13.悪性腫瘍―5
地震の様な恐ろしい程の衝撃と、それに伴う様々なモノが落下し続ける音が連続していた。していた中で、浅倉は海塚を見て、不気味に笑う。
「お前もこうしてやるよクソガキ」
伊吹は眉を顰めた。
伊吹は実際、姉が殺されるその瞬間を見れたわけではない。が、遠くに落ちる死体の一部を見れば、すぐに理解した。姉は死んだ。浅倉に殺された。
仇だ、なんて思ってはいなかった。
だが、出来る人間として、あの浅倉は、絶対に先に進ませてはならない、と感じ取って、そして、戦う意思を見せる。
海塚の顔よりも上に、黒い何かが出現し、そして、そこから一本の長棍が落ちてきた。金属製だが、刃の一切見えないその武器を、落ちてきたそれを受け止めて、構え、海塚は浅倉を挑発し、あくまで引きつける。
応援は、来ない。衣沙は自分達の役目をやるだけだ、と考えていたからだ。それに、あさか、最悪の場合を考えていなかったわけでもないが、自身が先に死ぬとも思っていなかったのだろう。
伊吹は、そこまでわかっていても、焦らなかった。目的はただ一つ、浅倉の足でを、この戦いが終わるまでする事だ。浅倉の側近は既に消した。後は、浅倉を消せば良い。
自由格納で、自らのみが影響出来る 別次元に、閉じ込めてしまえば良い。浅倉自身、そうは簡単にさせないつもりだろうが、伊吹だって、そう簡単に死ぬつもりもない。
が、都合は、変わるモノだ。敵がわんさかあちこちにいる、この状況であれば、尚更だ。
流が、足を止めていた。
「おっと、どうしたんだい? 流君」
と、後から追いついてきた春風が彼に声を掛けた。
振り返り、入り口の方を見て、流は呟く。
「今の音……」
「あぁー。うん。衣沙さん達に何かあったんだろうね。聴いた話しの通りなら、この施設の入り口を封じてたモノが壊された、とかね」
「…………、」
流が振り返ったのを見て、
「戻らないの?」
春風が向かう先を指さして問う。が、流は振り返らない。
「きっと、助けが必要なんだと思います」
と、言ったと同時、流は春風を無視してまで進みだした。
が、最後にはしっかり、
「奏を、皆を頼みます」
そう伝えて、通路の向こうへと消えていってしまった。
「ま、当然守りますけどねー……」
と、独り呟いて、春風は敢えて追わず、アジトの奥へと向かった。奏に伝えて、面倒な反応をされなければ良いな、と思いつつ、早足で先を急いだ。
反応が、早すぎる。
伊吹はその小さな身体を駆使して浅倉の攻撃を上手く避けつつ、自由格納で浅倉を別次元へと閉じ込めようとするが、浅倉は一切触れすらしない。自由格納の入り口へとなる黒い空間を出現させても、しっかりと反応し、触れる直前で確実に避けてくる。避ける事に重点を置いているのか、攻撃の回数や初動が僅かに遅いため、海塚も浅倉の攻撃を避け続ける事が出来ているが、これでは消耗戦だ。
成長期を抜けていない少年と、成人では身体の作りがまず違う。圧倒的に、それは伊吹の方が不利だ。体力の限界が近すぎる。
体力が消耗されれば、動きが鈍る。人間には酸素が必要だ。酸素を求めて呼吸を荒らげるだけでも、激しい攻防の中で、それは大きな隙へとなってしまう。
挙句、どちらも一撃必殺の状態だ。
持っている中で最高の強度を誇る長棍を振り回してはいたが、その強度ですら、叩き折られた。それは浅倉の拳に真正面から衝突し、砕けた。ならば刃を、と剣を取り出したが、それも、刃が触れた瞬間には、刃の耐久が負け、刃が折られた。
刃物も効かない。屈強なモノも効かない。そして当然の如く、銃も効かない。故に、自由格納しかない。
今までの戦闘で、強い相手でも、最終的には自由格納で別次元へとしまいこみ、そこで窒息死させてきた。だからこそ、長期戦は自然と苦手な身体になっていた。
口では言わなくとも、自身でも理解し始めていた。やがて、恐怖心も襲ってきはじめる。このまま、殺されるのではないか、と。
今まで経験した事のない、感覚だった。だからこそ、その恐怖は通常の何倍もに膨れ上がって彼へと襲いかかってきていた。
が、
「そこまでだ」
二人の戦闘は、そこで止まった。
二人とも、堂々と、リアルのアジト入り口を見た。
「……しかたねぇなぁ」
嬉しそうに、浅倉がそう呟いた。そして、伊吹を見て、言う。
「ほれ、クソガキ。お前はとっとと逃げろ」
と、伊吹を疎ましそうに手で払った。
不満だった。が、安心感の方がかった。伊吹はゆっくりとこちらへと歩いてくる流の方へとすぐに駆け出した。
合流して、向かい合うと、流は優しく笑んで、伊吹の頭を撫でてやった。
「皆を守ってやってくれな。時間稼ぎくらいなら、俺がするさ」
流を見上げて、頷く。
「……ありがとうございます」
そう言って、頭を下げて、海塚は、流に託して、この場を去った。
心臓の鼓動が激しかった。恐ろしい程の緊張感から開放されてやっと、余りに緊張し、こわばっていたのだな、と伊吹はやっと気付いた。寿命を縮める程の鼓動が、緊張感を演出して止まない。
(は、早く、皆の所に戻らないと……)
皆がいる所へと戻って、応援を呼ぶんだ。それが、自分が逃げた、最低限の償いだ、と海塚伊吹は、流に恩を感じた。
「久しぶりだな。今度は談話じゃなくて殺し合いだ」
そう言いながら、鞘から刀を抜きながら、迫ってきている。
それを見て、さぞ嬉しそうに笑うのは、当然浅倉である。
(獲物が来たぞ)
と。
「いやぁ、久しぶりだねぇ。郁坂流、とりあえず、死んだ方が負けで」
「確認するまでもない、な!」
流が疾駆した。一気に浅倉へと迫った。
時間稼ぎなんてしない。大量の敵が既にリアルとの戦いで人数を削られた超能力制御機関に迫ろうとしている。応援も期待しない。
だからこそ、いや、最初から、時間稼ぎなんて流の頭にはなく、ただ、殺すつもりで立ち向かっている。
獲物が来た、としか浅倉は思っていなかった。彼の実力、そして、彼の超能力制御機関内での重要な立場は理解しており、殺す事が大きな結果になる事を理解している。
故に、流の刀が、超能力を断ち斬る事、そして、浅倉の強化された身体をも、断ち斬れる事も分かった上で、喜んで戦いに挑む事が出来る。
浅倉の細菌兵器により向上された身体能力は異常だ。今まで戦ってきたそれなりに動けた連中とは桁が違う。だが、流は逃げも隠れもしない。
例え超能力を使えなくとも、流は浅倉を斬る事が出来る。浅倉がどれだけ強くとも、所詮人間。首を跳ね飛ばせば、間違いなく死ぬ。
勝機はある。僅かでも勝機があれば、流は逃げない。
「……流が戦ってる。浅倉と」
純也は追跡者で流と彼を中心に数メートルの様子を確認していた。だからこそ、気付ける。
「え……」
そんな反応を見せたのは、当然奏だった。
二人共、既に戻ってきていた。
「私、手伝ってくる」
奏は当然その反応を見せる。が、
「それはさせないよ。奏」
到着したばかりの春風が、彼女を止めた。
何かを言いたげな奏を見つつ、春風が言ってやる。
「流は私に奏を頼むって言い残してったんだよね。負ける気なんてさらさらないだろうし、彼が帰ってくるまで、私が奏を守らないとだからさ」
「でも、流だって危ない……!!」
そう、言うが、振り返って、春風は呟く。
「いや、でも、そうは行かせてくれないみたいだよ」
足音が、近づいて来ている。それに、その場にいた全員が気付き始めた。
恐ろしい数だ。安樂のオフィスの前のそこそこの幅しかない通路にて、集う超能力制御機関のメンバーは三○名前後。中には負傷者もいる。
幅のない通路で助かった、と誰もが思った。数名が前に出るだけで十分な対処が出来る。
帰ってきていない数名がいるところから、未だ戦っている仲間、そして、そこに戦場が出来上がってると察した上で、今、真っ直ぐアジトの最深部へと敵が来ている事実を確認した。
そこで、真っ先に立ち上がった人間がいる。
「僕が行く。全員待ってて」
佐倉だ。