3.宗教団体―6
去り際に、漫画やアニメのような爆弾捨て台詞を置いて去った片桐愛理は、見てくれで二人が交際関係にあるとでも思ったのだろう。片桐愛理から見れば、恭介はカッコ良い部類で、琴は言わずもがな。商店街を歩いている間も、もしかするとそう見られていたのかもしれない。実際、金井雅樹はそう勘違いしていたのだし。
「きゃー! 彼女さんだって!」
と、嬉しそうにニヤニヤしながら恭介の背中をバシバシと叩き続けている琴と、呆然と、呆れたような、困ったような表情を浮かべながら冷や汗のようなモノを垂れ流している恭介を見ると、本当にそう見えるのか疑わしくも思えたが。
その後、落ち着いてから、恭介は片桐愛理で思い出した神社や、地元で一応機能している店等を琴に紹介して回った。恭介は生まれてこのかた、ずっとこの町で育っている。案内くらいは容易いモノだった。
夕暮れまでそうやって地元巡りをして、恭介はまた琴を自宅まで送り、そしてそこで解散した。
去り際、琴が最高の笑顔を向けて恭介に手を振っていた。その光景が、なぜか今日は、恭介の瞼の裏から中々離れなかった。
最近、琴といる事が多いな。恭介がそう気付いたのは自宅に戻ってある程度の事を済まし、就寝しようと布団に入ってからだった。
8
過ぎてしまえば時間は早いもので、気づけばもう、その日。
恭介、琴、桃のこの高校生の三人の班は、フレギオール本部を見渡せる、本部から距離のあるとあるビルの屋上に身を潜めていた。
彼等に遠くを見るための双眼鏡は必要ない。千里眼がいるからだ。
琴が遠くに見えるフレギオール本部を見つめていた。
正方形の建物が、広大な敷地の中心に無防備に置かれている。真っ白なその建物は、周りで緑を彩る木々から浮立っていた。遠目に見ても、すぐに目に付くようなデザインの建物だ。五階建てで、天井は高い。それぞれにフロアがあり、地下には広大な広さを誇る講堂が存在する。集会を行っているのはそこだ。
「集会が始まった。そろそろ向かおうかな」
琴が言った。
三人の作戦は、前に立てた通りである。集会が終わり、周りにいる人間、護衛がいなくなった、一人になった五十嵐喜助のその隙を狙い、超能力を恭介の強奪で強奪。頭を潰してから、胴体を潰していく。その作戦だ。
事前に把握できた超能力者の数は五十嵐喜助を含めて五人。それぞれがどんな超能力を所持しているかは定かではないが、数が多い、警戒を強めなければならない。
三人はビルから抜けて、フレギオール本部を目指して歩き出す。僅かにだが、足取りは普段よりも早かった。
三人が到着する頃、丁度集会は終わっているだろう。
「じゃあ、最後の確認をしとくね」
歩きながら、琴が話し始めた。
「五十嵐喜助は集会での公演が終わると、若い男と一緒に自室に戻る。最上階を占める、一番広い部屋ね。若い男も超能力者。どんな超能力を持ってるのかわからないけど、とにかく油断しないこと」
二人は頷く。当然のことだ。今まで、確かに任務を熟して、その実績を増やしてきたが、油断をしようと思ったことも、したこともない。任務は、事実を言ってしまえば殺し合いなのだ。超能力対超能力の異能同士の殺し合い。そんな命のやり取りの中で、油断は死を招く。
三人はまだ若い。だが、任務が殺し合いだということは、忘れてなどいない。
琴が続ける。
「極力、五十嵐喜助一人の時に抑えたい。さっと強奪して、上から順に潰す。勿論、作戦通りにいくとも限らないけど。私達ならだいじょーぶ。ね、きょーちゃん」
「俺に訊くなよ……、まぁ、大丈夫だろ」
桃がむくれているのは、恭介は気づかなかったが、琴は気づいていた。だが敢えて『言った』。
任務前だが、琴は他のことも頭に入れて動いている。
そこからは雑談なりをしながら歩くこと十数分。フレギオールの土地の側まで、三人は来た。
フレギオールの所持する広大な土地は、その周りを巨大な防壁で囲い、防御の態勢を取っている。入口は北と南にガードマン付きで一箇所ずつ。計二箇所のみ。恭介達は南のゲート側に身を潜めていた。
ゲートをくぐった先は、無駄に手入れのされた庭園の様になっていて、更にその奥、敷地の中心に、本部が存在する。
「じゃ、きょーちゃん。任せたよん」
琴が恭介の背中を押す。ガードマンを無力化するのは恭介の役目のようだ。複数の超能力を持つことの出来る数少ない超能力に選ばれた恭介。ある種の便利道具扱いだ。本人はそれが当然だと気にしていないので問題はない。
恭介はゲート横にあるガードマンの詰所の前に行く。
「あの、」
「何か? 中に入るにはIDか紹介状の提示が必要ですよ」
ガードマンは言う。対応は慣れたものだった。
今、フレギオールの宗教団体としての人気は、恐ろしく上がっている。一般の人間も、普段宗教なんかには興味を示さない人間も、興味を持つ程にだ。そのため、招待制に入会方法が変わっていたのだ。そのためのガードマンである。決して『侵入者と相対するための』ガードマンではないのだ。
それが分かっていたため、殺す、という選択肢は恭介には取れなかった。
NPCは殺しが相手が危険だと察知した場合にのみ、許されている。それは当然、任務という殺し合いの中で動いているから、そして、超能力という危険な力を対応しているからだ。
が、恭介は今、目の前の中年のガードマンには危険を感じなかった。
だから――何も言わずに右手を延ばし、油断しきっていたガードマンの頭を鷲掴みにして、雷撃。
炸裂するバチリという豪快な音。恭介の右手から青白い稲妻がほとばしり、ガードマンの意識を奪い、そして、その中にあった様々な機器を破壊していた。部屋に稲妻が散漫したのは一瞬の光景だったが、その強烈な光は中々その場を離れようとしていなかった。ショートした機械は時折何かを吹き出すような音と共に、その中に余ってしまった青白い稲妻を走らせていた。
そんな機械に突っ伏す様に、ガードマンは落ちた。
恭介は任務は訓練を経て、その超能力の熟練度――所謂『慣れ』のレベルを上げていた。特に雷撃は、使いやすさとその手軽に練習出来る簡単さが相まって、最初の状態から、大幅にその熟練度を上げていた。
そう、今の恭介の雷撃は、人を容易く殺す事が出来るレベルにある。
ガードマンが動かなくなった事を確認した恭介は、離れた位置にいる琴、桃に手招きをする。辺りは街頭の光に照らされるのみで見えづらいが、千里眼にそんな状況は関係ない。
琴の合図で桃も飛び出し、三人が合流した。
「うわー。最近きょうちゃんの雷撃。えげつなくなってきたよね」
機械が壊れ、煙が上がり、時折青白い閃光を走らせる部屋と、突っ伏して身体を痙攣させながら、動かないガードマンという光景を見て、桃が苦笑しながら言った。
「練習のせいかだよね」
琴がやたら嬉しそうに言う。
「頑張ってるからな。さぁ、行こう」
三人はついにフレギオールの敷地内に入る。洋風の庭園、という表現が一番近いだろうか。イマイチ身近ではない光景に、任務以外でただ見学に来てみたいな、という気持ちが生まれてきていた。
木々の合間や、街頭に監視カメラが随所設置されているのは三人とも気付いたが、今更映る映らないを議論するつもりはなかった。ガードマンを一人倒している。機械も壊している。あの種のガードマンは定期的に連絡を取っているか、巡回等で他のガードマンなりと会うはずだ。
問題なのはそこではなく、恭介達、つまりは侵入者の存在が、五十嵐喜助の下に届き、五十嵐喜助が身を固めるまでに超能力を奪えるか、である。琴が普段の任務よりも『作戦通りに行くかわからない』と言っていたのは、この事情のためでもある。
監視カメラの数は多く、それこそ透明人間にでもならなければその死角を通る事は出来ない。潜入前から事の千里眼による下見で分かっていたことだ。