12.遅効性毒素―2
激痛は遅れてやってきた。自然と両の手を胸を貫いて鋒を目の前に見せる刀を掴もうと持ち上げていたが、力は抜け、刀に触れる事なく、両の手はだらりと落ちた。
意識はまだ失っていなかった。運良く、奏の反応が追いついてこそいなくとも、多少の動きを見せたため、心臓からは僅かにずれ、肺と心臓の間を刀の刃が真っ直ぐ綺麗な程に貫いていたからだ。
だが、致命傷とも言える。
「っ、あ……」
ゆっくりと、刀が引きぬかれた。セツナの手に掛る重さという負担は彼女の身体が先に近づく程に重くなり、そして、抜け落ちた時、一気に軽くなった。
目の前で、奏が崩れ落ちる。
が、彼女の身体が床に落ちる前に、流が、それを支えた。
「――!!」
全く気付けなかった。いつのまに、流が、そして彼の背後に続く複数の超能力者が接近していたのか、と驚いた。が、すぐに、セツナの気持ちは切り替わる。やっと、見つけたぞ、と昂ぶる。
「イィイイクサカァアアアア……ッ!!」
セツナの雰囲気が急激に切り替わった事は、その場にいた誰もが感じ取った。が、流は、分かった上で、奏を抱えたまま、呟く様に指示を出す。
「全員、先に行け」
中には流よりも超能力制御機関にいて長い人物もいた。寧ろそちらの方が多かった。だが、誰もが、今の流には、打ち勝つ事は出来ない、と感じ取っていた。だからこそ、素直に、全員がその場を離れた。
セツナも残り二つの目的の内一つの郁坂流を目の前にして、自身の横を通り抜ける数名を完全に無視した。気にも留めていなかった。留めたとしても、いなくなってくれて好都合だ、と思う程度だった。
流は静かに、奏を通路脇の壁によりかからせ、座らせた。
息はある。『当然だ』。
流が今、燃やす怒りはの理由は、『奏でが死んだ』ではない。『奏を苦しめた』からである。
「誰だお前」
流は冷静だった。『奏が死ぬ事はない、と分かっている』からである。
祈里の遺産だ。
「……セツナだ」
少し迷う様な間が空いた後、セツナは答えた。違和感に気付いている。流の中に流れている余裕に気付いて、僅かだが、疑心を抱き始めている。
(何だ、この不気味なまでの余裕は……? まだ、この時代だと、郁坂流は郁坂奏に恋をしていないのか? いや、郁坂流だ。仮にそうでなくとも、仲間だの何だのと思って逆上してもおかしくないだろう)
セツナは当然、祈里の遺産なんて知らない。そもそも、流以外が知るはずがない。
祈里という存在を、知るのは、ただ唯一、この世界の中で、流だけなのだ。
祈里が奏という存在を流のために、そして、自分のために救い出す際、彼女は、決意した。
『自身という存在を消す』事を。
が、それだけではない。
祈里は、神は、二度と、こんな思いをしない様に、と禁じられていた、自身にしか使った事のなかった、最強の手段を最後に、使用していた。
『■が幸せを掴むまで、死ぬ事はない』と、強い感情を込め、言葉にしていたのだ。
その、言葉自体は流も知らなかった。だが、彼女が死なない事は、理解していた。
だからこその、冷静さ。
目の前の敵、セツナに大して立ちはだかったのは、あくまでも、奏を傷つけたからである。一対一で戦おうと思ったのも、奏を傷つけたから。
そして同時に、違和感を感じ取ったから、である。冷静が故、決して勘は鈍らない。
こいつは、何かが『ズレて』いる、と流は感じ取っていた。単純な、敵の狂気だとは思わなかった。今まで感じていたソレらとは全く違う何かだ。
故に名前を問うた。何か知っているかもしれない、と思ったからだった。
セツナ、という言葉を聴いて、頭の片隅の更に奥、隅の隅のほんの一部分が、針に刺された様に傷んだ気がした。
が、関係ない。
セツナが構える刀があり、そして、流がたった今、構えた刀がある。
互いに、戦う意思がある。三平との接触の時とは違う。セツナも彼を見逃す理由がない。
戦闘開始の合図は必要ない。既に、始まっている。
最初の一瞬で、二人が接触するまでの一瞬で、互いに、感じ取る事が出来ていた。
(引斥力操作が効いていない……!?)
(結構、戦って来てる人間だな)
鍔迫り合いは一瞬。次の瞬間には火花を僅かに散らし、互いに刃と刃を弾いた。が、隙は生まない。
攻撃の応酬が連続する。刀と刀が打ち合い、甲高い音が通路を反響して部屋を超える。互いに、防御の姿勢は一切取らなかった。攻撃が、攻撃を射ち合っていた。
互いに、ここで殺す、という意思しかない。
いや、流は、止めを刺す直前に、イロイロとこの男を問いただしてやろう、と考えている。
何かある違和感だけでの判断は出来ない。だが、糸口はある。セツナは、流の苗字を呼んだ。奏もいる、この場所で、だ。それでも確信はない。だが、何かある、と判断仕切った。
攻撃が、続く。止まる事はない。
セツナの刀を扱う技量は僅かに流よりも劣っていたが、経験が、モノを言った。記憶のない流とは違う。記憶を持っているのだ。そして彼は未来の神威業火の開発した力によりタイムスリップをしたという。経験の数が、異常に増えているのであろう。
そんな理由は知らず、が、流は敵をしっかりと、敵でありながら評価する。だからこそ、対処が可能になる。
動きを想定しても仕方がない。出来る相手は、敵だろうが、何だろうが、予想を上回る事を可能とするから、強い。そして、先の通り、流の方が日本刀の扱いには長けている。
故に、出来る事は一つ。
相手の動きに合わせて、判断する。
攻撃の手を緩めたのは、油断ではない。ただ攻め合って互いに最初の探りあいの状態を終え、本当の意味で攻撃を仕掛ける、ために次の動きに移っただけだ。
打ち合い、弾く、から、受け流す。剛法から柔法へと転じた瞬間だった。
セツナの素早く、且つ重さを誇る縦一閃を、流は刀を横にして受け――流す。
突如として、力を受け流されたセツナはほんの僅かだが、前のめりにセツナは体勢を崩す。その隙を、狙っていた流が逃すはずがない。
攻撃を受け流すために鋒を下へと落とした流だが、すぐに跳ね上げた。前に僅かに傾斜する、セツナの顎から脳天を叩き切る様に。
だが、
「ッ!!」
声も出ない程の短い時間。セツナは自身に斥力を働かせ、大きく後方に吹き飛んだ。自身で飛んだわけではないが、意図的な力の発動で飛んだため、空中で体勢を保つ事は難しかったが、着地には不自由しなかった。
流から、四メートル程度の位置に着地したセツナが、顔を上げると、
「ッ!!」
目の前に、は、何もない。だが、四メートル先の流が、左手で拳銃を構えている姿と、引き金を引く瞬間を見た。
銃声が、他から響く喧騒よりも何よりも大きく響き、銃弾が放たれた。
反射的に、引斥力操作で斥力を放っていた。が、流が刀を握っている以上、それは通用しない。
(『封印』が、厄介だ……!!)
セツナは知っている。『郁坂流の超能力』を。
過去に戻る事で、自身の知っている現実と違いがあるかもしれないが、と思いつつも、セツナは確信していた。
セツナが知る、郁坂流の超能力は『封印』。超能力を、使用させない力である。故に、セツナは考えた。超能力は、使用しても意味がないのだ、と。
だが、これは、違う。セツナの知る『封印』と違う。
銃弾は、セツナと流の間で、静止し、落ちた。
これには、セツナが一番に驚いた。確信を得たその瞬間、それを否定されたのだから。反射的に引斥力操作を発動したのが、この結果を生んだ。
一方で、流は大して驚いていなかった。自身の手を離れた銃弾は、ただの物体だ。流自身の中に眠る超能力を引き出す刀とは、関係を持たない。
この瞬間、セツナは、気付いた。