16.戦士達兵器達―8
「頼み事? まぁ……何でもいいけど……」
少しだけ残念そうな表情を見せる祈里だった。
「あぁ、祈里ちゃん。君に頼めば間違いないからね」
「そう。で、何?」
当然の、事である。
「仲間達を頼む。俺は、」
「わかってる。神威業火の所に行くんでしょ?」
流は首肯した。
「あぁ。『全部ひっくるめて』片付けてくる。手出しはいらない」
祈里は微笑んで、浅く頷いた。
「じゃあ、とっとと片付けて、家で待ってるよ。わかってるとは思うけど、私が私で入られるのがいつまでかなんてわからないから、早めに頼みたいな」
「あぁ、きっと、速く変えるさ」
そう言って、互いとも、その場から姿を消した。
それぞれ、目的の場所へと向かった。
「ッ!!」
移動を繰り返し、空高くまで上がった瑠奈はそこから現状を見下ろした。
流星の様な動きで下から追ってきた敵を弾き落として、再度、確認すると、見えてきた。
「勝ってる……。勝ってる!」
見下ろしたのは、圧倒的とも言えないが、どう見ても仲間の数の方が多く見えるその光景。その中で敵がまだ多いと見えた場所へと自由移動にて飛び降り、瑠奈は増援へと周る。
が、目の前の敵が、消えた。
それだけではない。目の前だけではない。気付けば、戦いの音は消えていた。そもそも民家も数える程しか見える範囲にはない様な場所だ。戦いの音が聴こえて来ないという状態の方が、現状では異常である。
「な、何これ……?」
瑠奈含め、誰もが困惑していた。目の前にいた敵のそのほとんどが、消えたのだ。瞬きする間もなく、まるで最初からその場にいなかったかの如く、NPCメンバーと協力者以外のその全てが、消えたのだ。
「なぁんだコレ!」
まず響いたのが、垣根の豪快な言葉だった。
それは皆が抱く気持ちを代弁したモノとなって、それぞれ叫ぶ事はなかった。ただ、小さな喧騒を浮かばせるだけであった。
そんな喧騒を引き裂く様に、可愛らしい声が、今までずっと見ていた、認識していたはずなのに、何故か違う姿と共に響いた。
「こっちは終わり。後は流待ちだね」
複合超能力者になった事で業火は移動の無駄も省いていた。
「ヤバイ事になった」
即座に彼が向かったのは、ドクトルの居場所。つまりは、業火達の隠れ家だった。
正確には、隠れ家の内の一つだ。他の組織から奪った支部がいくつもあり、流達にマークされていない場所を作るのも考えていた。
がドクトルがいるのはやはりあの場所だった。
研究室にて、瞬間移動を重ねてそこへと数秒でたどり着いた業火を迎えたのは、当然ドクトルだが、業火の出現と同時、ドクトルは余りにも素早い反応で、業火の首筋に三つの注射器を挿し、即座に投薬していた。
余りに速いその投薬に業火は驚いたが、目の前にいるのはドクトルだ。
「な、何をする……!?」
余りのドクトルの動きの早さに驚きつつ、ただ、そう聴いた。
注射器が抜かれる。
そしてただ、ドクトルは言う。
「分かっているさ。私は超能力はないがな、科学の力がある。遠くにいて、且つ私を狙っていない相手を捕捉する事くらいは出来る。郁坂流対策に、お前に今、三つの新しい超能力を投薬させてもらった」
「流!? 違う、神だッ!!」
「いいや、郁坂流だよ」
業火はここで気付いた。
「ッ!!」
「そこまでだ」
実験用機材だらけの二丸帖程の部屋に、もう一つの存在を増やす着地音。ドクトルの視線が持ち上がる。業火が振り返ると、そこには、見覚えのある、だが見たことのない表情をしている流の姿。
「な、流……」
「よぉ、クソヤロウ」
「私を巻き込むな」
ドクトルは、流も警戒していなかった。それが故、ドクトルがこの場から去るk事に異論はなかった。彼が扉の向こうへと消えた事を横目で確認し、流が軽く右手をそちらへと向けると、自然と扉が締り、鍵までかかる音がした。
業火が勝手にしまった扉を一瞥する。それを流が見て、挑発する。
「鍵だけじゃ不安か。凍らせるか、それとも鋼鉄で壁一面まとめて固めるか?」
「……いいや、構わない」
そこまでで、正対。互いの距離は三メートル程度に保たれている。流はすぐ横に見えるドクトルが先ほどまでいじっていたであろう被験体を一瞥し、すぐに業火に視線を戻す。
「悪いが『全部』知っているんだ。人工超能力、だったか、それ」
「記憶を、取り戻したか」
頷きも、否定もしない。ただ何か意思を秘めた様な視線を業火へと突き刺していた。
業火も薄々理解していた。
ただ、超能力を取り戻したその時とは違う、更にもう一段階流という存在が跳ね上がっている、と。故に、記憶のそれに気付く事が出来たのだ。
「……だとしたら、何だ」
業火は眉を顰める。実際、人工超能力が知られたとして、不利になる事はない、そう、業火は思っているし、事実そうだった。
流が自身の右手に視線を落とす。
「俺は確かに、記憶を取り戻した。けど、取り戻した記憶と、現実に所々、違う所があるんだ。その内の一つに、俺の、郁坂流の、超能力がある」
「何を言っているんだ」
「俺の知る郁坂流は、封印、っていう超能力を使ってたんだ」
業火は違和感を覚えた。
「待て。流、お前は一体、何を言って……、」
頭の中で、矛盾を解決するために考え、考えて、すぐに気付く事が出来た。と、同時、流が見下ろしていた右手を目の前まで上げ、人差し指を立たせた。
「俺は俺の知る今とは違う未来から来た。お前のせいでな」
流の右人差し指は業火を指している。
「…………、」
業火は、未来を想像した。この状態から、生き残ったとして、この先どうなるかを自然と想像していた。
が、すぐにその考えは振り払う。
「だから、何だ」
「面白い事を教えてやるよ」
切り返しが速い。きっと、ここの会話までは知るはずがない、と業火は勝手な推測をし、更にそれは事実だった。が、流のその自信満々な笑みを見ると、その事実すら、事実でない様に場は流れてしまう。
「業火、神威業火。お前は、遠くも近くもない未来。俺の部下、俺の仲間、――俺の息子に殺されてたんだぜ」
自信溢れる笑みが流の表情に張り付いている。
「だから何だ。それは、今、この場を俺が乗りきれるって証拠じゃないのか」
まるで、今この場を制しているのは自分だ、と言わんばかりのその笑みである。
流は、首肯した。
「あぁ、その通りだ」
「一体何が言いたいんだお前は」
「ま、俺がいた世界での話しだからな」
「は?」
「変えるんだ。俺が、新しい未来を作り出す」
「…………、」
ここまで来た所で、業火もまた、気付いた。
「俺の知るかぎり、桃の母親の名前は衣奈じゃなかったし、零落一族の年齢もズレてる。つまり、だ。俺の知る世界での出来事とは、何かが少しずつズレてるんだろうな。ここまでくりゃ、分かるよな。クソヤロウ」
「……なるほどな」
未来は、変わる。元いた世界とは違う。詳細は知らないが、それでも業火は、気付き始めた。
「分かった。と、いう事は、俺がここでお前に殺される可能生もあるって事か」
流は頷く。笑顔のまま、深く、力強く頷いた。
「あぁ、そういう事だ。俺の知る未来ではお前に仲間達を散々殺されたからな。俺が今の内に、お前という害悪を消滅させておく必要がある」
業火が歯を食いしばる。ギリギリと音が部屋に響くかと思う程の鳴らしていた。
「勝てると、思うなよ……!!」
業火の声が部屋に轟く。
「勝てると思うなよクソヤロウッ!!」
そしてついに、世界を超えた、郁坂と神威の戦いが始まった。