13.悪性腫瘍―1
浅倉の放つ、その場にいるだけで死を招く細菌兵器の効果自体は、零落優流が生きている限り、拒絶され続け、仲間達が被害を受ける事はない。だからこそ、零落優流に護衛をつけていた。彼が死んだ後も、流の側にいれば別だが、そんな大勢が流の側に固まるわけにはいかないし、そんな事をすれば格好の標的でしかない。
故に、いや、どちらにせよ、衣沙はここで浅倉を始末したいと考えている。そう上手くは行かないだろうが、とは思っているが、覚悟は決まっている。
この状況だ、零落優流が殺されても文句は言えない。決して、油断なんて出来ないのだ。
だからこそ、素早く終わらせようと狙う。
(細菌兵器で肉体強化するって話しだったね。……物量で勝るしかないね)
即座に構えた伊吹の両手には、二刀の刀が握られていた。
全力で、細菌兵器の後押しを受けた超高速で迫ってきた、浅倉へと向けて、瞬時にそれを振るう伊吹。
恐ろしい程の衝撃が互いの身体に響いた。
浅倉が地面を蹴り様に、伊吹の前で急停止した。伊吹の持っていた刀は刃が両方共折られ、宙を回転しながら舞っていた。
目と鼻の先に、浅倉の容赦無い拳が迫っていた。
「ッ!?」
反射神経。咄嗟の動きだった。衣沙の身体が動いたのは、視界に確かに浅倉の動きが入っていたから。だからこそ、経験が、身体を動かした。鼻面を叩き、顔面を砕こうとばかりの拳を顔を横にして避けた。恐ろしい程の速度と威力で放たれた拳による風圧が衣沙を襲う。
早すぎる。そして、強すぎる。
伊吹が用意したアジトへと繋がる扉の前一面を防ぐ分厚く、頑丈な壁を壊せると言われるだけの力があると考えずとも理解した。
正直、追いつけない。
細菌兵器の恐ろしさを理解した。ただの超能力でない事は目の前の彼女を見れば一目瞭然だった。
(マズイなぁ……)
身体能力では圧倒的に不利。絶対に勝る事、勝る箇所はないと断言出来る程である。
だが、負けるわけにはいかない。壁が壊されて、彼女に侵入されれば、零落優流も、もしかしたら負けるかもしれない。そうなれば、細菌兵器が一気にアジト内へと広がり、大勢が、浅倉を見る前に殺される。
それだけは、避ける。避けなければならない。
足払い。フットスウィープ。衣沙の身体が、浅倉の目の前で回転し、浮いた。そこに、浅倉の全力の拳が叩き込まれる。
が、目の前に、突如として、巨大な壁が出現し、浅倉の拳はそれを叩いた。
分厚い鉄の塊が、砕け、散る、轟音が鳴った。勢いは殺されたが、その拳は確かに振り切られ、衣沙に衝突した。
「っあ」
衣沙の身体が地面に落ちる。が、すぐに立ち上がり、バックステップで距離を取った。
(あんなのまともに一撃くらったら死ぬって……)
距離をとっても、容赦なく、浅倉は床が砕ける程に力強く蹴って、衣沙へと一瞬で迫った。
再度、接触。
次々と繰り出される攻撃に対して、衣沙は次々と様々なモノを出現させて、攻撃の勢いを殺し、致命傷を防ぎながら、無駄かと思われる攻撃を放ち続けた。
武器は次々と破壊され、防御用に出現させた鉄塊や石塊も次々と砕かれる。一方的に攻撃を受け、体力は苦痛によってどんどん削り落とされていく。
「っく、か……!!」
が、耐える。耐えて耐えれば、何かが、変わる。
「…………、」
右腕が幾度もの打撃によって折れていた。肋にもヒビが入った。視界は霞んでいて、口の中は内から溢れたそれと中で切れたソレのせいで血が溢れだしていた。
呼吸が苦しい。視界も霞み、敵の動きも明瞭ではなくなってきている。
が、ここで初めて、浅倉がバックステップで衣沙との距離を取った。
そして、呟く様に、言う。
「『無限』か……テメェ」
苛立ちを見せる様に片眉を釣り上げ、忌々しげに浅倉は吐き捨てた。
「は、はは……全く、その通りだよ。良くわかったね」
対して衣沙は、不敵に笑む。
衣沙と伊吹の超能力は、同じ系統だが、同じモノではない。
伊吹の『自由格納』は、モノを、自身の持つ特種な空間に格納し、自由に搬出する事が出来る能力である。が、衣沙の『自由格納』は、格納したモノを、その、自身が持つ空間の中で、無限に増殖させる事が出来るというオマケ付きだ。
故に、彼女が死ぬまで。武器が生まれる。彼女が死ぬまで、物質が生まれる。
面倒な能力だな、と思うのは、互いである。
そして、その面倒な能力者は、ここで先に始末してやる、と覚悟するのが、互いである。
「……面倒だね」
と、不満気に呟いたのは、伊吹だ。
加治屋が、伊吹が放った巨大な鉄柱を、受け止め、溶かし、全く固いの違う槍へと変化させて、動きのある中、正確に伊吹へと投げ返した。
それを、自由格納でしまって防ぐ。
一対二で、動きの激しい接戦が繰り広げられていた。そんな動きの中でも、伊吹は隙を見て姉の様子を伺っていた。
(結構苦戦してる……。間違いなく、俺が負けてこの二人、いや、片割れでも衣沙の所にいったら終わりだね)
負けられない、と再確認した。
加治屋の『錬金術』と、神名の『流動』が、非情に面倒である。
神名が流動で攻撃を避けながら一気に距離を詰めてくる。そして、物理的攻撃は加治屋が錬金術で完璧なまでに防ぎ切る。伊吹も負けず、攻撃を避け、神名を後退させるように牽制しながら、動きを止めずに攻撃を放ち続けた。
(あっちの気持ちの悪い動きで迫ってくるスポーツマンみたいなのは、まだ、なんとか出来る。けど、あっちの、物体を変化させてくるあいつは、厄介過ぎるね。早めに殺したいな)
伊吹は冷静に、攻撃を避け、攻撃を放ちながら、考えを巡らせていた。
そして、冷静に、容赦のない、だが、完璧で、非人道的な選択肢を取る事にした。
「もう面倒だから、殺すね」
伊吹がそう言った瞬間、伊吹へと突っ込んできていた神名の姿が、タイミング良く目の前に出現した、黒い何かの中へと、飲み込まれた。
「ッ!! なんだよそれッ!!」
加治屋も思わず、悲鳴を上げた。
優流は身を引いて、即座に部屋の奥の通路へと消えていった。
残った業火は、二人を見た。男の方が、自然と数歩分下がり、そして、彼を守る様に女が前へと出た。
零落優流に対して、殺す人間だ、と言い切った女だ。間違いなく、攻撃系統の超能力者だとわかる。そして、彼女の後ろに隠れた男は、超能力を邪魔するジャミング系の可能生が高いと推測している。
零落優流の全拒絶を受け付けなかったのだ。
(外の方は大丈夫か……?)
何にせよ、業火はここで生き残らなければならない。生き残り、ドクトルやあの燐の友人だという男と協力して、先を、未来を掴まなければならない。
リアルは潰れたも同然、ドクトル達と後に、連絡を取らなければならない。
こんな所で、死ねるわけがない。
(超脚力は……使えない、か)
案の定。やはり、あの男を、どうにかしなければならないな、と判断する。が、女がそうはさせないだろう。
(あぁ、本当に、)
「面倒だな」
流は、刀の柄に手を掛けて、相手を睨んだ。
広いフロアに、流と目の前の若い女の敵。どことなく妖艶に見える女だが、そんな事よりも、雰囲気に呑まれる。明らかに、有力者の風格。
仲間は先に行かせた。正確には、行かれた。敵の襲撃は的確で、より的確に分断されてしまった。
(早く奏と合流しないとな)
敵は、自分達よりも、『この施設を理解している』。それは、当然、敵が、ここを利用していた、リアルの、浅倉に引きぬかれてしまった有力者達だからである。
故に、強い。今までの戦闘は、有力者の多くがいない状態での戦いだったのだ。本当の戦いは、ここから始まる。