3.宗教団体―5
ショートヘアの凛々しい顔立ちの女子生徒、霧島雅が恭介の下にゆっくりと歩いて向かってくる。
二年の生徒が三年の教室に上がってくるという光景が珍しいか、教室の注目を恭介が集めたが、たかが一生徒。注目はすぐに散漫した。
「あー、えっと、確か二年の郁坂君だったけ」
恭介を前にしてその見覚えのあるはずの顔を思い出したか、霧島雅は首を若干傾げながら、恭介の苗字を口にする。
「はい。そうっす。郁坂恭介です。ちょっとお話があるんですけど」
「話? ん、まぁ、いいけど」
思いのほかすんなり頷いてもらえたため、恭介は霧島を廊下の奥の人通りが少ない場所を選んで連れて行き、そこで話を訊くことにした。
「早速で悪いんですけど、フレギオールの集会にいらしたそうですね」
早速過ぎる質問に、霧島は眉を顰めた。失礼な奴だ、とでも言わんばかりの表情に恭介の心配も増える。
「……それがどうかしたの?」
一瞬の間の後の、返答。冷静は装っている様に見える。
「その事について訊きたいんです。フレギオールで、特異の力とやらを覚醒させるとか。その事を知りたいんです」
「特異の力……」
言葉を訊いた霧島雅は、考える様に顎に手をやって、数秒実際に返答について考えた後、答える。
「特異の力を知ってるって事は集会の内容はある程度知ってるのかな。まぁ、どうでもいいけど。あれはね、私は『超能力』だと思ってる。ほら、そんなモノアリエネーとか思ってるんだろうけどさ、実際に見たらそうはいかないよ」
「つまり、超能力……が欲しい、と」
霧島雅は首肯した。
「そうよ。私には目標があるから。そのためにはある能力が欲しいの。多分、他の皆もそうなんじゃないかな。目標のために、信仰してる。超能力が欲しいから。だって、信仰してれば、『好きな能力が貰える』んだよ? そりゃ信仰するでしょ」
「好きな能力……!?」
恭介は目を見張った。
望んだ超能力を、信仰すれば与えられる。霧島雅はそう言っている。当然、そんな事はありえて良いはずがない。だが、事実として、琴の千里眼が集会の会場に複数の超能力者がいる事を確認していた。好きなモノを、という部分は置いておくとしても、超能力を『与える』という事は、事実としての可能性が高いと見えた。
目標のために超能力を得たいから、信仰する。霧島雅はそういう理由での信仰をしているらしい。が、直に超能力を見せられて、その『特異の力』に魅せられた、霧島雅の様にはいかない、信仰心の強い信者もいるだろう、と推測、警戒はしつつ、恭介はその霧島雅に礼を言って、その場を離れた。
(想像以上に面倒な事になってんだろうな。こりゃ確かにすぐには終わらなかった仕事だ。土曜に突っ込まなくて正解だ)
その足でNPC日本本部へと向かう恭介。受付のエレナにデレデレし、すぐに会議室へと向かった。会議室では、既に琴と桃が待機していた。
「どうだった?」
琴が早速、と聞いてくる。
恭介は霧島雅から訊いたことを二人に話す。やはり二人も、好きな超能力を信仰することで得られる、という話に驚愕していた。
「そんなこと、あるのかなぁ」
桃が首を傾げる。
疑問が浮かぶ会議室。三人が首を傾げて難しそうに唸っていた。そんな中、琴が声を上げる。
「仮に、仮にだけどさ。フレギオールがジェネシスに関係する組織だったとしたらさ――『人工超能力』の可能性があるんじゃないかな」
『人工超能力』。ジェネシスが極秘に開発しているというソレ。恭介もNPCに関わった当初にその話を聞いていた。
生まれた時よりその力を持っている人間が発現させる超能力を天然超能力とすると、人工超能力とは、人工的に、後から発現させる超能力のこととなる。
「なるほど。信仰が強い、と判断された信者は、五十嵐喜助とかその周りを囲む幹部連中によって、望みに近い人工超能力を与えられる……と」
琴は頷く。
「うん。あくまで推測だけど」
「ありえそうだね」
「そうだな。本当に面倒な事になってきた」
三人で難しそうな表情を浮かべる。
もし、本当に人工超能力が関わっているとすれば、この件は結果的にだろうが、NPCの幹部格の連中が対処しなければいけなくなる。まだ、推測段階であり、そして、幹部格である琴がいるためにこのような形で動きやすくはなっているが、それでも動きづらいといえば、そうである。そんな、面倒な任務なのは間違いない。
琴が話し出す。
「で、調査で分かったんだけど。次の日曜日。フレギオールの集会があるみたい。規模は多分、この前のと同じくらいかな。だから、その日を狙って潜入しようと思う。人でが集会に回っている間に、潜入して、きょーちゃんの強奪でまず、五十嵐喜助を無力化して、残りも順にって作戦。頭さえ潰しちゃえば、後は順を追うだけだからね」
「次の日曜か。了解」
「わかった」
「潜入には当然、私の千里眼を使う。多分、タイミング的には、集会が終わった、五十嵐喜助が壇上から引っ込むそのタイミングを狙うことになるだろうから、判断もリーダーとして任せてもらうかも。当日、どうなるかはわからないけどね」
その後、作戦の詳細を琴が二人に説明した。今回の任務が面倒だということは三人の共通認識で、琴は説明の後にやたらと、普段以上に、作戦通りにいくかはわからない、場合による、等の言葉を付け加えていた。
仕事は次の日曜日。その前日土曜は、ゆっくり休むように指示があった。
――はずだったのだが。
土曜日。地元の寂れた商店街。午前一一時。
この町にも一応に商店街がある。半分以上がシャッターを下ろしたままの、挙句そんな距離もない一本道の寂れた商店街だ。隣り街のアーケードとは違い、高い建物は一つもなく、二階建ての建物すら少ないので、平屋が連なったどこか違う国の商店街にも見える。
そこを、恭介と琴が二人、歩いていた。琴からの誘いだ。先週のそれとなんら変わらない始まりを経て、琴が地元をまだ、あまり把握していないという話からここにいる、という結果にまでなった。
「あはは、本当に半分以上開いてないし、食べ物屋とかばっかりだねぇ。お惣菜とか、お弁当とか、肉屋に八百屋さん……。すごい地元って雰囲気」
「そうだろ。確かに、生活するだけの買い物ならここで事足りる」
二人はそんな適当な会話を交わして、商店街を巡っていた。特に買うものはなかった。見るモノもそう多くはないため、二人は十数分という短い時間であっと言う間に商店街を抜けきってしまった。
本当に、言葉通り寂れた場所であった。地元の人間が近いから、という理由で食材を購入しに来ていなかったら、もしかすると、商店街自体が閉鎖されてしまうのではないか、と思える程だった。
商店街を抜けたところで、不意に声がかけられた。
「あ、恭介君」
「愛理ちゃん」
片桐愛理がそこにいた。見れば、手提げかばんをかけている。
片桐愛理は琴を一瞥するが、特に触れはせず、恭介に話掛けてきた。
「何? もしかしてデート?」
「デート……、この商店街でか?」
いたずらに笑って見せる恭介。
そうだよねー、と返した片桐愛理に、恭介は訊く。
「また隣り町ででも用事があんのか?」
「そうだよー。だから今日は私がお爺ちゃんに御飯作ろうと思って。買い出し」
「そうか。頑張れ」
「うん。いつか恭介君も私の料理食べにおいでね」
「はは、期待しておくわ」
そして二人は別れる。片桐愛理は商店街の方へと消え――る前に、
「彼女さんもよかったらー」
と、一言置いて商店街の中の方に入っていった。