11.疑心と信頼―13
女が、白木の前で自ら両手を開く。私が盾になる、と言わんばかりに。
そうなった事で、安堵の表情を浮かべた白木も、その向こうに見える、女に手を広げさせた張本人である星地が不気味に笑っているのも、全て全て、気にいらなかった。
「ゲスが……ッ!!」
流が、迫った。
刀が迫った。それに、流の意思に白木達が気づけたのは、瞬きよりも短い一瞬の後。だが、それは、既に流が女と、白木を、同時に貫いてから、であった。
「ぐっが、」
白木は思わず、反撃する事を忘れた。自身の胸元を貫く刀に手を延そうとするが、目の前で、先に貫かれている女が邪魔になり、手も持ち上がらない。
「なっ……!?」
星地は思わず驚き、踏みとどまった。動けなかった。全くの想定外。まさか、流が、一緒にいた女を躊躇いなく殺すなんて、想像も出来なかった。
流であれば、女の臓器の位置が通常と全く違う、という例外でもない限り、致命傷を与えずとも刀の刃で身体を貫く事は、可能だ。
だが、そうもしなかった。優先順位が低い。
斬り払う。
白木、そして女の胸元から、左肩までが一気に裂ける。裂傷を負ったその身体は、重力によって落ちようとするが、繋がる左肩から首元のせいで、ズレて、収まる。
が、そもそも、心臓から肋骨ごと巻き込んで左の肺を斬り払われ、生きて立っていられるはずが、ない。
流と星地の間に立つ、女、そして白木が、流に星地への道を作る様にそれぞれ右と左に崩れ落ちた。女の、絶望した表情と、向けられたその視線を、流は忘れる事はないだろう。
だが、どうでも良い。
「タイミングが悪かったな」
そう冷たく吐き捨て、流は一歩踏み出して、女の足を踏み、
「俺は今、急いでんだ」
続けてそう言って、白木の腰を踏み、更に踏み出して、星地のすぐ目の前まで迫った。
「ッ!! なんで、なんで……ッ!?」
なんで、超能力が通用しないんだ。そう、吐きたかったのだろう。流はそうだろうな、と予測しつつ、空いた左手で腰から拳銃を引き抜き、そして、銃口を額へと突き付ける。
「じゃあな」
小さな悲鳴を上げさせる猶予すら、与えなかった。
銃声が部屋の中を轟き、そして、流の足下には三つの死体が出来上がっていた。
目的は分かった。そうなってしまえば、流がやれる事はただ一つ。
「俺が、行きます。一人でも」
海塚の表情は当然曇った。誰が来ても、誰が別の選択をしても、この状況だ、いずれにせよこの態度を取らざるを得なかった。頭としての、当然の態度だ。
「……戦争になるかもしれない」
海塚は静かにそう告げた。当然だ。想定すれば容易く理解が及ぶ。相手だって、リアルだってその程度の想定はできているはずだ。寧ろ、そこまで容易く想像出来る点から、それを望んでいる可能性だって否定は出来ない。
「避けられるなら、避けたいんですけど。事実、リアルの望んでいるモノは、俺だから、奏だけを差し出して丸く収まる事はないかと。それに、」
互いに、想像する先は同じだ。
「いつか、きっと。こうなっていたでしょう」
海塚も頷く。
「そうだな」
吐息を漏らして、
「……当然、こちらとしても、お前一人犠牲にするつもりはないし、相手が仕掛けてきた瞬間、こちらも対応出来る様にしておく。敵も当然それを警戒して、あたり一帯を哨戒している可能性もあるから、すぐ手の届く所、に配置は難しいかもしれないが、絶対に、お前を殺させやしない」
覚悟は、互いに決まっている。
期日まで三日と迫っていた。
幹部格にも戻れる連中は戻って来い、と連絡を入れておいた。
当然、リアルとの全面戦争になるかもしれない、と伝えて、だ。
今回の一件。前回、燐との戦いの時に動かなかった零落一族が、海塚に動く意思を見せた。党首、前党首、そして、長女、次女までもが、動くと言ってくれた。それだけでも、十二分に心強い。
三日の間に、参戦するメンバーの数が大体決まってきていた。
ディヴァイドのメンバーも九割以上の参戦を予定している。残りは施設警備だ。
戦争の準備はできていた。
ここまでして、相手が仕掛けて来なければ無駄足でもあるが、その可能性は限りなく低い。奏を寄越せと言った時点で、宣戦布告も同義なのだから。
「戦争だ。長引かせれば一般人にも被害が及ぶ可能性がある。一日で、蹴りをつけよう。でなければ、超能力が漏れだす可能性がある」
海塚の言葉は、非情に重かった。が、乗り越えなければいけない壁を、理解している。
「好都合ッ!! 連中、あの様子じゃスパイにも気付いてねぇな。まだ。ちょろいちょろい」
笑うのは、ここの所ずっと、浅倉だけだった。
白木、渋谷、星地の三人を失った事に怒り狂っていた彼女だが、リアル、そして、超能力制御機関、ワーグナー、その他4つの組織にスパイを送り込んでいた。リベリオンという、出来たての組織ながら、ここまでの規模に一気に伸びた形であるからこそ、他所からの侵入を許さず、且つ、燐の死後、弱小組織が大規模組織の傘下に収まろうという動きが活発になったからこそ、怪しまれずに出来た所業でもある。他所の組織に気づかれない様に、浅倉を良く知る三平や幹部格のいるディヴァイドには敢えて、送り込まなかった。
そこまで判断仕切るからこその、ステージ7の能力者である。
だが、現状の理解もしっかりとしている。
「いやー……だが、戦力が減ったのも間違いじゃねーからな。正直、判断に困る」
独り言を、ずっと呟いていた。状況は、十二分。だが、しかし、戦力が、足りていない。いくら矮小組織を潰して周り、人数の拡大を測ったとは言えども、幹部格クラスの人間を次々と失ってしまっているのだ。未だ、頭である浅倉が直接的に指示を全て出す程度の中規模組織である事は否めず、そんな組織が、業界内最大手と次点が正面衝突する可能性のある状況で、動くのは少しばかり億劫になってしまうも当然だった。
悩んでいた。ここで無茶をして、リベリオンを潰すわけにはいかない。あくまで、リアルと超能力制御機関を衝突させて、大きな隙を生み出し、その間に暗躍し、且つ、弱った方の組織を叩き潰し、一気に最大手へとリベリオンを駆け上がらせるつもりだった。
だが、それをするだけの十分な力があるとは、言い難い。
現状として、リアルと超能力制御機関は、リベリオンの想像よりも早く、そして自身の意思で衝突へと目掛けて発進してしまっている。最早、時期を遅らせる事は敵わない。
「……やるだけ、やってみるしかねぇよなぁ……」
ディヴァイドという組織に長年いた彼女はわかっている。ここまで巨大な組織がぶつかり合う事なんて、滅多にある事ではない、と。だからこそ、この好機を逃すわけにはいかないとわかっている。
多少のリスクは、負うべきだ。と、彼女が判断してしまった。
彼女は出来る人間だ。だからこそのステージ7であるし、ここまでの事ができている。
故に、
「潰すのは三平のいるディヴァイド、超能力制御機関だ。リアルは、戦争に負けて貰えば良いだろ」
狙いをリアルへと定めた。
名の知れた強者とは、名の知れる程の組織にいるからこそ、名が知れる。小さな組織にいて名の知れる人間は、より良い条件で引き抜かれる。
それを、知っているからこそ、浅倉は、早急に動く。
『あの仲間』に連絡を入れておく。
「私はリアルに行ってくる。お前は、指示の通り、頼んだぞ」
『あぁ、わかった。無茶はするなよ』
「うるせぇよ」
最強の仲間を、隠し球を、そろそろ表に出す時期かもしれない、と思いつつ、浅倉は言葉の通り、リアルへと出向く事にする。




