14.最後の防衛―1
当然、声のした方へと視線を向けた。
男がいた。走ってでもきたのか、呼吸が若干荒れているようだった。その様子が、どうにも戦場には似合わない。
当然、この惨状だ。垣根だって容赦はしない。相手が自身を見つけようと、それはまた逆も然り。垣根の前に敵が出てきているのだ。殺さない通りがまずない。
垣根は即座に腕を持ち上げ、掌を敵へと向けた。向けたと同時、火炎放射器でも隠し持っているのかと思うほどの大量の炎が、敵へと一瞬で到達した。
が、様子が、おかしかった。
「何だ……!?」
垣根が眉を顰めて、先の光景を見る。
炎が、何かに、吸い込まれているその光景を。
この時垣根の脳裏に過ったのは、海塚達が持つ、自由格納だった。あれは、人間をも吸い込み、個々人のみが持つ異次元へと飛ばす力だ。それであれば、掴まればまず、生還は出来ない。
が、自由格納を、持っているはずがない。今まで、超能力犯罪者のデータも含めて、自由格納を持つ超能力者は今まででも海塚の一族と、もう一人しか見つかっていない。
あれだけの超能力者が死んだ後に、まだ残っているなんて考え難い。
が、敵にとって、そんな事は重要ではない。
「遅いッ!!」
一瞬の隙だった。いや、遅かれ早かれ、どんな形であれ、攻撃をあの形で塞がれていれば、結果こうなっていた。
垣根が、男が出現させた薄い黒い膜の様な、空間に浮いた穴の中へと、引きずり込まれた。
何かがおかしい、と気付いたのは、戦闘が始まってから一時間が経過しよう、という時だった。建物のほとんどが倒壊し、それが燃やされ燃え上がる炎が壁となって視界を遮っているような状態で、春風が気付いた。
「……そんなに味方は殺されてないはずなんだけど……」
敵を屠りつつ、転がる死体に目配せをしていた。死んだ仲間は記憶しておいた。肉塊に成り果てた様な死体は一目みただけでは判別は出来ないが、それでも、超能力制御機関のメンバーは圧倒的な力を見せていたと思えた。
「敵はクローンってのも不気味でしかたがないけど……なんだろう、この違和感」
仮に、敵が、人体の複製に制限なく、それほど時間を必要とせずに可能としている場合は、まずい。敵の数は倒しても倒しても減らず、味方だけが消耗戦で削られていく未来しか見えない。
仲間が、集まらねばならない、と春風は考える。
が、
「もう一人、幹部格ッ!!」
男が、現れた。
「!?」
そして、気付けば。
「……ここは?」
春風の目の前には、見知らぬ浜辺が広がっていた。
一瞬の内に自然と警戒を解いて、辺りを見回した。
ありふれんばかりの自然が、広がっていた。海、砂浜、ボロ布の様な、申し訳程度の倉庫の様なウッドハウス。そして背後に広がる数十分程度で山頂に到達しそうだが、やけに横に広い、木々の生い茂る山。
完全に、
「無人島……?」
そして、やっと気付いた。やられた、と気付いた。
と、同時、
「無人じゃないけどな」
と、聴き覚えのある声が聴こえてきて、振り返り、春風は垣根を見つけた。
超能力者は万能ではない。誰もが移動系超能力でも使えれば、この程度では昼間なかっただろう。
男を、見た。
垣根に続いて、数名の仲間達が次々と集まり始めていた。
全員が、気付いた。
やられた、と。
自由格納の保持者は少ない。全人類、全超能力者を集めても、ほんの一摘みの存在だ。故に、あの男は、違った。強者だけを狙って、味方の援助まで受けて優先的に、自由に動き回っていたあの男は、移動系の能力者だった。
あの戦いでは、形だけでも、神流川村を滅ぼせば田口一派の勝利で終わる。強者を戦場から隔離し、残った雑魚を殲滅する、というのが田口なりに考えた作戦だった。
そして、まんまと引っかかった。
余りにありきたりな能力過ぎて、警戒が薄くなっていた。
「転送だな。くっそ……それも、うまい具合に移動能力者が連れて来られてねぇ」
垣根が珍しく不安を口にした。
「誰かが気付いて、あの男に能力を使わせて私達を村に戻しでもしない限りは、すぐには戻れないわよね」
春風でさえも、手を打てない状態である。
「仲間達も気になります」
薬師寺が、呟いた。ディヴァイドのメンバーの中には、正直に判断をして、まだ、あの戦場に参戦するには速いとも言える連中が、まだまだ多かった。そして、島田が一人、暴走していないかも、気になってしまうのが、薬師寺だった。
そして、不安が一つの形となる。
『転送』を持つ超能力者である男は、次の目標を見つけた。
(見つけた、幹部格の牟礼美々だ)
周りを見ても、クローン軍団が殺され続けている光景だけが見える。近くに未だ捕捉出来ていない須田の姿や零落の姿は見えない。仕掛けるならば、未だ、と男は一気に接近した。
「見つけた!!」
叫んで、そして、転送、するところだったが。
目が、あった。
牟礼が、違和感の塊を抱えて襲い来るクローンの隙間から接近してくる男を、見つけた。
見つけてしまえば、遅い。
そもそも、男は、ブリーフィングの時点で、牟礼の超能力を知っているはずだった。油断せず、過信せず、警戒し、長距離から出来る事をしていればよかった。
牟礼に認識された時点で、超能力を弾く事が出来なければ、死に至る。
今、この村全土にはられている結界の様な、超能力に影響する超能力は、あくまで対象に届かせるモノの否定だ。が、牟礼の『超無制限操作』ステージ7は、届かせるだの、そういうレベルではない。
相手の体内、相手そのものに、突如として牟礼の超能力が出現する様なモノであり、零落優流の全拒絶とも効果が出るまでの過程が違う能力だ。
その過程が違うだけで、同じ様な超能力はいくつか存在する場合がある。牟礼のこの超無制限操作もまた、そうだ。彼女の使うそれは、他所では良く、サイコキネシスと呼称される。
牟礼と男の視線が重なったその瞬間だった。
男は一切の動きが叶わなくなった。そして、一瞬の内に全身に走る激痛。次の瞬間には、視界が真っ赤に染まり、その次の瞬間には、意識と共に全てがフェードアウトした。
何が起きたか。単純だ。死にゆく者には理解が出来るはずがない。全身の支配を奪われ、骨を砕かれ、内臓を絞る様に潰され、肉という肉を弾かれ、細胞単位で分離されれば、誰だって、何が起こるのか考えるよりも前に、死に至る。
見て、殺される。彼女を知る人間は、死神と彼女を讃え、怯え、畏怖し、近づかない様に尽力する。
彼女は一切気にしないが、今、垣根達を隔離していた男を、殺してしまった。こうなってしまうと、誰かが垣根達が死んでおらず、隔離されている事に気付いて、呼び出す事の出来る能力者を使って呼び戻すまでは、垣根達は戦闘に戻る事が出来ない。
気付かぬ内に、窮地に徐々に追いやられていた。
「敵は、思ったより強くねーな」
島田もとっくに、敵がクローンで無限に構成されている事に気付いていた。気付いた上で、そう呟いた。
村はもとより広くはなく、すぐに敵と遭遇する事が出来るが、一定倒すと、暫く付近に集まらないと気付き始めていた。
始末する速度が、人間を複製する速度を上回っているという状況証拠だろう。
(これが、本当にその証拠だったら、このまま複製の超能力者を見つけて、始末すれば敵の無制限な襲撃は止める事が出来るか。しかし、どこにいる……? 敵の増援出現の感覚からしても、やっぱり村の外か? 今、村の外に単独で出るのは得策ではないだろうが……)
覚悟は、決めなければならない。
「よし、行くか……」
島田は、仲間を探しつつ、愛浦商店の方へと走りだした。