1.言い忘れ―5
恭介の不満そうな、だが、どこか期待を感じさせるその表情を流れはその高い位置の視点から見下ろし、満足げな笑みを浮かべ、うん、と一度何かを確認するようにして、頷いた。
恭介が緊張の生唾を飲み込む。恭介の喉仏が動くのと連動する様に、隣の小さな桃が深く呼吸を吐いた。
「お前の超能力は、『強奪』だ」
「強奪ぅ? なんか噛ませ臭のする能力だな」
恭介が眉を顰める。
「きょうちゃん、結構いい能力だと思うけど。名前から推測するに」
「ははははは。そうだぞー恭介。お前の能力は最高に使える」
桃に便乗した流はニヤニヤと笑いながら続けた。
「強奪だ。複製じゃないんだ。簡単に言えば、『対象の能力を奪って、相手を無能力化する』そんな化物地味た能力なんだぞ」
縛られた男をチラリと一瞥し、流は言い切った。
そう簡単な説明をされた恭介だが、当の本人はイマイチピンと来ていないらしい。複雑な表情を浮かべ、流に問い返す。
「なんか聞くだけならすげぇ能力だってのは分かるんだけどよ。使い方わかんねぇんだけど。つーか、どうして俺の超能力わかるのさ?」
疑問だけが並んでいた。目の前で十二分な光景を見てきた。超能力の存在はまだ受け入れがたいが、受け入れている。が、自身がその超能力を使うとなると、話は別だ。今まで、ついこの間まで超能力を見た事もなかったのだ。それどころか存在を知りもしなかった。使い方等、分かるはずがない。
恭介は困った様に隣に並ぶ桃と流に視線を右往左往させて、眉を潜めていた。
「大丈夫だ。知れば、それで使えるようになる。超能力ってのは科学じゃないんだ。実技が一番速い」
流はそう言うと、男を顎で示した。恭介の視線も素直にそちらを向く。
恭介を睨むいかつい表情。いかにもなその形相は恭介に思わず嫌な表情をさせる。面倒だな、こいつ。とでも言わんばかりの表情を浮かべる恭介に男は殺意を抱く。が、拘束されている今、男は攻撃どころか抵抗すら出来ない。
触れてみろ、そう言われている気がして、恭介は数歩前に出て、男の目の前に立つ。
男は耳を塞がれてはいない。今までの会話はしっかりと聞こえていただろう。超能力を奪われる。そうと知ってか、男は再度暴れだした。椅子がガタガタと動くが、一応地面に固定されているのか、椅子がずれたり倒れたりする、という事はなかった。
流、桃が見守る中、恭介は嘆息し、眉を顰め、たいそう面倒そうに右手を伸ばした。
恭介の右手は、男の頭に向かって伸びる。
男が暴れている。が、拘束が解けるとは思えなかった。目の前にいるそいつは、ただの捕虜だ。危害を加える事なんてできやしない。ただ、触れるだけなのだ。なんて簡単な作業なのだろうか。
恭介の右手が、男の頭を鷲掴みにした。力は入れていない。触れる、といった本当にその程度の接触。
男は目を見開いた。超能力が奪われる、絶望した。これで、自分はただの役立たずになってしまうのか、と。
そして、恭介もまた、目を見開いていた。
超能力という存在を意識し、男に触れたその瞬間だった。頭の中が、支配されたかの様な感覚に陥った。
「ッ、」
意識はハッキリとしていた。だが、第三者の視点で自身の意識を感じ取っている様な、そんな感覚に陥った。大量の情報が、流れこんできている事が分かった。そして、すぐに、これが超能力なのか、と気付く。
その間、刹那と言える一瞬。だが、体感時間は恐ろしく長かった。
「ッは、……ハァッ、!?」
その意識が自我となり、戻ってきたその時、恭介は大きく息を吸って、反射的に男から右手を引いていた。そして、すぐに自身の右手の掌に視線を落とす。
今、何が起こったのかイマイチ理解できていないようで、恭介は呼吸を荒げながら、流に問う。
「今、今のが、超能力か!?」
そうだ、と流は即座に頷いた。その流の『何か知っている風』な様子に、桃は違和感を覚えたが、興奮してやまない恭介は気づかない。
そもそも、何故流は恭介の、今まで一度も発現させた事のない超能力の内容を知っていたのか。桃はそこについても疑っている。桃だって、超能力者だ。自身の超能力が、発現するまで何だったのか、分からなかった。わからないモノだ、と当時一緒にいた超能力者には説明された。
桃は『流の超能力』を知っている。それが、人の超能力を知る、というモノでない事を知っている。
「…………、」
が、聞く事も出来ず、桃は気持ちを切り替えて恭介に注目する。
空気が弾ける音がした。が、小さなその音。恭介の指先が、バチリと青白く光ったのが、見えた気がした。
「おぉ!? あぁ!! うぉ、マジか。マジか!? これが超能力かよ! すげぇええええええええええええええ!!」
桃の目の前で、恭介がバチバチと小さな閃光を走らせながらはしゃいでいる。まるで子供の様だ、と桃は思わず笑った。
「ははははははは。恐ろしい程のテンションの上がりっぷりだな。恭介」
流も笑っていた。当然、桃の可愛らしく、且つおしとやかなそれとは対照的な、豪快な笑いだった。
そして、流と恭介の眼下で、男はうなだれていた。気絶したり、死んだりした訳ではないようだが、ともかく、うなだれていた。話が正しければ、男は今、超能力を所持していない事になる。今まで。超能力という一般人とは確実に一線引いたソレを持っていた事で、高まっていたアイデンティティが崩れたのだ。うなだれたくもなるだろう。
「もっと強く出せないの? 稲妻」
桃が恭介の横に並んで首を傾げる。おっ、と恭介が桃を見るが、答えを出したのは流だった。腕を組み、がはは、と笑いながら言う。
「簡単に言うとだな、強奪って恭介の超能力は、ただ相手の超能力を奪えるだけの便利な能力じゃないんだ。確かに、相手から超能力を奪えるが、恭介の手元に来て、その超能力は言っちまえば『初期化』されるって事だ」
流の言葉に桃は、あ、と何か思い出した様に漏らした。桃が理解した事を察した流は頷き、恭介に説明する事も兼ねて、説明を続けた。
「初期化ってのも正しい表現じゃないんだけどなぁ。桃ちゃんなら分かると思うけど、超能力ってのは使い慣れれば慣れる程その威力や使いやすさが増すもんだ。科学じゃ説明出来ない人間の特性だからな、そういうモンなんだ、癖とでも言えばいいか。つまり、奪った超能力は、恭介の手元に来た時点で、『恭介の力量に合わせた』状態になるんだ」
「なるほど……」
と、言いながら恭介は自分の右掌を見る。そこでは小さな、とても小さな雷が、小さく轟いていた。
つーか、と恭介は稲妻を出すのをやめ、眼下の男を見下ろして、訊く。
「なんで、こいつ超能力で抵抗しなかったんだ? 縛られても超能力は出せるだろ。まさか漫画みたいに超能力を封じる特殊な素材で出来た椅子だったり!?」
「違うよ、きょうちゃん」
興奮冷めない恭介を諭す様に桃がそう言う。恭介が桃を見る。と、桃が視線を流に流したのを確認すると、恭介も流を見る。豪快な笑顔を浮かべる、巨漢がいる。
「えっとぉ……、結局?」
恭介が困った様に桃に視線を戻すと、
「流さんの超能力だよ。超能力の封印。流さんは相当『慣れて』るからねぇ。対象を絞る事も出来るし、応用もすごい利くんだよ」
おぉ、とうなって流を見上げる恭介。まさか自分の父親がそんなすごい人物だとは、思ってもいなかった。
NPCのそれを知るまで、流は仕事と金には困っていないが、そこら辺にいるただのおじさん、程度の認識しかされていなかったが、今、恭介の流を見る目が変わった。
「親父、すげぇんだな」
「そりゃNPC創設者だからな」