15.再始動―13
目指すは超能力制御機関だ。他の組織が持っていなかったとしても、医者の確保はしておくべきである。
「医者医者……。どうすっかな」
金銭面で困っていないと言っても、病院丸ごと長い先まで経営すると考えれば今は不安が残る。任務があまり資金になっていないからだ。まだ、警察連中との提携もできていないし、秘匿に金が回ってきても居ない。時折は人間からしっかりと依頼が入り、それで稼ぐ事は出来ているが、今はまだ善意のボランティア状態でもある。
任務が仕事としてしっかりと構築されるまでが、問題だ。それさえできれば病院丸々一つ買い取っても問題はないだろう。
碌の遺した土地による大量の収入はあっても、結局任務が仕事として成り立たねばならないのだ。
「警察関係との提携に、医者、各所に支部を設置……やる事多いな」
長谷やメイリア等、一部の人間は指示出さずとも勝手に動いてくれるが、そうはいかない連中も沢山いる。特に初心者同然であるICメンバーだったあの二人は努力はしているが、まだ不安が残っている。
アジトが出来た事で彼等の指導も行える様になってこそいるが、まだまだ、手が届いていない場所があるのも事実だ。
そんな中、非情に面倒な事態が流を襲う。
「流」
部屋で頭を悩ませていた流に声を掛けに来たのは奏だった。リビングでの家事を終えてここまで来たのだろう。
「どうした?」
体調が悪いのだから休んでおけよ、とでも言葉をかけようとした時だった。流は奏の違和感に気付く。それは、奏本人の変化ではなく、焦燥だ。
珍しく、焦っている。そう気付いた流は眉を顰めた。
「何があった?」
言い換えて、問う。
「……すっごい超能力者が暴れてるんだって。流石に見逃せなくなったんだと思う。警視庁から直々の依頼が入ったの」
「そうか」
奏の言う、すっごい超能力者、というのが気になったが、警視庁からの依頼であればタイミングは良い、と流は判断した。今やNPCは全国区と言える程に広がっている。どこで入った依頼でもしっかりと対応出来るだろう。提携の提案を持って行くには最適なタイミングだ。更に、この依頼を解決できればその礼として多少の圧力もかける事が出来るだろう。脅しはしないが、本当に最適だ。
「俺が出る。詳細は?」
「純也君が今出してる」
「そうか……チェイサー」
「はい。今全部出し終わった所」
と、純也が部屋に入ってきた。束ねた資料を流へと渡して、彼が読むのを待つ。
「……実現化?」
「うん。かなりやっかいな能力みたいだね」
純也は頷いてそう言い、説明する。
「何も難しい事はないんだけど、考えたモノを、全部現実に作り出しちゃうって能力みたい。今、警察連中が犠牲者も出しながらだけど上手く誘導して、急遽空けた千葉のドームにいるみたいだね。警察も頑張って外に出さない様にしてるみたいだけど、時間の問題みたいだ」
「そうか。……じゃあ、移動がすぐ出来る俺とポンチョで出よう。……ポンチョは?」
「ポンチョポンチョ連呼すんなし。ここにいるよ」
と、瑠奈もすぐに流の部屋まで来た。
「ポンチョ、すぐに行くぞ。最速でだ。多分、だが、これだけ強力な超能力者で、名前を初めて聴くって事は、他の超能力者も仕掛けてくる可能生がある。即座に行動して、沈めるぞ」
「殺していいの?」
「場合による。とりあえず現場だな」
「分かった」
そうして、二人とも最初から超能力全開で移動を開始した。
結果、移動系最強の能力を言われる自由移動よりも先に、流は現場へと到着する事になった。
「千葉マリン……なんだっけか」
と、外からその巨大なドームを見た流は、看板を見て名前を思い出し、そして、立ち入り制限をしている警察を見つけてすぐに駆け寄った。名前を名乗り、事情を名乗ると、思った以上にすんなりと中へと通してもらえて、流はすぐに中へと突入する事になった。
流は初めて来るこの場所を話しそのままドームと思い込んでいたが、野球場の様な開けた場所と、展示場が並ぶ複合施設だと入ってすぐに気付いた。歩いていると、警官が並ぶ展示場の一つから走って出てきた。先ほどの立ち入り制限をしていた警官から連絡を受けて飛び出してきたのだろう。
「こっちです。お願いします」
いくつも年下であろう流に警官はあまりに丁寧に頭を下げて、警官は流を引き連れて案内する。
案内されて流は進む。
緊張感はあった。晴れたここちの良い春の風は全く身に感じなかった。
警官の早足な足取りについていって、広いドームの様な展示場の一つの中へと入った流は、入ってすぐに足を止めた。まだ、展示場の会場へと通じる通路の上ではあったが、その異質さを見て思わず足を止めた。
血塗れだ。映画の撮影セットの様にあちこち鮮血がこびりついている。歩いて度の散らばった肉片でも片付けたのだろう。引きずられた様な後はある。きっと流達を配慮してんの事なのだろうが、間違いなく警官よりも流達の方がそういう類のモノは見慣れているだろう。
「どうかしましたか?」
「何人くらい、犠牲者が出たのか、と思いまして」
歩みを進める。普段とは違う足音が響くこの空間の居心地は最悪だった。肉と血の生々しい臭いが鼻腔を刺激して、胃を収縮させる。
歩きながら、感覚の狂ってしまった警官は告げる。
「我々の犠牲者は判明しているだけで三三人程です。が、今もなお、実現化のバケモノに殺されてその死体を引きずり出せないでいる仲間達がいますので、正確な数字はわかりません。幸いにも、民間人は実現化が暴れだしたその瞬間に出てしまった三人以外はいないようです」
一度、立ち止まる。警官も釣られて立ち止まった。
「どうかしましたか?」
冷静に、首を傾げて流の心配をする警官を流は見る。
そして、何かが狂ってるな、と感じ取った。
流達はとっくに過ぎ去ったステージだ。目の前のその警官も、超能力というありえないモノを目の前にして、そして、大量殺人を目の前にして、銃程度ではどうしようもないそれを目の前にして、更に、上からかかるメディアや現場の人間への圧力を目の当たりにして、現実が信じられなくなってしまっているのだろう。
「いや、何でもない。急ごう……」
歩みを再開する。
歩いて、歩いて、そして見えてきた。
広い空間のど真ん中に、少女が、一人。
「まだ幼いじゃないか……」
泣いている。うずくまって泣いている。それを遠巻きに警官連中が何十人もで囲んでいる。が、干渉はしていなかった。誰もが、動けない、と言った様子だった。ただ形だけで囲んでいると見えた。
違和感丸出しの光景だったが、それだけでなく、周りも違和感だらけだった。
コンクリートで固められた地面から、人間の一部が、いくつも生える様に飛び出していた。ある場所では右手や指先だけ、等、場所を見れば様々だ。顔の半分だけが飛び出している場所もあり、不気味で仕方がなかった。
「一体どうなってんだよ」
そう呟くが、警官からの反応がなかった。
「どうした?」
と、流が振り返ると、そこには、拳銃を持ち上げ、銃口を流へと向けている先ほどまで案内をしてくれていた警官の姿があった。
「何のつもりだ……」
眉を顰め、牽制する。
警官の顔を見る。不気味に口角を持ち上げ、笑んでいた。だが、震えている。恐怖しているのがわかる。これが、普通の反応だ、というのも全て、分かっていた。
だからこそ、憐憫した。
「銃を下ろせ。わかってるだろうが、俺に銃なんて通じない。俺の仲間が後から追いついてこの光景を見たら、殺されるぞ」




