1.言い忘れ―4
エレナと別れ、桃に案内されて恭介はエントランスカウンター右の扉へと入った。その先に見えてきたのは通路だ。廊下とでも言うか。
それは学校の地下にあるとは思えない程の、純白が基調の近未来的なデザインをしていた。ライトは全て埋め込まれていて、凹凸は両脇と最奥に見える扉の僅かなそれしかない。
「すげーなぁ」
「あはは、見慣れるよ、その内」
桃に続き、恭介は最奥の扉の前へと辿り着く。そしてそれは、何の躊躇もなく開かれ、その先の光景を恭介に見せつけた。
広大な空間だった。地下とは思えない程に高い天井がやたらと印象的だった。そして、広い。体育館の大きさの、多目的室、という印象。
だが、それよりも何よりも、目に付くのがその『中身』。
人だ、人が大勢いた。何か会話していたり、何かの『練習』をしていたり、『空を飛んでいたり』、『炎を纏っていたり』、その両方をしている人間らしき何かがいたり。
いざ、見てみると、目の当たりにすると、口をあんぐりと開けて、間抜けな表情をして固まってしまう恭介だった。
そんな恭介を見て笑いながら、桃が言う。
「ここは、見て分かると思うけど、超能力の『練習場』だよ。超能力だって持ってても、そう自由に使えるわけじゃないからね。こうやって練習して、切磋琢磨して、磨き上げてやっと漫画とかみたいに格好良く使えるようになるんだよ」
そう言って桃はまた笑う。
恭介は数歩進んで、辺りを見回して、こう漏らす。
「すげぇ」
自分もこの光景の中に、溶け込めるようになるのか、と興奮した。
恭介と桃が入ってきたその姿を見つけた、その場にいた人達が集まりだす――が、
「ちょっと、ちょっと! どいて! そこどいて!」
空から声。恭介に向かってきていた人々は、空を見上げる事もなく、一斉に来た道を戻るように下がり始めた。
恭介と桃は、声が聞こえてきた方法を見上げた。
そして見えてきたのは、燃え盛る空飛ぶ影。真っ直ぐ、恭介を殺そうとでも思っているのかと思う程に真っ直ぐ、恭介達の方へと落ちてくる燃え盛る人影。
「え、えぇ!? えぇええええええええええええええ!?」
恭介の間抜けな声がこの広い部屋に響く。同時に、燃え盛る炎が酸素を消費しているであろうバチバチした音が重なる。
恭介が対応出来る訳が無い。が、周りは無関心にも遠巻きを位置取り、苦笑しながらその光景を眺めている。
仕方がないので、と桃が恭介の前に出た。何も言わず、恭介を守るように彼の正面に立ち、背中を向け、頼もしいが小さすぎる掌を向かってくる人影に向けた。
瞬きをした次の瞬間、桃のすぐ目の前に、巨大な氷の盾が、出現していた。巨大も巨大。桃の身長の二倍はありそうな高さと幅。そして、分厚い。
そして、次の瞬きの後に――炎が氷に衝突し、鎮火した。
いでっ、という小さな悲鳴が氷の盾の向こう側から聞こえてきた。
続いての生理現象の瞬きの後、桃の氷の盾は消失していた。
恭介は桃の横に並び、その足元に視線を落とす。
「炎人間ってか……」
恭介は呆れた声を出した。桃の足元に転がっていたのは、おっさんだった。短髪、穏やかな顔。剃り忘れたかの様な生え揃ってもいない無精ひげ。小太りと言える肥えた体型に間抜けな、柔らかな声。
男は暫く頭を抱え、悶えた後、落ち着いてからやっと恭介と桃の存在に気付く。
「お、桃ちゃん……また助けてもらっちゃったねぇ」
隣の恭介に視線をやって、
「お、あぁ、アレか。君があれか!」
今までの事なんかなかった事にして、おっさんは勢いよく立ち上がり、半ば無理矢理に恭介の腕を取って握手して、その手をぶんぶんと振り、目の前の恭介が困った表情をしているのを無視して、
「君だね。恭介君だね。流さんの息子の! 私は飯塚学だ。これからよろしくね!」
元気な声。挨拶。手が離されてやっと、恭介は在り来りな自己紹介で応える事が出来た。
気づけば、――飯塚が落ち着いたから――先程まで身を引いていた連中が集まってきていた。そして、入口にいる恭介、桃、飯塚の三人を囲むように人混みが出来ていた。
恭介は辺りを見回す。ざっと五○人はいるか。皆恭介に注目していた。
「流さんの息子さん!?」
「やっぱり奏さんの血を引いてるのね、根元までしっかり茶髪だし」
「期待の新人だな! ちょっとサチ薄そうな顔してるけどな。がはは」
「結構イケメンじゃない? じゃない!?」
「いや、それはないだろ。なんか人生に疲れた顔してるし」
言いたい放題の歓声が上がっていた。五○人程のNPCメンバーの全員がそれぞれの感想を好き勝手吐き出すため、誰が何を言っているのか恭介にも、桃に聞き取れない程になっていた。
それが落ち着くまで、一分と少しかかったかもしれない。ともかく長く感じたのだ。
桃の言葉を挟みながら恭介の自己紹介が済むと、また桃の言葉を挟みながら、その場にいた全員の自己紹介が始まったが、いっぺんに覚えられるはずがなかった。
とりあえず好みの女の子の名前だけ覚えた恭介は一礼し、「よろしくお願いします」と在り来たりな挨拶をした。
皆の超能力を見せてもらっていると、そこに流が現れた。
「お、やってるな。恭介、桃ちゃん、中断して悪いけど、『本題』に入るからついておいで」
そう言われ、恭介と桃は皆に会釈した後、流に続いて練習場を出た。
廊下へと戻り、流の大きな背中に付いてゆくと、廊下の真ん中辺りにある扉の前で流は立ち止まった。続いて桃も恭介も止まる。
流が背中を向けたまま、確認する。
「恭介、分かっているとは思うが、今からお前の超能力を使う事になる。覚悟は出来てるか?」
確認。任意同行の確認。
が、ここまで来て、今更断る理由があるはずがない。
恭介は流から見えやしないが、強く頷き、答える。
「ここまで来たんだ。逃げやしねぇよ」
笑う。それを見た桃も、笑った。
これが、スタートだ。新しい人生の始まりだったかもしれない。
「よし、なら良いんだ。行くぞ」
流の言葉と同時に、流の目の前の扉が、斜めにスライドして開いた。
流に続いて、恭介と桃が入る。
先の体育館を見た後だと、恐ろしく狭く見える部屋だった。十分な広さはあるのだが、なぜだか圧迫感がを感じた。
部屋の中心に、椅子が一つ。そして、そこに縛りつけられる見覚えのある男が一人。
流がスタスタとその縛られた男の横に行き、抵抗出来ない男のすぐ側、背もたれに手を乗せて遅れて部屋へと入ってきた恭介と桃に紹介する。
「この縛られた男は、この前、恭介を襲い、桃ちゃんと戦ったあの電撃の超能力を持った『ジェネシス』の下っ端だ」
流に紹介された男を、恭介は見る。口も縛られ、喋れないようになっている。が、意識はあるようで、恭介と桃を恐ろしい形相、視線で睨んでいる。思わず目を逸らしたくなるが、恭介は敢えて視線を逸らさなかった。が、桃に肘で合図され、視線を流へと戻した。
「さて、本題だ恭介。お前の超能力は一体何なんでしょうか」
「なんでクイズ形式なんだよ。教えてくれよ」
恭介がうなだれる。が、流は笑って「答えてみろ」と言う。
桃を一瞥するが、首を横に振られ、恭介は考える。
今までの記憶を辿る。何か超能力を使ったような記憶はあったか、と辿る。が、ない。思い当たる節は全くない。
暫く考えて、言う。
「電撃……、とか?」
目の前の男がいる理由を考えて、出した答えだった。
だが、
「わははははははは。違うぞー、恭介!」
大口を開けて大笑いしながら、流は本当に何も考えてない様にそう言って、男の座る椅子をバンバンと叩いた。男は迷惑そうに流を見上げるが、すぐにうつむいた。
「で、なんなんだよ。俺の超能力は? 知ってるんだろ?」
恭介が問う。隣の桃も聞きたそうにしている辺り、桃も知らないのだろう。恭介の超能力を。