14.最後の防衛―4
鎌鼬。
風を操作する系統の超能力であり、その系統だけで言えば良く見る力だ。が、やはり超能力。似たような力であっても個性があり、且つ、ステージによってその効果は大きく変動する。
『鎌鼬』。ステージ5。
カマキリと称されるその男は、触れる事なく、あらゆる物を斬り刻む事が出来る。その力で宙に浮いて行動しており、日常生活をあまり好まない男だった。が、その分、戦闘にはストイックな存在である。
戦う時には無口である事が集中するという事だ、という認識を持っているが、結局はお喋りで、戦闘に集中すればするほど口数が増える男だった。
挙句、戦闘後、その事に対しての反省はないどころか、大して覚えていない。
そんな男の前にも、当然敵は現れる。
既に二人の超能力制御機関のメンバーを殺したカマキリだが、まだ、当然疲弊なんてしていない。それどころか、これからまだまだ出てくるであろう敵も全員倒してやるという意気込みまでもがあった。
故に、出てきた相手に対しても当然、ストイックに戦闘をこなすつもりでいた。
それにプラスして、今、カマキリの前に飛び出してきた彼女は、暫く神流川村にいなかった女だ。故に、ブリーフィングに真面目に参加していたカマキリは、飛び出してきた女を、ただの敵としか認識する事が出来なかった。
「見つけた」
「違うな」
言葉は重なった。
と、同時、カマキリは既に仕掛けてきた。
木々が生い茂るこの藪の中、宙に浮いたまま鎌鼬の力を駆使して浮かんだまま移動していたカマキリと、突如として出現した彼女の距離は直線で大凡五メートル。木々が邪魔して完全に互いを見る事は叶わないが、それでも、互いに認知をしている。
つまり、戦いは始まっている。
この時点で、カマキリはすでに仕掛けている。
背後を振り返りもせずに木々を避けながら滑る様に後退しつつ、いくつもの鎌鼬を放っていた。
木々が、切断され、折れ始める。一度始まるとそれは連続し、彼女に次々と迫ってくる。
が、関係ない。
上手く避けるな、とカマキリは珍しく関心した。地を走る彼女は、鎌鼬の不可視な攻撃を避けているようで、次々と迫ってきている。
が、彼女は避けていない。一切攻撃を避けていない。避けている様に見えるのは、木々が余りに無造作に乱立し、どうしても左右に動きながら進まなければならないからである。
事実、攻撃は当たっていた。
が、関係ない。
それに気付いたのは、十数メートルの移動があってからだった。その頃には、彼女はカマキリとの距離を詰め、手こそ届かないが、後少しで敵に届く距離にまで、詰め寄っていた。
「くっそ! 何だよお姉さんよォ!!」
「お姉さんって歳でもないけど」
その瞬間に、勝敗は決す。
彼女は飛んだ。目的は、ただ、触れるために。
カマキリは後退した。背後なんて気にせず、ただ、彼女に触れないがために。
が、触れた。ほんの僅か。彼女の指先が、逃げるカマキリの靴先に触れた。が、その瞬間、カマキリは、全く、一切、動けなくなってしまった。
お得意の調子付いた口調すら、お披露目できない。
指一本動かない。超能力の発動を解く事すら出来ない。
それどころか、地面に落ちる事すら、許されない。
これが、
「もうおしまいだよ、アンタ」
郁坂貴音の、絶対的超能力。
『形状記憶』。ステージ7。
ステージ7であるが故、能力が付加されている。それは、位置情報の記憶。
喋る事すら叶わない。いくら空気が流れこんできたとしても、声帯が震える事は微塵もない。それどころか、内臓系の稼働すら、完全に止める事が出来る。
それが、形状記憶ステージ7。絶対的と謳われる、最強と称される内の一つの超能力である。
最強、であり、最悪。
敵にまわして、まず勝ち目はない。何故ならば、彼女の形状記憶は、自身の保全状態すら、記憶して、変化を許さない様に設定が出来る。故に、大木を一撃で斬り刻む事の出来る鎌鼬があたろうが、落雷に打たれようが、銃の乱射を正面から全弾受けようが、一切、服ですら、傷一つつかない。
ただ唯一の欠点は、ステージ7へと駆け上がってなお、触れる事が発動の条件であるという事だけだ。が、そもそも、死ぬ事がない。負ける事がない。それ故の、絶対的、超能力である。
「……どこよ、阻害者は」
貴音は、そのまま何事もなかったかの如く、先を急いだ。宙に浮いたまま、硬直したカマキリは、既に朽ちていた。彼が地面に身体を触れる事が出来たのは、彼女が見えなくなってから数分後であった。
「見つけた」
村を完全に出る事にまず成功したのは、郁坂貴音、彼女であった。
移動中に降り始めていた雪は豪雪一歩手前の状態にまで吹き荒れ始めており、流石の貴音も足の疲弊を感じ取っていた。
が、まだ、止まれるはずがない。
彼女の経験から、考えられる超能力の最大有効範囲。
神流川村のある山から出てすぐの道路。その上に、不自然な場違いさを演出させてしまっている、停車している高級セダン。
(間違いない。ジャマーか、いや、田口か……!!)
勝手な偏見ではあったが、高級車を見て、政治家というイメージを連想し、あの中には最悪ジャマーか田口か、どちらかがいるだろうと貴音は推測した。
雪と、山の麓にまでびっしりと生い茂る木々のせいでまだ、車内から貴音は見えていない状態である。
当然、貴音は極力身を隠したまま、車へと接近する。
フロントには雪が積もっており、走り出せないだろうと言うほどに視界が不明瞭になっていた。中でモニターでも見ているのだろうな、と勝手に推測しつつ、そして、貴音は飛び出した。
飛び出してすぐ、後部席へと飛び込んだ。扉を閉め、形状記憶を発動し、車から一切出られない様にして、そして、目の前で、驚いた表情でいる、田口を睨んだ。
(阻害者じゃなくて、田口だったか。でも、好都合!)
この戦い、頭である田口を潰す事にも当然意味はある。
が、出来る部下がいる。運転席と助手席にいた二人の黒服の男が、すぐに後部席へと身を乗り出して、銃口を貴音へと付きだしていた。
が、無駄だ。絶対的超能力である形状記憶に対して、通用する攻撃なんて数えられる程度しか存在せず、ましてや、物理攻撃等、話しにもならない。
それに、貴音は、素早い。
突入と同時に、動いていた前席の二人の動きは、既に視えていた。貴音は流れる様な動きで左手を振るい、二人の男の手首に触れていた。
男達が固まる。と、同時、右手を伸ばして田口の胸倉を掴みあげた。当然、形状記憶は発動している。
「これで超能力制御機関の勝ちね」
手を、離す。
場は制した。三人全員共、形状記憶の効果によって固まり、田口に至ってはありとあらゆる動きを停止させた。次の瞬間には死に至る程の状態を記憶させた。
貴音は前席を見る。やはり、モニターがあり、何かを映し出しているようだったが、雪が酷くなっているせいか、その映像は雪のノイズ混じりの映像で、ほとんど様子は分からない様な状態だっ、
「っか」
突如として、理不尽に高鳴る銃声。
視線を下ろす暇すら、なかった。
銃声は連続した。既に、三発目で額を銃弾が貫いたというのに、銃声は計一二発車内で響いた。
消炎が踊る。前席の男二人は、似たような動きで銃を懐へとしまうと、何も言わずに席へと戻った。
が、
「オイオイ。私の横に死体を置いておく気か。さっさと捨ててこい」
疎ましそうに、自身のすぐ隣に転がった肉の大部分を銃弾によって穿たれた貴音の死体を見下ろして、田口がそう言うと、助手席の男はすぐに外へと出て後部席を開け、彼女の死体を引きずりだして藪の中へと投げ捨てた。