3.宗教団体―7
監視カメラがどこにデータを送っているのか、どれくらいのフレームで、どれほどの倍率で撮影しているのかは分かりはしない。が、多方の予想は付く。まずは管理会社だろう。そして、場合によっては、フレギオールそのものに、だろう。
ともかく、五十嵐喜助やその側近に、進入の連絡がいくまでが勝負。
監視カメラのあるエリアはとにかく、駆け抜けた。そして敷地内中央にそびえ立つ正方形の純白の建物に、到達する。
正面、東側に信者や来客者用の入口と思えるエントランス正面の巨大なガラス張りの入口があるが、三人はそこに周りはしない。反対の西側にある、スタッフや幹部格の人間が出入りに使っているであろう小さな扉を見つけた。扉の横にはカードリーダーが設置されている。先程卒倒させたガードマンが言っていたIDでも通すのだろう。
木崎のアジトに入った時と同様。恭介が雷撃を掌に宿し、リーダーに触れると、バチンと音が弾けた後、リーダーからは煙が上がり、そして、ロックの外れる音と共に、扉がわずかに手前に開いた。
恭介が扉の前に立つ。そして、振り返り琴に確認を取る。琴が頷いたことで、進入。戦闘用超能力のある恭介が先頭、同様の桃が後ろについて、目のある琴が真ん中に。三人は進む。
建物に進入してすぐは通路になっていた。病院のソレを連想させるような質素だが、しっかりとデザインされた、清潔感の感じられる廊下だった。
近くに何者かの接近があれば、琴が知らせる。恭介を先頭とした三人は最上階を目指す。
最上階までは、容易くたどり着けた。当然だ。皆、集会に出ていたのだから。
フレギオールはあくまで宗教団体なのだ。信仰をしないモノが、それに所属するのはまずおかしい。集会に出て、祈り、そして力を得るのだ。
最上階には僅かなフロアと、一枚の両開きの豪華な扉が存在した。その扉の先が五十嵐喜助の部屋であることは明白だった。
一応、と恭介が扉を開こうとしてみると――開いた。鍵は掛かっていなかった。
「集会が終わった」
恭介が扉の先を覗き込んでいる間に、琴がそう言った。
ここまで歩いてくるのには数分を要するだろう。まだ、その道中で五十嵐喜助が一人になるかはわからない。さて、どうするか。
「部屋の中で身を隠していて、きょーちゃんと桃ちゃんは」
琴はそう言う。
「琴ちゃんは?」
桃が首を傾げた。
「私は、もし、五十嵐喜助がこの部屋に複数人連れてきた場合に、出来るだけ人をはがす役割をやる。きょーちゃんは当初の予定通り、強奪を。桃ちゃんはいざという時のきょーちゃんのサポートをお願い」
訊いた二人はわかった、と頷いて、すぐに部屋の中に飛び込んだ。琴は二人の進入を確認すると、即座に階段を駆け下りた。連中が登ってくる前に、どこか近くに身を隠しておくのだろう。
恭介達が入った五十嵐喜助のオフィスは、琴の下見通り、やたらと広い空間になっていた。天井が高い事もあって、余計に広く見える。木崎の部屋に広さと生活機能をプラスしたような部屋で、ところどころに生活の影も見える。綺麗に片付けられてはいるが、仕事の場に生活の用具があるというのは違和感があった。
恭介は部屋の隅にあったワードローブの影に隠れ、桃はその中に隠れた。
数分から一○分程経過してからだった。部屋の扉が開いた。それぞれ覗き見ると、二人の男が入って来るのが分かった。
一人はブリーフィングの時点で確認した老人――五十嵐喜助に間違いなかった。何度も写真で確認した顔だ。見間違うはずはない。
そしてもう一人は、若い男だった。黒髪をオールバックにした、黒いスーツの、鋭い表情の男。見た目から、その格の高さが伺えた。五十嵐喜助と二人でいることもあって、その男が幹部格であるのは明瞭だった。
二人は部屋の中央よりも少し奥の位置にある幅の広いデスクの前まで来て、会話を始めた。
「順調だ。このまま行けばそれなりの『順位を保持』する事が出来るだろう」
若い男が満足げに言っていた。
「ふむう。そうだな。だが、まだ上を目指せると思うのだが」
「焦りは禁物。一度利益を安定させて、それからまた上を目指すべきだ」
二人の会話は淡々と続くが、まだ、その目的、主語がうまい具合に出ていないため、恭介達には会話が理解出来ないでいた。
「だが、今の段階での『ギフト』では、足りないのも事実」
若い男が難しい顔をして言った。
「そうだな。『人工超能力の試作品』の供給も足りないと言える。そろそろまた、信者の中から『超能力者』を生み出さねば、信頼が薄れると思われる」
そしてついに出てきた『人工超能力』という言葉。
人工超能力。それは、恭介がNPCに入った当初、聞かされた言葉だった。
ジェネシスが秘密裏に開発する。無能力者に超能力を人工的に、後天的に与える技術。
五十嵐喜助の口から吐き出されたその言葉――試作品。
つまり、人工超能力の開発は、極限的に高い位置にまで進んでいるという事だ。
人工超能力という言葉が出てきたという事は、もう一つの事実を証明する。それが、――ジェネシスとの繋がりだ。
フレギオールはただの、超能力者を集めた無法宗教団体ではなかった。ジェネシスとの何らかの繋がりを持つ、ジェネシスの組織であった。
どういう形で繋がりを得ているのかまではこの時点では判断出来ないが。
(人工超能力だと……!? だとすれば、上にも報告しなきゃならねぇな)
人工超能力の関わりがあるとすれば、恭介達だけの問題ではなくなる。が、今は状況が状況だ。報告は後の時間が出来た時にでもするしかない。
五十嵐喜助の不安げな言葉に対して、若い男はフッ、と鼻で笑い、不敵に笑んで、場違いの笑みと共に応えた。
「そこに関しては、暫く大丈夫だ」
余りに場違いな自信一杯の笑みに疑問を抱いたか、五十嵐喜助は眉を顰めて男を見た。
「どういう事だ?」
「私の、超能力がある」
男の答えに五十嵐喜助は更に眉を顰める。
「私は、『軽磨』、君の超能力を知らない。それどころか、今の今まで超能力者だとは知らなかったが?」
「えぇ、私の超能力は、効果が消えるとまでは言いませんが、知られては不利になる可能性があるのでね。貴方であろうが、言えないのだ」
男の言葉を訊いた五十嵐喜助はまだ、その難しそうに考えたような、皺の寄った表情をとけない。
暫くの沈黙の後、五十嵐は表情を落ち着かせて、返した。
「まぁ、良い。今までも君の助言や助けあってここまでこれたのだからな。そこは信頼しておくことにしよう」
「感謝する」
その後もまた、二人は会話を続けた。相変わらず核心に迫る言葉は人工超能力以外に出ていなかったため、恭介達にはイマイチ会話の内容が理解出来ないでいた。
考える。まだ、琴のアクションを二人は確認していない。琴には全貌がどこからだろうが見えているはずで、この状況についても知っているはずだ。だが、仕掛けてこない、ということは、琴は、既に足止めに回っている、という可能性。どうやら、何らかの理由で、五十嵐喜助一人には出来なかったのだろう。
余計な男が一人いる。そして、その男は超能力者だと分かっている。
ここで、仕掛けるべきなのか、否か。
答えは当然、仕掛けるべきである。二人だから対処が可能だ、という甘い考えではなく、単純に、琴を信じた結果だ。二人が部屋に入ってきてから、数分が経過している。もうすぐ一○分に及ぶ。琴が動けるのであれば、動いているはずだ。
つまり、今、この状況は動け、ということ。このままひたすら身を隠していれば、三つの可能性が見えてくる。