15.再始動
15.再始動
身分を作っておけたことは本当に幸運だ、と流は思っていた。今の自分にあの時の碌の様な繋がりや権力はない。だからこそ、碌には感謝していたし、尊敬もしていた。そして今もなお、している。
身分があるだけで、表社会で出来る事が格段に増える。超能力とは無関係に生きていても、身分がなく、苦しい生活を強いられている人間は未だ多いのが現状なくらいだ。
一軒家を購入した。東京のはずれの、田舎町の住宅街に周りの景色に溶け込んだ、特別な事は何もない様な一軒家だった。庭も狭く、入れば極普通の家庭が想像出来る様な一軒家だった。隣に空き地があり、何かと雰囲気も良い。
超能力制御機関が解散になった今、流『達』は様子を伺っている。
金銭的余裕は驚く程にあるため、まだ一般社会に出て極普通の一般人の様に働いてはいなかった。そもそも、他にまだ、やるべき事がある。
超能力者達の、動きを見張っていた。そのために外出し、そのために毎日動いていた。それが今の彼等仕事の様なものだった。
動きは、多々あった。やはり超能力制御機関とい業界最大手だった組織が解散したという事実は世界中にあっという間に広がり、そして、今まで超能力制御機関だけでなく、リアル、リベリオン、ディヴァイド等、中規模以上の組織にすら動きを阻害されて動けずにいた小規模組織が続々と動き始めていた。一部は超能力制御機関の様にその力を一般人から隠し、影響を及ばせない様に動いてはいるが、やはり、力の誇示を望む組織が大部分を占めていた。
この状況は好ましくない、と日本の各所に散り散りになった元超能力制御機関のメンバーはそれぞれ思っていた。
流達は、まだ、自分達の使命は超能力制御機関に在籍していた時と変わらない、と信じている。
「そっちの状況は?」
夜中。闇に溶け込んで身を隠しつつ、敵の様子を伺っている流は、無線で仲間に問いかけた。
「こっちは動きがないねぇ。ずっと何かを話してる。全員で」
「こっちも同じだね。一人一回いなくなったけど、すぐに戻ってきた。多分トイレとかかな」
瑠奈に、純也。二人は、流に着いてきていた。正確に言えば、流が二人を誘ったのだ。
今、流は奏と、瑠奈と純也と四人で、あの一軒家に住み、そして、あの一軒家を新たな団体の本部といて、活動している。
「こっちは出る」
流は暗闇から飛び出した。飛び出す際の一蹴り目は、音すら聴かれずに済んだ。そして、二蹴り目の音で敵の三人が、恐ろしい程の速度で迫ってくる流に気づく事が出来て、振り返ったが、もう遅い。
新宿の狭い路地裏。いつも湿気の酷いこの路地裏にて、集まっていた敵の内二人を、一回転左に回る様な動きで一撃で屠り、そして、最後の一人を振り返る流れのまま押し倒し、刃を首筋に突きつけた状態で、膠着した。
敵の男は突如として現れ、仲間二人を一瞬で殺し、取り押さえてきた流を暗闇の中見上げ、目を見開いて驚いていた。
「何が目的だ」
男は命が危険に晒されてこそ、冷静でいられるのだろう。暗闇の中、表情のはっきりしない相手に対して、冷静にそう問うた。二人を殺して自分が殺されなかったという事は、選ばれたのは偶然にしろ、意味があるだろう、としっかりと理解しているのだ。
刃を僅かに押し付けると、暗闇の中でもはっきりと分かる程の赤が滲み出てきた。流はそのタイミングで敵の男が表情を一切変えなかった様子を見たが、やる事は変わらない。刃を僅かに男の首に食い込ませたまま、静かに問う。
「……お前達は、一体何のために、誰のために動いているんだ」
流は、奏を救う時に、知った事、見た事を仲間達に話してある。業火が、何か良くない事をしようとしている事。協力者がいる事。佐倉を殺す程の男がいる事。彼等が、強大な敵になる可能生を秘めているのは分かっている。そして、既に動いている、と察している。
流達は、小規模組織共をただ、潰して回っているのではない。業火の動きに、注意を払っているのだ。
業火達が動けば、流が気づく。だからこそ業火達は、自身の手足の様に他の組織、できれば忠実な組織を作り、動かす必要がある。だろう、と流は推測し、小規模組織の超能力悪用阻止も兼ねてこの様な活動を続けていたのだ。
男は応える。
「力のためだ。知っているだろう。今、日本の超能力社会は、『誰が次の頭』に立つか、で持ちきりだ」
この男のこの言葉で、流は、
「またハズレか」
そう呟くと同時、刃を地面まで下ろした。
超能力制御機関の解散から、一番面倒になったのは、死体の処理だった。今までは小規模程度の組織は今の流れ達と同じ様に、自分達の手で処理していたのだろうが、最初からそういう部隊を持っていた超能力制御機関からグレードダウンした、と考えると面倒であった。
が、今や流も、れっきとした超能力者だ。記憶は未だ戻らないが、ふとした拍子で、次々と新たな超能力を思い出し、過去に自身が複合超能力者であった証拠を流自身へと表している。
死体を回収する事は容易かった。運良くもあの極珍しい自由格納を持っているのだ。回収し、適当な所でまた超能力の力を使い、消すだけだ。他の小規模組織よりは方法自体は圧倒的に楽だと言える。
流の合図で瑠奈も敵を処理し、純也も敵から離れたところで集合。そして、自宅へと車で戻る事になる。
ここ最近の日常だ。
一生遊んで暮らす事も不可能ではない金額を全員が所持しているが、あまり贅沢はしていなかった。
「おかえりなさい」
と三人を向かえてくれる奏だって無事でいる。
が、彼女は前回のあの時から、あまり体調が優れず、流にの指示で今は超能力に関わらない様にしている。彼女も流と同様で複合超能力者であり、純也が後援系、瑠奈が移動系と考えると、攻撃系にもなる彼女の力が欲しい所だったが、そこは流のわがままで、流の力で補う事で今、落ち着いている。
何故、体調が悪いのか、分からなかった。
今の流には距離が無制限と言っても過言ではない程の視る力があるが、病状を診るには至らない。種類が違うのだ。
かと言って、極普通の病院に連れて行く事も出来ない。この体調不良はあの時、僅かな時間でも投薬されたであろうそれのせいだと流は考えている。
未知の存在が、超能力に繋がる何かが、世間に出る事は望めない。奏が死なない事に甘え、猶予をもらっている、と流は自身を追い込み、そう考えている。
早く、奏を治したいとは思っているが、治療出来る人間が、いない。手段も思いつくだけでは足りない。
神流川村、最後の襲撃の際に、医者も消えてしまった。恐らくは殺されたのだろうが、死体すら見つからなかった。余りに肉片が多かったため、判断は科学的な何かを通さなければ分からないだろう。そんな事は、出来やしないが。
所謂フリーの存在になった流達。最初から巨大な組織、超能力制御機関にいた流、奏、純也はともかく、瑠奈はディヴァイドという中規模組織の元メンバーだ。新たに活動を始めるにあたって、彼女の助言や経験は流達を大いに助ける事になっていた。
が、やはり、超能力制御機関の様に医者を抱えている、という組織は知る限り存在しない、と言った。そもそも、今現在、超能力はあくまで裏の存在であり、その任務はどうあっても、善悪関係なく、命は投げ出すモノ、という状態で行われる。その後の生死や安否は、基本的に無視されるのだろう。
苦悩する日々は続く。