13.悪性腫瘍―3
立ち上がった春風は、行くかな、と言ったものの、敵の位置が確認出来る状態で止まり、進みはしない。進む必要はない。適度な位置を保っておかねば、あの男の超能力によって能力を封じられてしまう。
それだけは、避けなければならない。
空気中に飛ぶ水分を繋ぎ、氷を関節として男を殺す方法も考慮したが、その途中で男の超能力を使用不可にさせるそれの影響を受け、一定から先の制御が及ばなくなったため、遠くからの、飛ばす、攻撃を選択した。
単純に、狙撃である。
立ち上がった春風衣奈の肩の上辺りに、一つの氷の刃が出現し、浮いて、止まった。
鋭利に尖った先端がマイクロミリにも及んでいながら、その強度は計り知れない。突き刺されば、一撃であるのは明瞭で、そして、
「よっし」
春風は、絶対に、外さないという自身を持っていた。挙句、女が業火を翻弄しているため男は一切場所を動かず、尚更、自身は増していた。
そして、一瞬。
炸裂音が小さく響いた。
女も、流石に振り返った。そして、業火はその瞬間からワンテンポ遅れて、
(超脚力が、使える……!?)
女が振り返って見た光景は、頭がばっくりと真っ二つに裂け、その右側が吹き飛んでいるその瞬間だった。視線を業火へと戻す最後の光景で、その男の死体が倒れ、血を吹き出す瞬間を認識した。
そして、振り返ったその瞬間、見えたのは業火の足を上げた姿。足は、既に女の顔の横へと迫っていた。
反応が、追いつくはずがなかった。
超能力を封じていたからこそ、相手していたようなモノだ。能力の、発動をなしに。
反応が追いつくはずはなかった。だが、間に合った。
業火の蹴りが、女の横顔に、叩きこまれた。
が、同時、女の身体は反転する様な奇妙な動きを見せて、『無傷』のまま、業火の腹部に拳を叩き込んでいた。
「がっ!!」
業火が大きく後方へと吹き飛んだ。
「何、今の動き……?」
春風は咄嗟に身を隠した。幸いにもまだ敵に位置は悟られていない。そこから、暫くは覗けるだけ覗いて、敵の能力を察する努力をする。
(何だろ、今の。確かに、業火君の超脚力が発動した蹴りが、あの女の頬に当たった、しかも、攻撃が振り切られた、って見えたんだけど……、受け流した……?)
違和感の塊が春風にぶつかる。
女が、初撃、なんとか超能力を発動させる事に成功した――事で、安堵し、最高の笑みを浮かべた。先の一撃さえなんとかしてしまえば、女はもう負けない。
「大人しく死ねばいいね」
女は静かに呟いた。
これが、零落優流をも倒すという自信に満ちた超能力である。
絶対反撃。完全に性質は周りには理解されていない。だが、彼女の能力を見て、周りが、名付けた超能力名である。
そして、彼女はその名を気に入っている。
「絶対反撃。私の超能力の名前。周りの人間が勝手に付けたんだけどね」
そう言って、体勢を低く構えた女を見て、しまった、と勘良く業火は察した。
(さっきの一撃ミスったのは、大分大きかったようだな……)
能力を発動させたのが、大きな間違いだった。いや、そもそも、先の男の超能力のステージが余程低くい場合でない限り、女一人くらいは、その選択から外せる可能生が高い。
つまり、女が最初から超能力を使えていれば、業火は鼻から勝てる見込みなんてなかったとなる。当然、男が範囲的設定で超能力を封じていた場合もある。女はあくまで、優流が超能力を使えても、戦える能力を持っているのだから。
だが、可能生は低い。
(遊んでたのか、畜生)
業火が構える。
絶対反撃、という名前を、ヒントとして与えられた。
超能力戦では、渦中で思考し、経験し、相手の能力を探るのが定石だ。だが、相手は自ら、自身が不利になるであろう事をした。
それだけの、余裕がある、という事である。
つまり、舐められている。
舐められている事自体は、業火にとってはどうでも良かった。
業火にはやるべき事がある。村へと帰って、ドクトル達とも連絡を取って、『人工的に超能力者を作り上げる方法を生成』し、願いを達成しなければならない。
つまり、今は、ただ、生き残る事だけが、重要である。
相手の超能力の名、絶対反撃、から、業火は相手の弱点を推測する。
その間にも、女は迫ってきて、業火へと次々と攻撃を放ち始める。それどころか、どこに隠していたのか、マチェーテの様な巨大なナイフを取り出して、それを振り回して次々と攻撃を繰り出してくる。
業火はただ、それを避ける。
(攻撃をすれば、自動的に反撃される。……絶対反撃だ。そして、優流さんの全拒絶をも対処するだけの力であると推測出来る。だとすれば)
業火は考える。考えた。
まず、恐ろしく速い攻撃を避けつつ、時折、その刃に肌をえぐられつつも、冷静に、怜悧に、業火は、結論を求めた。
そして、気付いた。
まず、相手の実力を考えた。攻撃手段、体捌き、そして、そこから導き出される相手の思考速度。
その結論として、女は、優流よりも『劣っている』と考えた。
だからこそ、絶対反撃なのだ、と考えた。
そここそが、弱点である、と即座に判断した。
数えきれない程の激しい攻撃を避け続ける中で、一瞬の隙を突き、業火は彼女からほんの僅かだけだが、距離を取った。女は即座に距離を詰めてくるが、業火もアクションを起こしていた。
「衣奈さんッ!!」
叫んだ、『呼んだ』。
だが、女は視線を業火から逸らす事は一切なく、足を止める事も全くなく、彼にマチェーテを構えて一気に距離を詰めた。
女は、ハッタリ、そうでなくとも、視線の誘導だ、とこの激しく、恐ろしく速い戦闘の流の中で、判断した。故に、焦ったと言える。ミスをした、と言える。
少し、冷静になれば分かったはずだった。仲間であった男、超能力抑圧という名の超能力を持つが、ステージは3と低い男だった。超能力に影響する超能力というのは、奏の複合等を見れば明らかな通り、その数は少なく、類稀と言っても過言ではないため、ステージが低くとも重要視され、現場に出る事は多くなる。奏が幹部格に上がったのも同様の理由だ。
だからこそ、女は男を大して気に掛けていなかった。いなかったからこそ、気づくのが遅れた。
男は死んだのだ。どこからともなく、自身の視界の外からの攻撃で。
超能力者がいる。
気付いた時には、遅い。
マチェーテの刃が業火の首に叩き込まれるその瞬間に、春風が放った氷の槍が、女のこめかみに鋒を触れていた。
絶対、反撃。
自身よりも明らかに強いとわかる優流に、絶対的な自信を持って勝てると判断出来る程の超能力だ。故に、その強さが、弱点になってしまう。
女は超能力を『切る』だけの技量はなかった。自身で作り上げたこの戦いの速度だ。自身のミスでも間違いではない。
反射的に、身体が氷の槍を受け流す様に動き、無傷のまま、マチェーテを自動的に、春風がいる方向へと投げた。その投擲っぷりは凄まじく、マチェーテは恐ろしい速度で春風がいる方向へと飛んだが、既に身を隠した春風に刃が触れる事はなく、マチェーテは図太い装飾が綺麗な柱に突き刺さり、僅かに弾け、静止した。
女がマチェーテを放ったその瞬間、業火は、女の足を、踏んでいた。ただ、踏んでいた。ただし、超脚力を加えた上で。
攻撃を受け、反撃し、攻撃を受ける。この動作が同時。
これは半ば賭けでもあった。相手が、人体の骨格やら筋肉やら、『形の限界』を超える動きが出来るならば、業火のそれは通用していなかったはずだ。
だが、あくまで、攻撃を躱し、反撃をする。確実に、だが、関節を折ったり、身体をありえない方向に曲げたり、と、自身が負傷しない形で、というのが、絶対反射の限界であった。
故に、女の両足は、足首から先が、潰され、そして、女は前のめりの落ちる。