3.宗教団体―8
一つは、恭介達の身が見つかってしまうこと。最悪の結果だ。二つは、二人の内のどちらかが、部屋から出ていく可能性。五十嵐喜助がこの場に残るのであれば、それは当初の予定通りであり、最善だ。逆もまた、チャンスではある。そして三つめが、二人とも、一緒に部屋から出て行ってしまうという可能性である。これもまた、最悪だ。作戦は全て捨て、一から動き出さなければならなくなる。それに既に集会は終わっている。帰った者もいるだろうが、信者の大勢がいる可能性がある。
単純にいえば、面倒事。
(今、行くべきだ)
恭介は決めた。
恭介は、静かに、ワードローブの影から姿を現した。当然、五十嵐喜助も、軽磨と呼ばれた男も、その存在に気付く。が、すぐには仕掛けて来なかった。
「何者だ。君は」
軽磨が眉を顰めて突如として現れた恭介に問う。
「あの、その……、」言い訳はすぐに思いつく。「俺、入会希望で、でも、招待してくれる人がいなくて、だから、……、忍び込んじゃいました」
いたずらをした子供の様に、適当に謝って笑うような、そんな笑みを浮かべて恭介は言った。
そんな恭介を二人は訝しげに見ている。誰だこいつ、という感情が一番大きいだろう。そして、次に、どうやってこの施設に忍び込むことが出来たのか、という疑惑。
疑惑が掛かっているのは恭介も理解していた。隠れて待機している桃だって息を呑んだ。警戒を強めないはずがない。
恭介は視線は二人の視線を重ねるように固定していたが、それでも、視界の中に、五十嵐喜助と、軽磨の全身を入れておくようにしておいた。五十嵐喜助の超能力は戦闘向けでないと聞いているが、確証はない。それに、軽磨の超能力は全くわからないのである。もし、恭介の即興で作り上げた作戦がうまくいかず、相手が超能力を発動させる素振りでも見せたら、恭介は即座に対応しなければならない。
緊張からくる冷や汗で手が酷い事になりそうだった。それでも恭介は、同様を極力隠さなければならない。相手はジェネシスとの繋がりがある。つまりそれは、NPCを知っている可能性がある、という事。恭介がNPCの職員だとバレれば、全力をもって相手をしてくるはずだ。それは当然、避けたい。
「と、とにかく!」
恭介は嫌々だが、そうは見えないように頭を下げて、
「俺をフレギオールに入れてください」
そう、告げた。
相手は恭介が頭を上げてもまだ、疑いの視線を向けていたため、恭介は説明する事にした。
「あ、あの。アレですよね。俺がここまでどうやって来たか、が気になっているんですよね! 説明します」
そう言って、恭介は右手を軽く掲げた。そして――雷撃を見せた。
突然の恭介の見せた超能力に、二人は目を丸くして驚いていた。
二人は驚いて見せただけ、全く、仕掛けてくる様子がなかったのが恭介の中で引っかかっているが、攻撃を仕掛けてこないならば、それに越した事はない。
「そうです。見ての通りで、俺は超能力者で……、」
と、その言葉の途中で、軽磨が言葉を挟んだ。
「素晴らしい。これ以上にない『協力者』になる」
そう言って、軽磨は恭介に握手を求めてきた。恭介は喜んで手を差し出す。
そう、油断させたまま、触れてしまえば恭介の勝ちなのだ。握手という形も、恭介が望んだままだった。握手をして、そのまま五秒経過さえしてしまえば、相手の超能力が何であろうが、強奪出来る。
が、どうしてか、軽磨は握手を交わす直前で、手を引いた。
まさか、察されたか。と恭介は警戒を最大限にまで引き上げつつ、表情に緊張を出さないように気を付けて、軽磨を見た。
笑っていた。
「おっと、アレだ。その電撃は使わないでくれよ」
ホッとした。ちょっとした冗談だった。
そして、二人は握手を交わす。
五秒といえば握手を交わすだけにしては長い時間だが、一度掴んでしまえば無理矢理にでも長引かせてしまえば良い。相手が超能力者なのは確実な事で、五秒経てばそれを奪う事が出来、勝敗は決するのだから。この際、五十嵐喜助から先に奪うか、軽磨から奪うかは関係ない。
五、四、
「入会はOKという事で?」
三、
「あぁ、もちろんだ。それに、その『特異の力』があれば、幹部格に一気に昇格出来るぞ」
二、
「何故、手を離さない?」
一、
「貴方は超能力者だ」
零。
「!?」
驚愕したのは、恭介だった。
どうしてなのか、強奪を発動した時の、あの、頭に大量に流れてくる情報が――ない。
だが、そこで止まる訳にはいかない。相手は間違いなく、超能力者だ。強奪が発動しなかった事は後に置いておくとして、相手を無力化しなければならない。
恭介は握手したそこから、相手に強烈な電流を流す。雷撃だ。
だが、
「は?」
再度、恭介は驚愕させられる事となった。恭介の身体の周りに、蒼白い稲妻が這っている。バチバチと音を立てて、それは、未だに雷撃を続けている。雷撃は強奪と違って確かに、発動していた。
だが、どうしてなのか。
目の前の軽磨は、確かに雷撃を受けている。体中を青白い閃光に犯されている。が、それでもなお、彼は、不気味な、鋭利な笑みを浮かべたまま、恭介と握手を交わして、彼を見下ろしていた。
戦慄が走った。今度は、恭介が握手を離されない状態に陥っていた。
「ッ!!」
無理矢理引き剥がそうとしているのに、軽磨は剥がれない。
気づけば、五十嵐喜助の姿もない。
――失敗した。
(何だ。どうなってやがる!? まさかこいつの超能力――雷撃を無効にしてるってのか!!)
その間も、恭介は雷撃を最大限に放っている。最大出力で放たれた雷撃は最早物理だ。部屋中に飛び回り、壁を焼き、家具を壊し、天井の一部には穴まで空けていた。空気が炸裂し続け、轟音が鳴り続けている。部屋は眩いばかりになっていて、逃げ場はない。
桃がそんな状況の中で生き残れているのは、その超能力があるからだ。方法は木崎と戦った時と同様である。
桃の入っていたワードローブも雷撃によって破壊され、桃はそこから出ざるを得なかった。
そして見えてきた光景に、桃は強烈な違和感を覚えた。
どうしてなのか、桃には、部屋の中で暴れる恭介だけが見えていた。どこを見ても、五十嵐喜助と、軽磨の姿がない。
「くっそ、どうして離れないってんだ!」
恭介のその叫びが、雷撃の空気を炸裂させる音に混じって響いて、桃に届いた。その声が、桃に気づかせた。
(この状況……あの男の超能力は『幻覚を見せる能力だね』!!)
とにもかくにも、恭介のソレを覚まさねばならない。恭介が叫んでいる事から、恭介は軽磨か何者かに掴まれ、それから逃れられないという状態に陥っている事を桃は把握した。
だが、わからない。恭介が見ている幻覚の中に、自分がどうやれば割り込めるのか。
そう考えている間にも、恭介は相手を引き剥がそうと、雷撃を放ち続けている。綺麗だった部屋も、あちこち焦げ、壊れ始めている。
――介入できないならば、こちら側に引きずりだすしかない。
そう気付くのは少し遅かったが、幸いにも、こちら側の被害はない。被害を受けているのは恭介と部屋だけだ。
桃はそう気づいて早速、氷の弾丸を、恭介を殺さない程度で恭介に向けて放った。
無数の氷の塊は、大部分が雷撃に阻まれ、空気中で消失してしまったが、放った数が数だ。一部は確かに恭介に届き――恭介を止めた。
突然の背後からの攻撃に恭介は思いっきり前に、落ちるように倒れた。そこから、すぐに態勢を立て直す辺りが、訓練の成果がしっかりと出ていると言えるだろう。
「!? 軽磨はどこに……」
そう言って、辺りを見回す恭介。どうやら、幻覚は解けているようだった。
「きょうちゃん。分かったよ。軽磨の超能力」
そう言いながら桃は恭介の側により、すぐに説明した。