4.雷神―11
流はそう決めると、早速獄炎、風神、閃光へと連絡を取った。一番最初に流の下に辿りついたのは、その『超能力』故、閃光だった。『彼』が、流に電話で呼ばれ、彼の下に辿りつくまで、僅か十秒弱。聞けば、彼は出かけていた、と言う。
「相変わらず早いな」
流はそう言って苦笑した。
閃光――光郷明路は、二三歳の、細身で高身長のすらっとした男だった。短髪が映えるような外人に近い整いすぎた顔で、モデルのようにも見える。特徴は細い黒縁の眼鏡だ。やけに目立っている。
彼は、
「仕事ですから」
真面目だった。
光郷はオフィスを見回して、はぁ、と溜息を突いた。眼鏡の位置を直し、言う。
「獄炎と風神も呼んだと聞きましたが。まだ彼等は来てないのですか。全く……、あいつらは」
「お前の移動速度に勝てる奴がいるか。まぁ、座ってまて」
と、流は応接用のソファを指して言うと、閃光は溜息と共に腰を下ろした。
それからほぼ会話がないまま、数分が経過した。そしてやっと、一人の男がオフィスに入ってきた。
ガタイの良い、力仕事をしてそうな、真っ赤な坊主頭の厳つい男だった。男は部屋に入って来るなり、おうおうおう、と唸りながら、光郷の隣りへと腰を下ろして、勝手に肩を組んだ。
光郷はそれを疎ましそうに手で押しのけて、
「暑苦しいです、近寄らないでください」
そう言って、席を立ち、赤髪坊主の男と向き合う位置に移動して、腰を下ろした。そしてわざとらしく肩を何度か払った。
赤髪坊主の男は光郷のそんな様子を見て、
「おうおう。釣れないねぇ。光郷」
そう言って、流よりも豪快に、がはははは、と笑って見せた。光郷のその態度は、気にしていないようだった。
男の名は垣根翔一。NPCでは、獄炎と称される男だ。
垣根ががはははと笑っているうちに、扉が再度開いた。そして次に入ってきたのは、女性だった。タイトなパンツスーツ姿の、きりっとした女性だった。怜悧という言葉がしっくり来る女だ。肩にかかるかかからないかの薄く青みのかかったショートヘアが特徴出来である。全体的にスレンダーで、細身の光郷と比べてもやはり線が細い。シャープ、という印象だった。
その女性はソファを見て、光郷と垣根を一瞥して、光郷の隣りへと、腰を落ち着かせた。光郷との距離は取っていた。
彼女の名は仁藤茜。NPCでは風神と称される女性だ。
「お前ら、遅いぞ」
光郷が垣根を睨んで言った。
「俺を睨むなよ。大体、お前の移動速度に勝てる人間がこの世に存在するのかっての。俺は瞬間移動はできねぇぞ。おうおう」
「そうよ。貴方が早すぎるの」
そんな会話をしていると、流が両手を一度大きく叩いて、部屋に大きな音を立てたことで、会話が遮られた。
閃光、獄炎、風神の三人の視線が自身のデスクに付いている流に向かった。
そこには、笑顔。垣根に似ているが、垣根のそれよりは優しさが感じられる笑顔。
「わはははは。お前達。久々に顔を合わせたってのに、合わせた途端それか。お前ららしいがな」
笑いをこらえるが、こらえ切れていない流のその様子に三人ははぁ、と溜息を吐いてソファの背もたれに体重を預けた。が、仁藤はすぐに背筋を伸ばした。
そして、仁藤が言う。
「雷神と液体質素の二人はいないのね。聴いてはいたけれど」
流が応える。
「桜木君には負傷して、休暇を与えてる。そう長くは休ませてあげられそうにないが。液体窒素の方は今、任務で、エジプトに飛んでるんだ」
「エジプトねぇ。『あの娘』とは正反対な場所な気もしますが」
光郷はそんな事を呟いて、咳払いし、――液体窒素の現在等興味がないと言わんばかりに――話を本題へと向けた。
「幹部格を三人も集めて、何をさせるつもりですか? 幹部格二人でさえ滅多に一緒に任務なんて有り得ないでしょうに」
その言葉に反応するように流のデスクの脇にあるプリンターが紙を吐き出し始めた。プリンターの作動音が部屋に響き、沈黙を招いた。
プリンターが作業を終えて部屋に完全な静寂が訪れると、流はプリンターが吐き出した紙を手に取り、立ち上がり、集まった三人にその紙を配って、垣根の横に腰を下ろした。
「雷神――桜木君が見つけた、メイデンと呼ばれるジェネシスの組織のアジトの地下に隠されていた謎の部屋の調査を、頼みたい」
三人は渡された資料に目を通す。目を通して、一番最初に読み終わった仁藤が問う。
「このカプセルだらけの施設とやらは、本当に幹部格三人も集める必要がある場所なのですか?」
「桜木君が言うんだ。間違いないだろう」
「ま、アイツの勘は結構鋭いからな。デブだけどよ!」
「デブは関係ないだろう。だが、確かに、桜木の勘は当たる」
三人がうむ、と唸った。そんな三人に、流は言う。
「桜木君が大暴れした後で、施設自体は壊滅的状態だ。いつ、施設が移動してしまうかも分からない。すぐに、向かって行ってほしい」
流のその指示に、首を横に振る者はいなかった。
三人はすぐにNPC日本本部を出て、仁藤の所持品であるシルバーのスポーツカーに乗り込み、現場へと向う事になった。
光郷はその閃光と呼ばれる超能力を使えば、現場である山梨県の外れまで、十数秒で向う事ができるが、それは流に止められてしまった。三人で、現場に迎えと指示があったのだ。一人だけ先行して、何かあれば問題になる、という事だろう。
仁藤の運転は荒く、スピードも相当出ていたが、現場までは早くても二時間弱程かかりそうだった。時間が遅く、道が空いてきているのは救いだった。
17
「俺は実家に住んでるんだよな」
「そだね」
恭介の自宅。そこには、恭介と琴がいた。卓袱台を挟んで向き合っていた。琴はにやにや笑っている。対して恭介は深刻そうな顔をしていた。
今日は大介達もどこかへと出かけていて、今、家には二人きりであった。
「だが、言いたい」
「うん。いいよ。何でも聞いてあげる」
今日は琴が暇だと連絡を入れ、恭介が愚痴を吐き出したいがため、珍しくこのボロアパートに人を入れたのだった。
今の二人の頭の中には、典明に彼女が出来たとかいうどうでも良いことは入ってなかった。
「俺、ここ数日ずっと、朝昼晩、母さんの手作り料理を食ってない」
「うんうん。奏さん忙しいからね」
「いや、でも、なんだ。俺高校二年生だ」
「そだね。私も同じだね」
「で、俺は実家住みの高校二年生だ。家族も健在」
「振り出しに戻ったね」
「なんで俺は朝っぱらからコンビニで買った惣菜パンを食い、昼にはラーメン屋に行き、夜はファミレスに行き、なんてしてるんだ」
「きょーちゃんお金持ちだね」
「働いてるからな」
NPCで、だ。
NPCで、恭介達は隊員として働いている、という扱いである。つまり、給料が出ている。高校生であるが、他の隊員同様に任務にも出て、訓練もしているため、ある程度しっかりとした給料は出ているのだ。少なくとも、高校生バイト以上には稼いでいる。
「つーか琴の方がもらってるだろ」
言い返した。
「まぁ、幹部格として危険に身を置いてるからそれなりにね。最近はきょーちゃんのお守りばっかりだけどねん」
「お守りとはまたこれ……。いや、事実だから気にはしないが」
恭介はそう言うが、少し不満げに頬を膨らませていた。卓袱台に付く肘がまたその機嫌を表しているようだった。
そんな恭介を琴は微笑ましげに見ている。むふむふと少しだけ不気味に笑んでいた。
「結局、きょーちゃんはどうしたいわけ?」
「手料理が食いたい」
「それ、目の前に私がいるって分かって言ってるなら、嬉しいんですけど」
「?」