14.最後の防衛―9
頷かない。
「何言ってるんだい。お前は」
そんな強気の姿勢で佐倉が出てきたのは、田口も予想外だった。
思わず、戸惑った。この状況で、佐倉は絶対に頷くと思っていた。頷かざるを得ないと勘違いしていた。
確かに、田口が知っている通り、佐倉は流に執着している。今もなお、だ。だが、それ以前に、田口は自身の立場を理解していない。
田口が暗殺者を向けなかければこんな事にはならなかった。あの暗殺者を仕向けた事は知らなくとも、田口が攻めてこなければ、流が回復する手段を探す時間はあったはずだった。
つまり、佐倉にとって、田口は我が道を邪魔した人間であり、殺さねばならない相手である、という事なのだ。田口はそれを理解していない。
はぁ、という深い嘆息の後、佐倉が言う。
「流に何かしてみろ。お前が死ぬだけだ。取引なんて必要ない。殺し合おう」
「……では、」
田口だって、ヤルべき事をやるつもりでしかいない。
発動、と同時だった。佐倉は動いていた。
超能力発動の瞬間は、長く超能力に関わってきた人間であれば感覚で自然と把握する事ができるのだ。
が、いかに動きが速くとも、超能力の発動速度がそれを上回っていれば、意味がない。田口の超能力が、先に発動した。
「ふぬうっ!!」
直後、田口は手を離し、即座に防御体制へと入った。伸びてきた佐倉の右手は躊躇いなく弾く。が、早さや勢いでは確実に負けていた。負けている。まともにやりあって勝てる見込みなんてない。阻害者で接着だけは封じているが、それが限界だ。
今、最初の一撃を、弾く事が出来たのは、決して彼が護衛のための少林寺拳法、空手、と学んでいたからではない。偶然と、咄嗟に動けるだけの度胸があったからだ。
すぐに、後退した。立ち上がり、それと同時に数歩下がるその流れる様な動きは、捉えるには容易い程未熟なそれであったが、佐倉が思わず関心する程の意外性たっぷりな動きではあった。
佐倉は追撃をすぐにかけやしなかった。この時点で接着が有効でない事は気付いたし、何より、今は自身の方が流の近くにいた。田口が超能力を発動した事は理解している。故に、待った。
田口も、背を壁に預ける程後退し、そこで佐倉を警戒しつつも、時折流を気にする様に視線を投げていた。
(何をしたんだ……?)
佐倉も当然流を見るが、変化がある様には思えなかった。
が、そう思うのは、田口もだった。
(何故、何も変化がない……!?)
田口は、流に掛けられていた貴音による形状記憶を阻害した。感覚はあった。間違いなく阻害できた、と本人は能力発動の瞬間は勝利を確信していた。
だからこそ、死んだ様に動かないままでいる流を、見て、不安を抱き始めていた。
「死んだのか……?」
そう誰にか分からないが、問うたのは佐倉だった。
だが、
「分からない」
田口は、そう首を横に振って律儀にも応えた。
正確には、応えたわけではない。ただ、心境を独り言の様に呟いただけだ。
二人共、戦闘そっちのけの状態だった。
これで、死んだのであれば、田口は満足だ。実際に田口が殺したわけではないが、この状況で、この結果だ。田口が流を倒したという話しが語り継がれても不思議ではない。
が、生きていればまずい。
硬直状態だ。佐倉はともかく、田口は身を退いた以上、動く事は叶わない。
「…………、」
佐倉は佐倉で、違和感を覚え、流に触れる事すら戸惑っていた。
田口が超能力者で、流の事を何か出来る能力者だという事は佐倉も今の光景を
見て理解している。故に、そう簡単に彼を殺す事もできなくなってしまった。流が目覚めるまでは、何か予想外の事態が起きている場合に備えて、彼を生かしておくのが賢い選択だと知っている。
見てくれだけでは、呼吸すら止まっているように見えた。が、佐倉がそれ確認するために手を首筋へと触れさせてみると、見えてきた。
血流がある。喉もなっている。呼吸が、出来ている。
流は、生きている。
ほぼ目の前でその光景を見ていた田口も流が生きていると理解した。不都合で、目標のためにコースを選択しなおさなければ、と考えるが、まだ、動く事すらままならず、苦渋を呑む様な緊張感に置いて行かれしまっていた。
(なんで流は目を覚まさないんだ……? こうなると、渋々でも田口を生け捕りにしないといけなくなる……)
佐倉も馬鹿ではない。いくら殺さねばいけない相手であっても、流を生還させるために必要であれば、生け捕りにしなければならない場合もある、と妥協出来る。
この時流は、まだ、昏睡状態で間違いなかった。
田口の想像通り、阻害者の力で流にかかっていた形状記憶は完全に解かれてしまっていた。
が、そこまでの過程が、田口の想像とは外れていたのだ。
そもそも、立中の目は狂っていなかった。本来であれば、いや、立中が見た時のまま行けば、流はその日の内に悪性腫瘍で殺されてしまっていただろう。だが、変わった。流の中に眠る超能力が、自身を、流を殺させないために、奮闘していた。
その結果、数日の延命がなされた。誰の手によるモノでもなく、誰も知らない、流の中に眠る超能力によって。
そして、数日の間で、状況は切迫したまま、あっという間に進んだ。
結果、流の力は、悪性腫瘍に打ち勝った。
打ち勝った、が、誰にも気づかれないまま、変化していた。
それも、結局、また数年は気づかれないまま、終わってしまうのだが。
「……奏は、何処だ」
そして、目覚める。
そもそも、事情を知っている人間は、絶対に流にはあの刀があった方が良い、と側においておいた事もこの結果を生み出すきっかけにもなっていた。
ともあれ、刀は側にある。
そこからは素早かった。
刀が鞘から抜かれ、田口の首を跳ねるまでに一秒とて必要としなかった。
「な、流……」
その判断力と、行動力には佐倉も思わず驚いた。長い眠りから目覚めたばかりで、目の前には仲間とも言い切れない様な存在の名前だけが仲間の状態である佐倉がいたのだ。起きてすぐの視界には、田口は入っていなかったはずだ。それどころか、目覚めてからで考えれば、流がこの状況を知っているはずもないし、田口が敵だ、という保証も何処にもないはずだった。
だが、流は迷いなく斬った。
彼の研ぎ澄まされた感覚が、勝手に判断を下して反射的に動いたのだった。
「…………、」
流は数秒、固まっていた。行動を起こしてから、何が起こったのか、と眉を顰めて怪訝そうにしていた。
目の前で首を落とされた男は、一応に見覚え事態はあったが、すぐにはどこの誰かまで思い出す事は出来ず、流は刀を鞘に納めた後、振り返って佐倉に素直に問うた。
そうして、やっと、現状を知った。が、当然、自身の内で起こった事の現状までは把握できやしない。
が、問題はない。
目覚めた、という事実だけが重要なのである。
「ありがとな、佐倉」
「気にしないでよ」
誰がしたのか、整備された装備の揃ったベルトを身体に巻き付け、ジャケットを羽織り、そして、流は軽く身体を伸ばす。
伸ばしてすぐ、踵を返す。
「佐倉、着いてきてくれ」
「珍しいね、流が進んで僕を指名するなんて」
「お前の実力は知ってるからな」
「照れるな。ま、任せてよ」
「あぁ。悪いが、戦争は優流さん達に任せるしかない。真っ直ぐ、奏を救いに行くぞ」
「うん」
流が、『変わっている』事に、佐倉は気付いていた。が、敢えて触れなかった。佐倉にとって、都合の良い方向へと、変わっていたからだ。
(すぐに助けだすぞ、奏……!!)




