16.戦士達兵器達―13
既に、残っているのはセツナにキリサキにキーナだけとなっていた。
「…………、」
滅茶苦茶だ、と言いたくてしかたがなかったが、そんな事を言おうとしている間にも、キーナの障壁系超能力を越えて、超能力が襲いかかり、キーナを完全に飲み込み、消失させてしまっていた。
「……なんなんだこれは、」
思わず漏らした。セツナは絶望を越えて既に、呆れていた。
(こんな相手に、勝てるはずがないではないか)
そして、キリサキが首を飛ばされ、セツナもまた、赤子の手を撚るかの如く、容易く殺されてしまったのだった。
全員が、まぁ当然だろう、と言わんばかりだった。
あの時代とは全く違う。今や流、そして祈里は、この世界の頂点に立っているとまで言われる場合もあるのだ。
そんなバケモノ夫婦率いるNPCが、そうそう負けるはずもない。
「ホント、二人ともバケモノだよな」
そう呟いて流の横に並んだのは恭介だった。
「二人って誰の事だ?」
流がわざとらしく、ニヤニヤとした笑みを浮かべてそう問うと、
「親父とお袋に決まってんだろ。幹部格の人達も強いのはわかってるけど、それを圧倒してるよ。ま、息子の俺がいつか越えてみせるけどな」
「生意気言う様になったな。このクソガキが」
そう言って、流は恭介の頭を荒く掴んで揺らす様に撫で回してやった。
どことなく不満気ではるが、無理矢理離す事もない恭介の表情を見ると、流はやはり少しだけ複雑な気分になるのだった。
だが、やはり、未来を変える事が出来た、と感動していた。
ふと、恭介だった頃、奏に言われた言葉を思い出していた。
当時理解出来なかった言葉の意味は、もう既に分かっている。今、それを聴かなくて済む未来に変えられた事を、流は本当に嬉しく思っていた。
そして、流と共に恭介も成長し、これからずっと、もっと、まだまだ、流も恭介も互いに成長を続ける。
そして、あっという間に時間は過ぎてしまう。
「ぐっ……、がはッ、」
恭介は鮮血を吐き出した。内臓のどこかしらが潰れた感覚は持っていた。が、どこが潰れたのかも分からない程に全身に激痛が広まっていた。
「くっそ……」
恭介がふらふらと立ち上がる。力を込めて震える足に力を込めるが、その力んだ拍子にも口下からは鮮血が漏れだしていた。
業火がゆっくりと近づいてきているのが、ぼやけた視界にもはっきりと映っていて、今すぐにでも構えなければならない事は良く理解していた。が、身体は言うことを聴きやしない。
(まずい……くっそ、ここで終わるかよ……)
足止めを喰らった仲間達に託されて、ついにジェネシス本社社長室にて、業火と対峙する事が出来た恭介だったが、実力の差は歴然だった。
予想通り、いや、予定通り、恭介は強奪を発現し、複合超能力者となっていたが、結局、その差が埋まるはずはないのだ。
一度恭介として業火と戦い、結果として負けた流と散々戦ってきた業火が相手なのだ。そして今や、流は神に近い存在として崇められる事まであり、その流と対等に戦えるだけの力をつけたのが業火なのだ。
「弱いな。流の息子よ」
白い髭を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくる業火を見上げて、流は畏怖する。
これが、力だ。指一つ動かす事無く、一般人を大量虐殺出来るだけの力を持った男という生き物の力だ。
ここまでの間で、業火は既に、人類を監視下においていた超人類の団体を滅ぼし、研究材料にしてまでいた。
既に、それだけの力を手に入れていたのだ。
ただの超能力者程度が勝てる相手では既にない。
立ち上がれない恭介に、最早なす術はなかった。流が恭介だったよりも、酷い結果に終わる――ところだった。
が、最早時代どころか世界が違う。
「待たせたな」
流が、生きている。それどころか、奏もとい祈里も、死んでなどいない。
この世界では既に、恭介が死ぬ要素等微塵もないのだ。
「流……また、邪魔をするのか」
ここまできて、業火も理解している。
これが最期である、と。
後方へと跳んで距離を取った業火。彼が離れた間に流が恭介を立ち上がらせた。
「大丈夫か、恭介」
「正直、すっげぇ全身痛い」
血まみれの息子を見下ろすと、流の中には怒りが生まれ始めていた。
ずっと、流の中では家族という線が曖昧だった。当然祈里の事は愛しているが、それでも、奏が祈里だったり、親が自分だったり、と様々な事情が誰よりも複雑であったが故、そうなっていた。が、今、隣に立つ血まみれの男は違う。間違いなく、自身の遺伝子を引き継いで生まれてきた存在だ。
「なぁ、恭介」
「ん? なんだよこんな状況で」
二人とも、視線は二人を警戒している業火に向けたままだった。二人もまた業火を警戒している。
「お前、琴ちゃんとは結婚するのか」
「ホント場違いな質問だな」
見える先の業火が、何の会話をしているのだ、と思わず眉を顰める程、場違いな会話だったのは間違いない。
「いいから答えろよ。俺は知らないんだ」
違和感のある言い方、問い方に恭介は首を傾げるが、答えを待っているというばかりの流を見上げて、恭介は渋々ではあるが答える事にした。
「そりゃあまぁ……なんだ。親父がお袋を好きになった様に、俺も琴が好きだからな。結婚出来るならするさ」
「金銭的問題もない。家族の反対も一切ない。向こうの家族もだ。すぐにでも結婚しろ。お前ももう一八で、琴ちゃんは同学年だもんな。結婚出来るな。結婚しろ、結婚。結婚して、二人で暮らして、子供も欲しいだけ作れ。そんで自分の子供達を見守りながら、家族のためじゃなくても良い。自分だけのためじゃなく、自分を含めた誰かのために働いて子供達が独り立ちするまで踏ん張って生きろ。そんで、子供達が独り立ちした頃には、琴ちゃんと一緒じゃなくても構わないさ。ただ、幸せな老後を過ごせ。余程特別な、――流の様な経験をさせないという意味を込めて――事態に巻き込まれでもしなければ、人生は一度切りだ。後悔なんて必然的にする事になる。だからこそ、それが少なくなる様に生きろ。多少なら他人を犠牲にしても構わない。それは、命の応酬を散々してきたお前ならわかってると思う。無理に他人に合わせる必要もない。わかってる事をしつこく言うようだが、俺はお前に幸せになってもらいたいと心から思っているんだ」
「何言ってんだよ」
流の場違いな長広舌を全てしっかりと聴いた流は笑った。
その笑みを見て、流石自分の息子だ、と口にはしなかったが心で溶かした流は満足していた。
世界は変わる。だが、人は変わらない。それに関しては世界中のどこを見ても、流程理解している人間は存在しない。
「話しは終わったか」
業火も何かを察しているのだろう。流の長広舌は、意図的に待って、恭介へと聴かせてやった。
「あぁ、終わったよ。ありがとな。業火さんよ」
「ふん。では、しまいだ」
業火が跳んだ。
生き残るために彼が選んだのは、恭介を狙う、という選択肢――ではなかった。彼は、真っ向から流へと突っ込んだ。恭介を狙っても無駄だという事は分かっていた。流がここまで辿り着いてしまった時点で、覚悟は決めていた。
経験が、本能が、業火に叫んでいた。
ここで、終わりだ、と。
一瞬だった。業火の振るった様々な超能力、そして、流の顔面を狙った拳は躱された。そして残った光景は、互いが交差する様な立ち位置にて、空振らせた拳を伸ばしたまま、顔面を流の左掌に鷲掴みにされた状態でいる業火のその姿だった。
「これでやっと、終わりだ」
そう流が呟いたと同時、業火の表情には笑みが浮かんでいた。