6.神との接触―13
佐倉は笑む。本当に嬉しそうに笑む。それは、単に流と戦える、という事に対しての期待の笑みであるが、その笑顔は当然、皆を煽る挑発になっている。
「何笑ってんの」
住良木が歯を食いしばる。拳を握りしめる。汗ばんでいるのをそれで更に実感する。極度の緊張をしている。目の前に広がる死体だらけの光景を見て、怒りが満ち溢れているのが分かる。だが、その怒り、殺意以上に、敵が危険だと本能が感じ取っているのが、自身で分かる。
(こいつ……。前の時もヤバイ奴だと思ってたけど……。思っていた以上に、危険じゃん……)
「そりゃ笑うでしょ。やっと、流と会えたんだから。いやー。本当に退屈だったよ。流、君程に面白い人間はやっぱり他にいないよ」
「ふざけるなよ!」
業火が、怒声を上げた。流をどうこう、ではない。単純に、行動に対して全く興味すらない、と言わんばかりのその態度に、怒りが溢れてしまった。彼が地面をストンプすると、そこから亀裂が数メートル入った。当然力を抑えたが、つい、そこまで溢れてしまった。
が、佐倉は、それにすら視線を投げない。腹部から未だ垂れ流される鮮血をも気にせず、周りを一切無視して、ただ、流に語りかける。
「流、俺腹を斬られてる。でも、お前も大分体力を消耗してるみたいだ。対等だ。機微な違いは無視してくれ。ここで、戦おう」
嬉しそうに、高らかに声を上げる。その佐倉の声は練習場に反響し、やけに響いた。
(この男の流に対する執着は何なの……?)
希砂は眉を顰めて佐倉の背中を見る。勝てる可能性のある相手で、死体でも価値がある敵がすぐそこにいるというのに、一切無視して、流に話し掛けるその姿を見て、希砂は疑問を抱く事しか出来ない。攻撃を仕掛ける事もできなければ、話し掛ける事も出来ない。
そんな希砂に話しかけたのは、流だった。佐倉を無視して、僅かに首を伸ばして佐倉を避けて奥に見える希砂を見て、流が言う。
「希砂さん。この場は俺に任せてください」
視線を戻して、仲間達も見て、
「ここは任せて。皆は希砂さんと他を頼むよ。って、お願い」
流のその言葉に、当然、全員不満を抱く。が、敵の異様な様子を見ているのだ。反論の言葉は吐けなかった。
皆のその不満を、当然流は理解しているし、感じ取っている。だが、視線は既に佐倉に固定し、睨み、動かさない。皆の分まで全て、自身が背負って戦ってやる、という意思を見て、感じ取れる程である。
「…………、」
希砂は何も答えなかった。首を伸ばして、流が連れてきた仲間達の反応を伺っていた。この人数だ。それに、複合の奏までいる。一斉に掛かればいくら佐倉が強かろうが、ほぼ確実に勝利出来る相手だ。故に、流がそう言おうが、皆が戦う意思を見せれば、すぐに仕掛けてやろうと踏みとどまっていた。
が、
「……分かった。皆、希砂さん。他にもまだ敵がいるみたいですし、村の方もまだ戦闘が続いてます。行きましょう」
奏が、空気を読んだ。彼女が流に抱く他人が持っているそれとは僅かに違う感情等の私情は一切挟まずに下した、彼女なりの判断だった。
碌の娘だから、という事情もあるが、それ以前に彼女の実力、能力から、彼女の権威は見た目以上に偉大であり、そして、信頼されている。
全員が、頷くしかなかった。
希砂が歩き出す。視線は佐倉に釘付けにしたまま、横を通り過ぎたが、佐倉は一切希砂を見やしなかった。背後から攻撃された可能性まであるというのに。
「流、気をつけてね」
純也が皆の気持ちを言い残す。蓮が困った様な視線を流の背中に向けていた。奏は覚悟を決めたのか、一切振り返らず、言葉も吐かなかった。住良木は、踵を返すのが皆よりも一瞬遅かった。残りたいという気持ちが捨てきれていない買った。
そして、場には流と佐倉が、残る。
床を埋め尽くさんとばかりに散らばっている死体はどれも真新しい状態であるが、既に嫌な臭いが広い練習場に充満していた。鼻を突くその臭いは不快感を流に抱かせるが、そのほとんどが味方だという事を考慮すると考える事も億劫になりそうだった。
「前より、強くなったようだ、ね!」
戦闘開始は速かった。互いに戦う事以外を知らない、と言わんばかりの状態。流も即座に刀を引き抜いて、両手で持ち、体勢を低くして構える。
が、しかし、流、一切動かず。
「?」
直前だった。そこで踏みとどまれる技術もまた、佐倉の驚異的な身体能力の一部であるが、それは今、当たり前の事でしかない。
後数センチで、佐倉の拳は流の顔面を叩いていた。そこで、踏みとどまり、そして、拳をすぐに引いた。
「どういうことだい?」
相変わらず見た目とギャップのある口調で、佐倉は不思議そうに流を見て、問う。流はその言葉を聴いて溜息を吐き出し、刀を鞘へと収めた。体勢も元の状態に戻す。
流の溜息はやけに練習場へと響いた。
流の言葉が出てきたのは、数秒後だった。気だるそうに顔を起こし、目の前の佐倉を退屈そうな表情で見て、そして、再度の溜息を練習場に響かせた後、問い返す。
「……俺はお前と、戦わない」
「……はい?」
「悪いな嬢ちゃん。普段は女子供には手はださねぇんだがなぁッ!!」
そう叫んで、手を振り上げたのは燐派閥の男だった。納屋の片隅、追い詰めた一四歳の幼い女を見下ろして、たった今殺そうとしている所だ。
この時、男の犯した致命的なミスがは三つ。一つ、ほとんど明かりがなく、薄暗い中で、女を幼いと判断してその危機的状況に陥っている中、その冷淡な表情を確認しなかった事。二つ、自身が強い、と勘違いしている事。そして三つ、迫り来る影に、気付かなかった事。
「その女子供に殺されなさいよ」
背後から聞こえてきた彼にとっては幼い声に、男は反応する前に、殺された。男が感じる事が出来たのは、背中に何かが触れたその感触だけだった。それを感じ取った次の瞬間には、全く何も感じる事ができなくなっていた。ただ視界は明瞭で、暗闇の中、埃塗れの床に転がる事しか出来なかった。
何が起こったのか、と考える事さえできなくなっていた。ただ、視界の中に写る、つい先程まで殺そうとしていた幼い少女が立ち上がるその光景だけを、見る事が出来たのだった。
「美優。アンタなんでそんなギリギリでも顔色一つ変えないのよ。だからロボットなんて暗喩されるんじゃない?」
そう言って、納屋の隅で腰を落としていた美優に、恵夢は手を伸ばした。
「別に、私は気にしていないからそんな事はいいんだけど」
伸ばされた恵夢の手を取って、美優は立ち上がる。
親から納屋に隠れる様に、と言われて隠れていた美優だったが、敵の数が多すぎて、納屋に直接飛び込んだ敵に追い詰められてしまった。が、彼女を心配して彼女を探しに来た恵夢に助けられた、ところだった。
立ち上がった美優の身体についた土埃を恵夢は払ってやり、そして、彼女の両肩に両手を置いて、真正面から、彼女を見つめた。きょとんと不思議そうにしている美優を見ると、思わず涙しそうになってしまった。
「何? ……どうした、の?」
その表情を見て、美優も察したのだろう。分かっていても、聴くしかなかったし、そもそも、察してしまった彼女は、恵夢の心配をする事しか出来なかった。
「今、起こってる事、村の状況は理解してるわよね?」
美優は静かに頷いて返す。
「だから、仕方のない事なんだって理解してるわよね?」
美優は、恵夢の話しを聴く。
一度息を呑んで、詰まろうとする言葉を、恵夢は無理矢理吐き出す。
「美優。あなたの両親、二人とも、死んでた。二人とも、……間違いない」
互いに、辛かった。言葉は震えるし、どれだけ耐えても涙は溢れそうになるし、互い、目を見ている事すら、辛かった。だから、だからこそ、
「なんで恵夢が悲しそうにするのさ」
美優は恵夢を抱きしめた。




