15.再始動―14
だが、警官は銃を下ろさない。震える手で握った拳銃の銃口は間違いなく流に向いたままである。
そして、震える声で、警官は言う。
「お、お前も……あのバケモノと同じなんだろぉ!」
「…………、」
敢えて何も言いやしない。ただ、睨みつける。
人間を容赦なく殺せる人間の睨みは、ただの人間のそれとは違う。圧倒的な威圧感が警官を襲っていた。警官もまた、分かっていた。銃を撃った所で目の前の自分よりも一回り近く若い男には、通用しない、と。だが、それでも、現実を現実として見れない状態なのだ。今まで見てきたモノしか信じず、世の真理を受け入れる事が出来ない状態に陥っている。きっと、この警官は今まで年月だけかけて地位を上げて、自分が偉くなったつもりでいたのだろう、と流は予想した。
「悪いが、これが現実だ。見たモノを信じる事が出来ないのであれば、きっとアンタにはこの先はない。拳銃を下ろせば、俺は何もしない。だが、三秒以上向けたままにするっていうならば、俺はお前を敵とみなして対処する」
脅しではない。警告だ。
だが、緊張もあいまっている。警官の身体は固まり、銃を下ろせない。
そこまで、見抜いている。
だからこそ、流は言った通りにはしなかった。すぐに振り返って実現化の少女の様子を見る。と、同時、背後で衝撃がなった。
「流。一体これは?」
丁度到着した瑠奈が、流に変わって銃を上げていた警官を蹴り飛ばし、壁に衝突させ気絶させていた。流に問うても振り返らないその様子を見て、わざとやってたのか、と瑠奈は後から気付いた。
「気にするな。それより……」
「うん。あの女の子が実現化?」
「そうみたいだ」
瑠奈も流と並んだ。並んだ所で、二人で近づいていく。
「NPCの郁坂だ。変わります」
実現化を囲む警全員に聴こえる様にそう言って、警察達を下がらせる。下がらせつつ、瑠奈には警察から今まで起きた事を聴取する様に頼み、下がらせた。
下がらせなければならない、と分かっていた。この異常な光景を見れば、わかる。それに、資料にも目を通した。
「美亜ちゃん」
流が呼ぶと、泣き啜る少女の顔が僅かに持ち上がった。
「俺も、君と同じ超能力者だ」
説得から入ろうとした。が、次の瞬間、流の視界の半部が消えた。そして、動きもせいされた。
「…………、」
外から見れば、何が起こったのか良くわかった。地面に、流の顔半分以外全てが埋まっていた。
が、そんな事は関係ない。軽く力を込めて、足を震えば、流はあっという間に地上へと戻ってくる。
「言っただろ、超能力者だって」
コンクリートの破片をまき散らしながら、流は再度、実現化との接触を図る。
美亜の顔が再度持ち上がった。何かを仕掛けてくる、と分かった。だからこそ、先に、流が言う。
「安心しろ。一般人じゃ君の力で簡単に死んじゃうからって俺が来たんだ。俺なら多少の事があっても死なないしな」
「何を言って……」
美亜が、攻撃を仕掛けてこなかった。言葉を発した、それに安心して、流は視線を合わせる様にしゃがみ込む。距離はまだ数メートルある。だが、十分だ、と流は考える。
「見てわかったさ。君はきっと、暴れてなんかいない」
「……!!」
美亜の顔がもう少しだけ上がった事に気付いた。
まだ、押すべきだ、と流は言葉を続ける。
「何だろうな。実現化とか言うくらいだから、きっと調整が難しいんだろ。何かで感情が高ぶって偶発しちゃったとか、そういう事だろ。多分、暴走ではないと俺は思ってる。どうだろう」
敢えての問い。そして、間違いのない首肯。
「……うん」
静かに、だが、確かな首肯。
「よし。わかった。俺達と一緒にこないか?」
交渉に入る。善意という提案をする。
「知っているかもしれないが、俺達はNPCはという組織で超能力を悪用している超能力者達を成敗する仕事をしている。俺達には君みたいな強力な力の持ち主が必要だ。どうだ。きっと、力になれるし、力になってもらいたい。どうだ? 警察には俺から交渉して、話しておく」
「え、えっと……」
美亜の困惑した様子を見て、少し速すぎたか、と思いつつも、既に話してしまった事だ。流はそのままそのスタンスを押し通す。
「別に、仲間にならないからと言って、君に危害を加えるつもりもない。今日みたいに呼ばれて偶然、なんて事はあるだろうけどな」
そう言って、敢えてわかりやすいように笑ってやる。攻撃意思がない事、敵対意思がない事を徹底的に表面に出して分からせてやる。
「えっと、あの、つまり……?」
まだ、状況の整理が出来ていないのだろう。当然だ。今まで警官共に追われて恐怖体験を続け、そして今は救いの手を差し伸べられる。それも、ありえない状態でだ。
救いの手なんて、差し伸べられるはずがないと思っていた。この異常な力を持っている人間なんて他にいないと思っていた。だからこそ、秘匿にして、無理矢理日常生活に溶け込もうとしていた。
溶け込む事を諦めろ、と言われているわけではないと分かっている。今現在、世界には無能力者の方が多いのだ。溶けこまねば平和には生きていけまい。だからこそ、世間に溶け込みつつ、超能力者として生きる方法を、流は美亜に提示したのだ。
「つまり、俺達と一緒に仕事をしながら、超能力者として、普通に生きてみないかって提案だ」
「普通に……」
当然、一般人が考えるような、つい先程まで美亜が考えていた様な一般的、という事にはなりえない。いくら流でもそれは可能としない。だが、超能力者として、一般に溶け込み、生きる事は可能だ、と流は言うのだ。
後方で、警察連中が、何を言っているんだ、と否定的な意見をはいているのも確かに聴こえてくる。つい最近まで超能力を知らなかった人間だ、超能力者をバケモノと見てそう言いたくなる気持ちも流は痛い程にわかる。
「なぁに、警察の言う事は気にするな。知ってるだろ? 俺も君も、銃弾なんて怖くない。その気になれば世界中に核兵器が降り落ちたって生きていける。超能力を見たばかりの人間だ。君も、超能力が発現したばかりの時は困惑して、恐れたんだろ? 今あの連中はそういう状態に陥っているんだ。いずれ慣れる。だから、気にするな。で、どうしようか」
微笑んでやる。ここで、流は一度立ち上がり、美亜へと近づいて、手を差し出した。握り返してくれる事を期待して、そこから、微動だにしなかった。
美亜は流を見上げる。笑みを見て、彼を見て、その強さを間近に体感した。見るだけでわかる。この人間は、異常だ。だが、誰よりも、人間である、と。
美亜は、気付けば手を伸ばして、流の手を取っていた。全く考えていなかったが、本能が、彼に着いて行けばきっと、人生が変わる、と判断して、自我よりも先に身体を動かしたのだ。
流に手を引かれて、持ち上げられる様に美亜が立ち上がる。
いざ立ち上がって見てもやはり小さいが、年齢は思ったよりも流に近いようだった。
警察連中が一気に警戒態勢に入ったが、流が軽く手を振って警戒を解かせた。
「一体何があったのかも、とりあえず俺達の家かNPC本部で聴く。いいかな?」
「うん」
流は美亜を連れて、警察連中と合流した。美亜の身柄を拘束しようとした人物もいたが、流が止めさせた。事情を説明して、お偉いがこの場にいない事を知り、流に連絡を取る様に伝えろと伝言して、瑠奈と合流し、三人でこの場を後にする事にした。
その場にいて生き残った大勢の警察連中は、仕事を辞める者達もいたが、残った人物は超能力の存在を知っているとして、必要な階級を得て、必要な役職にその後移った。
こうして、警察内でも超能力と一般を分け隔てているのだ。




