10.日常―12
考え方は、真実に近い。だが、正確に言うなれば全く違う。
■は、気付かれない様にした。だが、気付かれる様に、このノートを出現する様にしてしまった。しまっていた。
■だって人間だった。覚悟は決まっていても、心の何処か隅っこで、存在を消滅させる事に抵抗があり、そして、それが、このような形で具現化してしまったのだ。
それに流達が触れている。願った通りではないが、理想の一つではあった。
■は、記憶の中だけでも、蘇ろうとしている。そして流達もそれを望んでいる。
――今日、詩を連れて村を出た。
八冊目にして、ついに、
「お姉ちゃんの名前……」
「あぁ、詩さんか……」
ここで、矛盾が生まれた。
「あれ、流ってお姉ちゃんの事知ってたんだっけ?」
奏が首を傾げた。ここで、確信が生まれ始める。
「知ってるも何も、会った事あるよ?」
「え、どこで?」
「どこ、だっけか……?」
そもそも、
「いや、待って」
奏が掌を立たせて、軽く俯いた。
何かを考えるような暫くの沈黙を生む。それは当然、姉と、いつ、離れ離れになったのか。
思い出そうにも、思い出せない。
挙句、考え続けていると、詩と、つい最近会って会話をした、という記憶まで出てきてしまうのだ。だからこそ、尚更、奏は混乱する。
整理は出来ないが、思い出した事を、奏は口にした。
「えっと、なんか記憶がおぼろげで、はっきりとしないんだけど……。私、多分、最近ここでお姉ちゃんと会って、喋ったんだと思う」
対して流も、頷いて、答える。
「あぁ、なんでか、俺もだ。……この建物の中で、詩ちゃんと会った事がある気がするんだ。それと、」
そこで流は一旦会話を切り、数秒の間、沈黙と共に奏を見た。奏も流を見た。そして、溜息を吐き出してから、流は言う。
「嫌な事を言うかもしれないが、……俺は、ここで、この部屋で、詩ちゃんが死ぬところを見た事……様な気がする」
奏がどう思うか、と探る様な言い方ではあったが、奏が頷いた事で、流は記憶の発掘を更に進める事が出来た。
「うん。私も、」
と、いう奏の言葉に重ねて、流が言う。
「なんでか、忘れてたけど、この部屋って、神威燐を、倒した部屋じゃないか?」
流のその言葉に、奏も思い出したようだ。目を見開き、驚いた様な表情を見せた後、しっかりと、そして確認する様に何度も頷いた。
「うん。うん! そうだよ。流が止めを刺したんじゃん! 何で、忘れてたんだろう……」
この時点で、確定した。流達は、何らかの超能力により、記憶を封じられていた、と。
■の力も絶対的ではない、という事だ。特に、記憶は、人の記憶は一が多に結びついてしまっている。一つのきっかけを掴んでしまえば、勝手に隙間からほころび始めてしまう。これが、現状。流達は、今、小さな一歩づつではあるが、確かに答えに近づき始めている。
「当時の事、あんまり思い出したくもねーけど、順にでも思い出せば、分かるよな」
「うん。多分……きっと、思い出せると思う!」
歩みが進んだ事に二人は喜ぶ。
ここに到着してから既に三時間が経過していた。が、二人は時間なんて気に留めない。答えを見つけるまで、帰ろうなんて思わない。
そこからは加速する。必要のないであろうページは一気に飛ばした。そして、数冊を更に読み進め、ついに、辿り着く。
「日付……これ、きっと、」
「うん。私達がここに来た日なんだ」
二人の記憶が、大分明瞭になってきていた。
『あの日』、超能力制御機関は、燐を倒すためにココに来た。
そこまで分かれば、当然、これが問題にあがる。
「で、何でここに来たんだっけか?」
「うーん。えっと……確か、」
記憶を探る。ほんの僅かな事でも、しっかりと思い出す。
そして奏が、更に一歩前進する。
「そうだ。誰かを、守るためだ」
「そもそも、燐は何をしたから、俺達が倒さなければならなかったのか……。確か、強力な力を手に入れようとして、超能力制御機関を裏切ったからだ」
「そうだね。強力な力っていうのは、間違いなく超能力だね」
「あぁ。何か強力な超能力ってのが、多分、この日記の持ち主の超能力を指すんだろ」
「で、この女の子の、超能力って……?」
その超能力を指すページは、■の超能力によって、日記からはうまい具合に消されてしまっていた。■の思いは、確かに顕現している。だが、本能は叫んでいる。
自分を、忘れないでくれ、と。
「……例えば、だけど、」
流は一度日記から手を離して、奏に問う。
「今まで聴いた、見た事のある超能力の中でこれはすごいってのは?」
「うーん……。そうだなぁ……パッて思いつくのは、希砂さんの記憶改変とか、零落さんのところの最初からステージ高い系とか……うーん。あと、垣根君の獄炎もすごいよね。っていうか幹部格のは全部すごい……。言っちゃえば私の複製もそうだよね。でも、これだ、っていうのは思いつかないや」
「そうだよな。俺もさっぱりだ」
根本に辿り着く事が出来ない。■の力は健在である証拠だ。
「くっそ……やけに突っかかるな」
「うん。でも、これを思い出せば、全部思い出せるってことじゃないかな? 多分、確信に迫る部分だから、より強く封印されているって事なんだと……」
「あぁ、そうだろうな。よし、読み進めるか」
そして、流はページをめくる。三ページめくると、ここでついに、
――奏ちゃんが拾った流って男には私の力が通用しなかった。
流の名前が出てきた。
そして当然、こう流れる。
(待てよ……なんとなく、覚えてるぞ。俺、確か、使えないんだけど、超能力事態は持ってるとかって聴いた記憶が……。それに、実際持ってるからこそ、リアルの支部での惨事を引き起こしたんだろうがッ!! 一体誰だ、俺にそれを教えてくれた、『あの子』は……!?)
更に一歩、近づいた。
記憶には靄がかかっているようだった。
誰かと、この建物内のあちこち、この、今いる部屋でも、言葉を交わして様々な情報を聴いた記憶が、流にあった。だが、その少女の顔が出てこない。詩の顔は大分明瞭になって記憶に浮かび上がっていた。だが、その隣に立つ、可憐で、どこか儚い雰囲気の少女の顔が、全く思い出せないのだ。
「流……?」
「いや、なんでもない」
ページを一枚めくる。
流達、超能力制御機関のメンバーとのふれあいや、思い出がそこから数ページ綴られていた。そして、所々、流という彼女にとって特別な存在が書かれたページも存在した。
そして、めくる事数ページ。
――超能力が封じられた。多分、すぐにでも燐が攻めてくる。多分、イロイロと『最後』になるかもしれない。今の内に、出来る事はしておこう。
「燐が、攻めてきた日の直前か」
「そうだろうね」
確信に迫る。
そして、更にページを進める。
――流が助けてくれた。すごいかっこ良くみえた。
「なんか照れるな」
――流を手に入れようとしたけど、ダメだった。ホント、超能力使えないと私の力なんて微力なモノなんだなぁ、と思った。
「ん? あれ、これ私、なんとなく覚えてる」
奏は、あの時感じた胸を締め付ける様な気持ちの変化を、覚えていた。強く印象に残る出来事だったため、身体が覚えていた。
そんな強く印象に残る記憶を、消し去るわけがない。
「…………、」
なんだろうかこの気持は、と奏は眉を顰める。
何か、大切なモノを失いそうになる、または、失った時の気持ちだ、と分かる。
(私は、何かを失ったか、失いそうになった……?)
自然と、視線は流へと向かった。
大切な何か。
目の前にいたからか、流へと、まず先に視線が向かった。




