16.戦士達兵器達―11
死に物狂いだった。無残なダメージは確かに受けていた。肉体は限界を超えていた。一瞬の休息が余計に身体を重くしていた。
だが、分かっていた。
業火が仕掛けてくるのは理解していた。あの距離感が、それを大々的に宣伝していたも同然だった。だからこそ、構えた。
戦いに慣れ始めていたのがまずかった。業火は、警戒をしているつもりでいたが、それでも、今までの流と戦っている様な感覚を持ってしまっていたのだろう。
流はもう違う。
走りだす。遅い。圧倒的に遅い。だが、恐ろしく速い。
余りに、大きすぎる。
臓物の漏れだす腹部を抑えて膝を地面に着く業火は、理解した。体格で言えば自分の方が圧倒的に大きい。だが、今は流の方が圧倒的に大きい。
単純な存在の差、力の差、そして、覚悟と経験の差だった。
今までずっと、耐えてきた。痛みなんてどうという事はない。腕だろうが足だろうが持っていくが良い。
だが、何があろうと、絶対に負けない。
負けは既に経験した。業火相手でだ。
最終手段として、業火の弱り具合に掛けて超能力『幻影』で自身を殺した妄想を見せた流は、朽ちかけの身体で彼に斬りかかったのだ。
(ここで負の連鎖は断ち切る。この先、恭介に、琴に、桃に、典明に、NPCのメンバーに、業火の脅威を見せる必要はない……!!)
自由搬出にて取り出した特種形状型刀ではないただの刀を両手で握りしめ、業火を前にして、流は大きく振りかぶり、両手に痛い程の力を込めて、そして、振り下ろした。
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都合が良いな、と思ってしまったが、それでも助かったのは事実だった。自宅へと戻り、先に戻っていた純也、瑠奈、そして、祈里が迎えた流は、見てそのまま死にかけであったが、祈里の力によってすぐに回復した。
リビングにて、四人が集まっていた。
祈里が先に説明しているかと思っていた流だったが、流の帰りを信じ、言葉を待っていたようで、純也と瑠奈は早速と話しを急いた。
が、当然であり、追跡者で流を設定している純也は結果は知っている。だからこそ、まず先に、祈里の話しをした。
「奏っていうか、祈里の事だが……、」
説明は簡潔に済ませた。神と燐との戦いの事事態は純也は当然、瑠奈も知っていて、説明にそこまで捕捉が必要ではなかったからだ。
それぞれ、奏が祈里であり、祈里が奏である事に驚いていたが、思いの外受け入れは早かった。
そして当然、次はこの話しになる。純也も祈里も分かってこそいれど、瑠奈は知らず、それに、現場にいた人間の言葉を聴きたかった。
「で、神威業火は、どうなったのよ?」
瑠奈が問う。他二人が問わないから彼女が問うしかなかった。
「…………、」
一瞬の沈黙。だが、すぐに開口する。
「逃げられたよ。残念ながらな」
「え!?」
瑠奈が驚きから間抜けな声を上げた。それがリビングに響くだけである。他の二人は各々超能力で見ていたのだから、仕方がない。
「どういう事!?」
説明を求める。それにも当然、当事者である流が、冗談話をする様に、苦笑しつつ場違いな程気気楽に応えた。
「邪魔が入ったんだよ。最期の最期で。本当に驚いたよ。あの研究者も施設から逃げ出したくらいだし、もう付近に誰もいないだろうと思ってたら、ね」
「誰が来たのよ!?」
「誰って……、知らねぇよ。なんか急に出てきて、業火を連れて出て行ったんだよ。本当に誰かもわからない。見たこともないし、そんな気すらしなかった」
「えー……一体誰なんだろう……」
「ただ、」
「ただ?」
「俺は、そいつを知ってる気がした」
と、流が言った所で、純也が話しを切り替える。
「ところで、流。流の過去について話しはしてくれるのかな」
「それは私も聴きたいかな」
祈里もそう便乗する。流が祈里には知っているだろと視線を送ったが、あまり相手にはされなかった。
瑠奈も期待の眼差しを向けた。そんな良いものではない、と言ってやりたかったが、そこは敢えて口にはしなかった。
一度の嘆息の後、今度は神妙な面持ちで、流は語る。
振り下ろした刀は弾かれた。ただ、弾かれた。決して折られる事もなく、手から離れる事もなく、ただ、弾かれた。
「!?」
目の前には、フーディローブを纏った、老人と思われる影があった。フードを深くかぶっているため、白い顎鬚以外に見えるモノはない。
武器も持っていない。ただ、手を振って刀を弾いたと見えた。
「誰だお前……」
流は一歩も引かなかった。距離を置くのも無駄な動きだと思える程に疲弊していたからだ。だからこそ、余りに近すぎる距離でも引かずに、そう声を上げた。
巨漢なのは間違いない。ガタイが良いのだろう。ローブのせいで中にバケモノでも入っているのかと思うほどに大きく見える。
が、彼は手を下さない。
ただ静かに、どこか聴いたことのある声で、ただ、流に伝え、
「やはりお前か。郁坂流。この線では負けのようだが、他の線でお前は負けている」
そう言ったと同時、老人は業火に手を触れたかと思うと、瞬間移動だか何かしらの超能力によって、その場から姿を消した。
(内臓出てたんだ。早急に手当をしたとしても、生存確立は半々くらいだろ……)
座り込んでしまいたかった。が、耐えた。
座り込めば、二度と立ち上がれない事は分かっていた。
辺りを見回す。その動作でさえ無駄に肉体を疲弊させる。
周りに誰もいない事を確認して、流は瞬間移動を最後の力を振り絞り、繰り返した。
「正直、自分でも複雑な気分だが、俺は、郁坂流の息子の、郁坂恭介って言うんだ。本来は」
「いや、全く意味がわからない」
瑠奈がなんとも言えない表情を見せている。間違えて動物の糞でも口に入れたのではと思うほど、なんとも言えない表情だ。
純也も似たような顔をしていた。ただ祈里だけが、分かっていた。
「ま、順を追って説明するさ」
そう言って、流は続ける。
「まず俺は、さっき言った通り、郁坂流の息子だったんだよ。それからいろいろあってな。まず、超能力が発言した時だったが……、」
全てを、話した。思い出せる限り、全てを話した。
そして、思い出せる限りの最後も、当然、話した。
「それで、な。業火を追い詰めたは良かったんだが、何かを、くらった。多分だが、それが、俺がこの世界に来る事になった元凶なんだと思う。当時の業火の話しだの噂だのから察するに、業火は時間を操作する力を得た、と思っていたようだが……まぁ、結果、少しだけ違ったわけだな。少なくとも俺の知ってた未来とは矛盾する事が数えられる程度はあるしな。気づかないだけでもっとあるのかもしれないしよ」
話しだけでは、分からない事もある。話している流でさえ分かっていない事だらけだ。
「じゃあ、その後、その、仲間達がどうなったかっていうのは、分からないんだ……」
心配そうに、瑠奈が呟いた。
が、そんな暗くなる理由はない、と流は言う。
「どうせ戻れないしな。今更気にする事もない。そりゃ、俺が拾われた時から記憶があれば、琴が好きな気持ちやら何やらあったかもしれない。けど、違うんだ。今の俺はあくまで郁坂流であって、郁坂恭介だった人間だ。それに、これから生まれてくるであろう郁坂恭介ではない。自分で言ってて少しこじれるけど、ま、俺は俺って事だよ。俺の親父がどうだったかはわからない。けど、少なくとも俺は業火を知ってるからな。これからまだまだ、アイツを止めるチャンスはできてくると思ってるさ。これはチャンスなんだよ。すっげぇチャンス。面倒だとか、可哀想だとか、辛いとかは無いんだ」
そう言って、流は笑う。
――『恭介、お前はお、』
覚えている。あの時、流が言おうとしていた事を。
そして、理解している。