16.戦士達兵器達―7
走り去る業火には神は一切目を向けない。顔は覚えている。名前も漢字まではっきりしている。見えていなくとも、どれだけ時間が経とうとも、全く認知のない場所で殺す事が出来る。カムイを殺した後からでも、全く問題はなく、それ故にまず関心がない。
「もう一度、言ってみて? ね? 誰が、死んだって……?」
神の表情には笑みが張り付いている。上品且つ美しく、だがどこか、イカれた笑みだった。
緊張の生唾を飲み込み、喉を鳴らす。冷や汗を流したのは、いつぶりだっただろうか、とカムイは緊張で全身を強ばらせる。
神の不意を打って先手をどうにかして叩き込む。これ以外に神への勝利方法は存在しない。が、障害が多すぎる。不意を打つ事も不可能、先手を打つ事も不可能、というのが現状だ。
勝ち目等ない。だが、勝ち目がある可能生がある、と理解している。
「私がこの手で郁坂流を殺したと言っているのだ」
だが、カムイはその少ない可能生を広げるために、カムイはその肉体以外の情報を模索した。
それが、流だ。
郁坂流という存在が、奏だけでなく、神にとっても何か特別な存在だ、と先の言葉で察し、気付いていた。
だからこそ、利用した。正確な情報なんてあるわけもなく、ただ名前を出すだけの一歩目だったが、効果はある、と信じた。信じるしかなかった。
事実、神にとって流は詩と同様特別な存在であった。
だが、この状況の場合、カムイが神よりも、情報を持っていなければ、話しにもならない。
神よりも、視界の広い人間はいない。神よりも、遠くまで見える人間なんていない。聴力に置き換えてもそれは変わらない。それどころか、ありとあらゆるモノを置き換えた所で神に勝てる人間なんて存在しないのだ。
「じゃあ、君のその後ろにいるの、誰なの?」
神の言葉に、カムイの全身は硬直した。これが恐怖なのだ、と気付ける事はなかった。暫くの間、だが現実時間にして一瞬の内の一瞬、カムイの焦点は神指指っすその右手の人差し指に集中してしまっていた。
だが、次の瞬間には、対応する。
流石は超人類である。今の一撃、ただの超能力者であれば、間違いなく、殺されていた。
背後から一直線、首を跳ねようと向かってきていた恐ろしい程に速く気配の感じる事が出来ないその攻撃を振り返りつつ体制を下げて避け、背後に迫っていた彼と正対したのだ。
目の前には、流がいた。と、思ったその瞬間には、視界が真上を向いていた。
「は」
カムイの口から、漏れた最期の言葉は、余りに間抜けなそれであった。
真上を向いていた視界は、次の瞬間には真っ黒に消え去る。
最期の最期、目の前に立っていたそれが、流だったかどうかも、まともに確認する事は出来なかった。
いくら超人類とは言えど、同じ『超人類』が相手では、その個々の、僅かな違い一つで実力は大きな差を見せる。
「ふぅううううううううううううううううッ!!」
大きく息を抜いた。
そこに立っていたのは、間違いなく、誰もその存在を認める事がなかった、超人類である。
「全部、思い出したの?」
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走馬灯を見る余裕もなく、流はカムイに殺された。が、生きていた。血を吹き出していた。全身の骨が砕け散ったのかと思う程の激痛が全身を一瞬支配していたが、限界を超えたのか、痛みはすぐに感じなくなった。視界もなく、聴力も消失した様だった。
感覚もなくなっていて、死を覚悟せざるを得なかった。流は奏と違って設定などされていない。
後に残す奏の心配をしていた。この時には自分の事、自分の状態なんて頭には残っていなかった。ただ、奏だけを想っていた。
だが、その自動的に巡る思考は、自然と、流の奥底に何十にも鍵を掛けられて閉ざされていたその先にあった、深層を掘り起こそうとしていた。
真の意味で、命の危機に貧したのだ。神の力すら影響を受けていないその肉体が、僅かでも前に傾けば死に至る直前で、やっと、ありとあらゆる記憶を掘り起こし、生き残るための手段を探し始めたのだ。
当然、こんな状態で生き残る手段なんて見つかるはずはなかった。だが、それを探し出す際に、今まで奥底に強制的に眠らされていた、封印されていた、封印していた記憶を、引き上げる事になった。
故に、流は思い出した。
彼は、この先、どうなったか、を知っている。
「ッ、」
立ち上がる。どうして立ち上がれたのかは分からなかったが、超能力の力を使用をしているという感覚が、超能力による現状だけを流に理解させていた。
明瞭だった。全てがクリアであった。記憶が戻って、今まで気にしない振りをしていても、どうしてももどかしさを彼に抱かせていたのだ。それを全て思い出した所で、ありとあらゆる鮮明さを得ていた。
殺すだの、死ぬだのという考えが吹き飛ぶ程の明瞭な感覚が流を支配していた。
大きく息を吸って、吐き出して、一気に『跳んだ』。
最早、今の流にとって、距離だの、障害だのは一切関係ない。誰が何処にいようが、何処に隠れていようが、仮に、死んでいたとしても、流の攻撃は絶対的に目標に到達する。
「待ってろよ。『皆』」
流は、この先、生き残ればならないと覚悟した上で、跳んでいた。
そして、結果、カムイなんて相手にならない程の、圧倒的力を発揮した。正確に言えば、神を目の前にして、怯んでしまっていたカムイだからこそ、あそこまで速く決まったのだ。真っ向から戦えば、どちらが勝利したか分からなかっただろう。
「……はは。久しぶりだな。祈里ちゃん」
「あれ? 姿もそうなってる?」
流は笑った。カムイを葬り去った今、少しばかり気が抜けて全身の力が抜けてしまいそうだったが、耐え、ただ立ち、目の前の彼女を見て優しく笑んだ。そして、首を横に振った。
「いいや。千里眼を使っても君の姿は、奏にしか見えないよ。まぁそれだけ強い力があるって事で嬉しいさ。その力が俺の中の奏を守ってくれてんだからな」
そう言って、笑う。
現実との、整合を取る必要がどうしても出ていた。それは神の力を振るった際に、勝手に現実に合わせられ、調整されたモノで、神が意図した状態ではなかったが、必然であった。
流以外には、奏のその姿は、祈里に見えていた。だが、奏としか認識していなかった。そして流には、姿は変わらず今まで通りの奏に見えいていた。見えていたし、それを奏と認識していたが、神が奏へと成り代わったと知っていた。
神はあの時、自身の幸せを考慮していなかった。だが、結果として流と共になり、更に、奏と流の幸せをも考え上で、神、奏、流の三人が一番落ち着く事が出来る形にしたのだ。
神が奏になった。
死者を生者にする、という事がただ唯一、神に不可能な事である。その条件を無視して望んだ形にするには、その選択肢を取るしかなかった。
そして、今の今まで、完全に奏になっていた祈里だったが、奏が本当の意味での危機に貧したその状況で、祈里の一番の目標である『奏と流を幸せにする』というそれの継続が困難になった時、あるはずのない事だったが、奏だけではこの場は越えられない、と、本能か、何かが祈里を根底から、流の記憶と同様に、蘇らせたのだ。
互いに、全てが変わった状態での邂逅を果たした。
「祈里ちゃん。君がいつまでこうやって表面に出てきていられるのかはわからない。永遠に出てられるならそれがいいけど、そうじゃないんだろ?」
「さぁ、どうだろうね?」
「だから一応、先に言っておく。ありがとう」
そう言った流の身体は、回復していた。完全にだ。死んでさえいなければ、神の力で回復が出来る。治癒のみ、超能力の限界を超えた神のその力だ。
今、流の目の前にいた奏は、力まで完全に神と化している。もとより神の肉体と人格が奏へと変わっていたのだ。根本は変わっていなかったという証明だろう。
「気にしないで。私まだ、流の事好きだから。何でもするの」
「じゃあ、頼み事をさせてくれ」




