4.雷神―9
中に入るとまず広間があった。マンション等で良く見るエントランスホールのようになっていてソファとデスクが数個、設置されていた。
進入してまず、そこでくつろいでいた数名と桜木の目があった。連中は、桜木の事を知るはずもない。すぐに侵入者だと気付いただろう。
すぐに立ち上がり、臨戦態勢に入る辺りが、連中の戦闘慣れしていることを伺わせる。相手は、出来立ての超能力団体。というのが事前の情報だが、それに関しては少し違和感を覚えた。
桜木は連中全てを視界に入れつつ――能力を発動した。
一瞬の出来事だった。敵から見れば、桜木が取った行動は、ただ、睨んできただけ、であった。だが、事は睨んだだけでは動かない。
桜木の身体から発せられた稲妻がこの施設の電力を、落とした。桜木が敵を睨んだ瞬間、停電の状態へと落ち込んだのだ。山中に作られたこのアジト内で、唯一の明かりだった証明は全て一瞬にして、消え、暗黒の状態が生まれた。
敵兵の焦り、戸惑う叫びが暗闇の中に響く。連中も超能力者だろうが、一人間だ。視界を奪われてしまえば、行動に制限が掛かるのも当然。
「ジェネシスについた自分を恨むんだな。あと、俺は腹が減ってる。急いで飯を食いに行かなければならない。お前ら、ついてなかったんだよ」
桜木のその言葉が、悲鳴の中に突き刺さった。と、同時だった。暗闇を裂く、稲妻が桜木から無数に放たれ、そして、次々と視界を奪われ、戸惑う連中に突き刺さって行った。悲鳴は、聞こえなかった。一瞬で、焼き焦がされてしまったのだから、当然だった。
閃光が花火のように連続して、次々と死体の数を増やしていった。
施設内の予備電力が作動して、部屋に明かりが灯る頃には、既に、このエントランスホールには死体の数々だけが残り、桜木は先に進んでいたのだった。焦げ臭さが部屋に充満していて、吐き気を催す程にまでなっていたが、その臭を嗅げる者は既にいなかった。
先に進み、通路に出た所で予備電力が作動したようで、明かりが桜木を照らした。人影は通路上にはない。桜木は壁に擦れそうな横っ腹を気にしながら、先に進んだ。
任務でこのように敵のアジトに潜入した場合は、とにかく、連中の頭、アジトを仕切る人間を潰さねばならない。その部下は後に回しても問題ない。
だが、桜木は化物と言えるレベルの超能力者、NPCの幹部格だ。目の前に出てきた雑魚を蹴散らすくらい、指を動かす程度の難易度でしかない。
「敵襲!」
通路を進み、階段を下りていると、階段の下から、数名の敵が現れた。やはりその連中も超能力者のようで、それぞれが何かしらのアクションを起こそうとしていた。
階段の上にいた桜木は、階段を降りる辛さで苛立っていた。体重を、足で支える辛さに苛立っていた。
そんな桜木に向かって、一直線に突進してくる男が一人。移動能力を加速させる超能力者だろうか。その男は誰よりも早く、まるで、瞬間移動かの如く、桜木の目の前に迫ってきていた。
だが、桜木の反応は早い。
たかが、雑魚が、雷神触れる事は叶わない。
バチリ、と男の拳が桜木の顔面を叩く直前、稲妻が走った。その稲妻に触れた男の拳は弾かれ、そして、感電し、あっけなくもその場に崩れ落ちる。足場が階段だということで、男の崩れ落ちた身体は階段を転がり落ち、仲間達の下に戻った。
「電気系の超能力者だ」
敵の一人がそういうと、また別の一人が階段を下り、駆け出した。恐らく、何処かにか報告にでもいくのだろう。
桜木は敢えてその男を見逃した。立ちはだかった時に、倒せば良い。そう考えていた。まずは、向かって来る連中から、だ。
桜木が格好をつけて右手指をくいくいと曲げ、眼下の連中を挑発する。すると、連中は、思い通り過ぎる程容易く煽られてしまう。
数名全員が、階段を駆け上がってきた。
当然、雷神はその程度の相手等、触れる事なく蹴散らすのだった。
桜木がアジトの奥深くまで進むと、広めの部屋に出た。個室だ。その広さと、部屋の様子から、ここがボスの部屋か、と桜木は推測した。だが、誰もいない。
(様子がおかしいな。まぁ、誰もいないってなら、探索させてもらうまでだ)
桜木は一応入ってきたドアがしまっている事を振り返って確認して、部屋の奥へと進んだ。机から棚から、何から何まで漁り、出てきた書類やら何やらに片っ端から目を通した。
が、その途中。部屋の扉が開いた。そして、桜木と似た体型の男が、一人、部屋の中に入ってきた。
当然、二人の視線が重なる。
「あぁ、お前か。雷使いのNPCって」
入ってきた男は、桜木を見て言う。
「だから何だ」
手にしていた資料を一度置き、桜木はよいしょ、と立ち上がってその男と向き合った。
身長体重ともに、桜木とそう変わらないように見える。だが、どことなく筋肉質にも思えた。脂肪と筋肉が混じっている巨漢。桜木にはそう見えた。
「いやいや、人の部屋に勝手に侵入しておいて、だから何、はねぇでしょ。これだから最近のガキは……」
そう吐き捨てた男は、少しずつ桜木に近づきながら、その超能力を顕にし始めた。その様子には、桜木も目を見張った。
徐々に、男の露出している部分が――硬質化しているのが、分かる。それも、銀色に鈍く輝く、金属に、だ。
それを見た瞬間、桜木は即座に動いた。完全に硬質化させてしまってはマズイ、そう察したのだろう。
桜木の突進。そして、右手が男の顔を鷲掴みにする。そして、雷神の稲妻が走る。だが、
「無駄だ」
桜木の右手の下で、男の鋼鉄の顔が、笑っていた。
「ッ!!」
桜木は即座に手を離して、数歩下がって距離を取った。だが、その距離は即座に詰められてしまう。
そうだ、桜木も人間だ。弱点くらいある。それが、体力の低さ、動きの遅さ、そして、電力を無効とする敵、である。
一気に距離を詰めてきた男の鋼鉄の拳が、桜木の豊満な腹部に突き刺さった。ただの拳であれば、脂肪が防ぎきるだろう。だが、相手は鉄の塊。そして、桜木よりも筋肉質な腕。桜木の脂肪は押し負け、大きく後方に吹き飛んで後ろに転がった。その軌跡の途中にあった机やら椅子やらは桜木によって吹き飛ばされ、砕けながら部屋の隅に転がった。
「っぐふ、」
桜木は床に仰向けに転がる形でやっと止まった。地鳴りがする程の衝撃が確かにあった。
桜木はすぐに起き上がる。とは言っても、その巨漢故、すぐにが、恭介達の比ではない程に遅い。当然、敵だってその間に待っていてくれる訳が無い。
桜木が起き上がったと同時、既に目の前に迫ってきていた男の拳が、桜木の頬を捉えた。
「ぶっふ、」
桜木の顔が大きく横に揺れた。口の中が切れ、僅かながら口から鮮血が吹き出した。
そして、連撃。敵は容赦ない。桜木がNPCの人間だと分かった今、相手が容赦する理由なんてどこにもない。NPCは敵とみなした人間を殺しても良い事になっているし、ジェネシスに至っては邪魔者は全員殺す姿勢である。
拳が次々と桜木の全身に突き刺さる。短い悲鳴と、悲痛の嗚咽、そして固い打撃音が部屋に響き続けていた。
攻撃を受ける中で、桜木は何度も何度も雷神としての雷の力、雷撃を発現させた。だが、相手は電流が流れようと、全く効果がないように、桜木を殴り続けた。
恐らく、身体の中まで、全てが鋼鉄化しているのだろう。故に、電流が流れこそするが、ダメージになっていないのだ。そこまでは、桜木も分かっている。殴られながら、必死に崩れ落ちないように耐えながら、そこまで考えを巡らせた。だが、対処方までにはまだ、至らなかった。
ぐっ、ぶっ、がはっ、と桜木の悲鳴が漏れ続ける。数分間、殴られ続けている今、全身痣だらけになっているだろう。
幹部格として、これまで最大の力を払って戦ってきた桜木は、隊員と比べて、殴られ慣れていないだろう。最早今、気合で崩れないように耐えている状態だった。
膝を付けば負けだ。それまでに、身体が落ちるまでに、どうにかして倒す方法を見つけなければならない。




