10.日常―10
快く頷いてくれる奏に、流は、
「うん、じゃあ」
甘える事にした。
「……一緒に来て欲しい。その、場所がわかったら。出来れば、明日には行きたいと思ってる」
「うん。それくらい。任せてよ!」
そういって、おかしそうに笑う奏が、愛おしくて、そして、頼もしくて仕方がなかった。
二人はお茶を飲み終えると、晩食を取り、そして一日を終えた。奏は夜を徹して流の言うその場所を探した。流は武器の手入れをし、奏なら、と明日に備えて準備をしていた。
そして翌日。
「見つけたよ。……どうしてか、私も見覚えがあるような気がしてきたから、多分、合ってると思う」
と、朝食の場で、奏が数枚のファイルと写真を流に手渡した。
「ん。どれどれ……」
食パンを頬張りながらそれを受け取り、奏に落ち着きな、と言われつつも、咀嚼しながらそれに目を通す。
住所や場所等が書かれた書類は置いておいて、写真を見て、すぐに理解した。
口の中のモノを胃へと押し込んで、すぐに頷く。
「うん。ここだ、間違いない」
手には一枚の写真。どうやって用意したのか、と思われる不思議な角度から移された写真を見て、流は頷いた。
間違いなかった。思い出すと時折脳裏に流れるその光景合致していた。写真にしてこうやって手元に置いておくと、やたらと実感出来る。
やはり、記憶喪失に近い。記憶のどこかにこの建物に関する記憶は眠っているようだが、それに関しては思い出せない。だが、確実に、これを知っている。
「よし、準備が出来たら行こうか。昨日既に車の方は用意してあるから」
「うん。分かった。昼過ぎには西東京辺りには着ければ良いね」
朝食を終え、身支度を済まし、二人は車に乗り込み、流の運転で、二人きりで出発する事に。
思えば、二人で外出するのは久しぶりだった。ずっと仕事ばかりで、任務ばかりで、こうやって別の事をするという事事態が久しぶの様に感じた。
もう走り慣れた高速道路を走る。光景も見慣れたし、今日は混んでるだのどうだのといえる様になってきていた。
流が拾われてから。数ヶ月。季節は二回変わって秋の終わりに差し掛かっていた。肌寒さがあるが、車の中は暖房によって程よく暖められていて不快感は空気が篭もる程度である。
そんな車中で過ごす事一時間と半。流達は何事もなく東京へと降り立った。
そのまま車を走らせ、昼食を取ってからにしよう、と見えたところにあったファミリーレストランへと二人は入って行った。
軽い昼食を済ませる。早めではあったが、午後一杯使って動く可能性もある。今の内に腹は満たしておこうと、朝食も普段より僅かにだが少なく済ませておいた。
体力を付けて、あの豪邸について二人は探る。
見覚えがあるが、記憶にない、という状態に気付けば、当然、何らかの超能力の影響を想定するのが超能力者として当然だ。二人は、全て知っているくせに、何も知らない二人は、豪邸にて、全てを知ろうとする。
そして、
(うーん。ここからじゃまだまだ通りかな……ご飯食べて、少しゆっくりしてから出て到着は一時過ぎくらいかな)
流達が座る席から離れた位置の席に、事情を察している女はいた。ノートパソコンをテーブルの上に広げ、一人でコーヒーと軽食片手に画面に浮かぶマップを見て難しそうな顔をしていた。
目的の場所の目処は着いている。だが、調べる限りそこは登山者もいない山の中腹で、周りには道以外に何もないようである。車を止める場所には困らなそうだが、登ったところで何かあるのか、と疑問を抱く程、何も内容に思えていた。
ネットサーフィンで情報を集めてみるが、これだ、というモノは一つとして出てこなかった。その場所に関係する話題で、唯一見つけられたのは、どうやっても出口に戻ってきてしまう、という階段のようなモノで、女はそれを流して見ていた。
(そこで何かあった、て考えても間違いではないんだよなぁ……どう考えたって超能力が関係してる事情だし。でも、誰かがそこで人目がつかないからって戦闘して、その際に何か強力な超能力を発動した――だけ、って可能性も否めないんだよね)
少しだけ、悩んでいた。
言って何かある、と決まっているわけではない。が、すぐに頭を振って考えを固めた。
(ここまで来たんだし、行くだけ行ってみるかな)
そうして女はノートパソコンを閉じた。
「……もうすぐだな。ファミレスは調布?」
「いや、府中だったよ。ここまで一時間まだ経ってないくらいだね」
流達は、女に気付く事もなく、女よりも先にファミレスを出て西へと、目的地へと車を走らせていた。
何事もなかった。この前のリアルを襲撃するはずだった任務でも使った道路を通っているせいか、こうやって何事もなく、穏やかに、ただ普通に車を走らせているのも不思議な気分だった。
あれから一ヶ月も経っていないが、道路のあちこちは整備されなおしており、特別検問や交通規制などもなく、道が空いている事もあってか、二人は想定よりも早く、目的地へと到着する事になる。
山々が連なり、その隙間には僅かな車道と、大して使用されていない手付かずな広大な土地が広がっているとてもじゃないが、地方の人間がみれば東京とは思えない様な場所に、流達は昼過ぎの太陽が真上からやや逸れた位置にある頃に到着する事が出来た。
無駄にある土地に車は勝手に止め、そして、山を見上げる。見上げても、下からではその豪邸は確認出来なかった。
「登るか」
「そうだね」
二人は山の中へと足を踏み入れる。
とりあえず山頂を目指すか、程度の軽い気持ちで豪邸の正確な位置は分からず山を登った二人だが、自然と、歩み行く先は決まってしまっていた。
そして、三○分程度で、彼ら二人は、豪邸を前にする。
「……静かだ」
その豪邸を見て、まず、流の口から漏れたのは、デカイ、でも、綺麗、でも、すげぇ、でも、なく、ただ、それだった。賑やかな状態を知っているかの如く、だが、自然とそう漏らした。
巨大な豪邸。日本のどこを探しても、まずあり得ないだろう大きさ。山の下から見えないのが不思議な程だが、良く見回してみれば、うまく隠してある事に気付く。
奏を一瞥し、流はまず、問うた。
「見覚えは?」
頷く。
「ある。けど、どうしてだか思い出せない。もしかすると写真を見たそれと勘違いしてるかも」
「そうか」
流から、まず踏み出した。豪邸の扉周りにインターフォンはない。それを知っていたとばかりに流は巨大な両開きの玄関扉へと手を掛けて、思いっきり開けた。
静かな空間に、重厚な扉が開く音が響いた。
「…………、」
扉を開いて、見えてきた、寂しさだけがこだまする巨大なエントランスホールに、二人は迷いなく足を踏み入れた。二人が入ってすぐ立ち止まり、周りを見回して観察していると、自然と背後の玄関扉はしまった。
まだ、新しいが、寂れている雰囲気が漂っていた。
「数日間、人の手が加えられてないって感じだな」
「うん。ついこの間までは人がいたけどって感じ……誰か、いるかな」
二人であちこち見てみて、触ってみて、現状を確認しあう。言いこそしないが、二人共、なんとも言えない懐かしさを胸に抱いていた。
そして、ついに、決心し、流は言う。
「目的地は、分かってる気がする」
その言葉に対し、奏は、頷いた。
「うん。……多分、私が感じてるのと、同じだと、思う。きっと」
奏もまた、向かう先を感じ取っているのだ。
そして、二人は道中、視線だけで辺りを確認しながら、真っ直ぐとその目的へと向かって歩いた。
道を違う事はなかった。
二人の目の前には、見慣れた扉が待ち構えていた。




