
だが、ミコは、立ち上がって、辺りを見回して、自分の超能力が及ぶ遥か彼方にいた琴を必死に探していたミコは、自分の頭上に、突如として出現した、青い剣に気づけなかった。
突如として、何もない空間から出現した青い剣。造形の美しいファンタジーゲームにでも出てきそうな剣だった。それは、鋒をミコの頭てっぺんに捉えていた。だが、ミコは気づかない。
そして、それが重力に引かれて落ち始めたと同時、ミコは、気付いた。
(まさか、千里眼の能力は私を上回っているんじゃ……!!)
剣の存在には気づけなかった。
そのまさかに気づいてミメイに連絡を取ろうとした。ここは一旦引くべきだ、と。
「ミメイ! 相手は予想外に、」
声は、全ては届かなかった。ストン、とあまりにも綺麗に、青い剣はそのまま真下へと落下した。鋒がミコの頭てっぺんに突き刺さり、そして、喉を通り、食堂も綺麗に削ぎ落とし、胃を貫き、腸を串刺しにして、肛門から、鋒が突き出し、コンクリートの床に突き刺さった。
一瞬だった。一瞬で、ミコの意識は吹き飛んだ。
ミコを貫いた青い剣は、ミコが絶命した事を確認するようにして、その身に付着した鮮血さえをも残し、出現した時同様、一瞬にして姿を消した。青い剣という支えを失ったミコの身体は、それと同時に横へと崩れるように落ちた。そして、そこに血溜りを作り始めた。
一瞬だった。
だが、それでも、一部の声は届いていた。
「ミコ、ミコ!?」
突然途切れたミコの言葉に、ミメイはパニックになった。何度も何度もマイクで呼びかけた。それでも、普通の人間には気づかれる事がないからだ。大声で何度も呼びかけた。それでも、海塚にはミメイを認識出来ない。
だが、そうやって、マイクに向かってただ叫んでいるミメイは、動きが止まっているも同然。そして、その姿は遥か彼方、五キロ程先にいる琴が捉えている。
『後方五メートル。身長が一六三』
琴の指示が海塚に飛んだ。海塚は、その場から全く動かずしてミメイを捉える事が可能になった、というわけだ。
だが、海塚は敢えて、振り返った。
振り返った海塚だが、そこには、誰もいないようにしか見えなかった。海塚にはミメイを認識出来ていなかった。これは、相手の超能力だ。見破る超能力を持っていない海塚が気づかないのは、当然。だが、海塚は既に相手の場所を把握している。
「!?」
海塚が振り返った事で、やっとミメイは気付いた。ミコを殺したのも、この男だ、と。どうやったのかは分からない。だが、間違いなくそうだと気付いた。
海塚がわざわざ振り返った理由はただ一つ。挑発だ。お前らでは、絶対に敵う事はない、と確認するようなモノだ。
海塚に振り向かれた事で、ミメイは『見つかった』と思った。だが、正確に言えば違う。見つかってはいない。だが、確かに、捉えられたのだ。
ミコの時と同様だった。海塚は動かなかった。だが、どうしてなのか、見えていないはずのミメイのすぐ真上に、真っ赤に染まった、造形が美しい細身の剣が鋒を真下へと向けた状態で、出現した。
視線を海塚にとらわれていたミメイはそれに気づけない。ミメイは必死に海塚の視線の位置を確認し、どうしてだ、まだ、見つかっていないのに、何故分かった様な顔をしているのだ、と混乱していた。
そして、落下。サクリ、とスナック菓子を指で潰すような、そんな音が響いいて、ミメイの身体はその場で真上から串刺しにされた。剣はミメイを捉えて床に鋒を付けると、その瞬間にその場から消失した。ミメイの身体はまだ外の通りから見える位置にある。故に、早めに剣を消したのだ。
海塚はミメイが倒れるよりも前に、路地の奥へと姿を消した。海塚が路地の闇に姿を消してやっと、ミメイの身体は路地の中に吸い込まれるようにして倒れた。足先が表の通りに出ている状態だったが、そんなミメイに近寄る人間は三時間は現れなかった。どうせホームレスが、等と思われていたのだろう。
結局ミメイの死体も、ミコの死体も、回収したのは連絡が取れないと気付いたジェネシスの連中がしたのだった。
海塚はそのまま、琴達に、もう引いていいぞ、と指示を出してそのまま集会の会場へと向かった。
たった一日の、僅かな時間で、海塚はジェネシス幹部の二人を叩き潰した。それも、一瞬の応酬で、だ。それほどの実力者だった。誰もが反対しない理由は、この圧倒的力にあった。
海塚の超能力は、『自由格納』。触れたモノを全て、海塚だけがアクセスする事の出来る別の次元へと格納し、その中に一度格納したモノは、触れる事なく全て、どこにでも、好きな位置に、出現させ、更に、格納しなおす事が出来る、特異な超能力だ。
これが、元、NPC日本本部幹部格の実力である。