3.宗教団体―4
いや、それは、彼女が本当にサイコキネシスの超能力者であれば、の話だ。
フレギオールのあの光景が、それが、見たとおりそのままの光景だったら、だ。
「でも本当、恭介君は大きくなったし、かっこよくなったと思うよ。昔のあのヤンチャ坊主っぷりに比べたらねぇ」
「そんなヤンチャだったかな。大人しいと自覚してたわ」
「それはないでしょ!」
笑い声が上がる。
神主も奥で微笑んでいるだろうか。
「手も大きくなった。やっぱり男の子なんだねぇ」
と、不意に片桐愛理が恭介の手を取って、掌を合わせ、大きさを比べ始めた。
――五、四、三、
片桐愛理はおぉ、と唸りながら、その重なった手を眺めている。
――二、一。
手が離れる。
掌に残った微かな暖かさをもどかしく思いながら、恭介は手を引いた。今度は恭介がおぉ、と唸る番だったようだ。
その後も三人は適当な話を続け、夕刻になった時点で解散した。翌日は、朝に地元に戻ると訊いたため、恭介は明日何をしようかな、と考えながら帰路についた。
桃と二人、田舎道に下りて、歩く。ここから自宅まではそう遠くない。
十数分で自宅へと到着するだろう。
「久々の愛理ちゃんは可愛くなってたね。私と違って大きくなってたし」
「なんでちょっと卑屈っぽいんだよ。まぁ、最後に見た時に比べりゃ大分大きくなってたな」
「だよねぇ。私もあれくらい身長欲しいなぁ」
「はは。いつになく自虐的だな。大丈夫だ。桃はこれから伸びるだろ。仮に伸びなくても、その小ささが桃はいいんだよ」
「仮定するなし! 絶対伸びるんだから!」
そんな、会話をかわしながら進んでいるとあっと言う間に目的地へとついて、こんなに早かったか、と思うのは良くある事。
二人は適当な挨拶を交わし、別れ道で別れた。
自宅へと戻ると、大介と愛、それに奏がいた。狭い家のため、この人数でも十分なスペースは確保出来ない。卓袱台の前に兄弟が揃った。
「大介、明日何すんの?」
恭介自身が明日の用事がないためだろう。訊く。
「出かけるよー、友達と」
「そうかー。愛は?」
「同じ。出かけるよ」
愛も同様だ。二人の出かける、は隣り街へと、だろう。遠くにいくとも思えないし、この街でどうこうするには場所が少なすぎる。それか、友人の家か。
訊いて、恭介は自分はどうするかな、と考える。
が、結局、また明日、誰かから連絡くれば出よう、でなけれ家でゆっくりしよう、という結論に至った。つまりは、今日と変わらないのであった。
翌日。郁坂家。午前一○時。
恭介は卓袱台に肘を付けて、テレビをぼーっと眺めていた。昼前の番組は若者に向けたモノが少なく、本当にぼーっと眺めているだけであった。
そして、携帯電話が鳴る。顎の真下辺りに置いてあったそれを取る。と、画面には長谷さんの文字。着信だ。
恭介は気づいてから、ゆっくりと通話ボタンを押して応答した。
「はい」
『あ、もしもし? きょーちゃん? 今いいかな?』
「いいぜー」
『暇してる?』
「超暇」
『あ、良かったぁ! じゃあ、さ。ちょっと私とデートして』
「……デート?」
『うん。デート』
隣り町。午後一三時。
恭介は琴とアーケード南のファミリーレストランで合流し、そこで昼食を済ませ、外に出ていた。二人はそのまま歩いてアーケード北の先にある広い公園のベンチで落ち着いていた。
恭介が二人分のジュースを近くの自販機で購入し、片方を琴に渡して隣りに腰を下ろして、
「どうしたんだよ。急に、デートなんて言い出して」
「あはは、昨日調査で動いたからね。それで今日はゆっくりしようかなーって」
そう笑った琴は、あと、と続けた。
「私、ちょっときょーちゃん、気になってるかもしれなくてさ」
そう言って、恭介に真剣な笑顔を向ける琴。琴の視線の先で、恭介は固まった。
突然の告白めいた言葉に恭介の身体から思わず電流が漏れたかもしれなかった。
数秒がやたらと長く感じた。
自分が落ち着くのを待って、恭介は言う。
「さて、次はどこ行こうか」
「そうだねぇ、ちょっと服見たいから付き合ってよ」
恭介が今の話を聞かなかった方向で話を進めた事を、琴は気にしていないようだ。すんなりと恭介の話に合わせてきた。その様子があまりにも自然だったため、恭介は聞き間違いか、意味の取り方を間違えたのか、とまで思い込んでしまった。当然、そんなはずはないのだが。
二人がジュースを飲み終わると、すぐに行動を始めた。
アーケード北に連なっているブティックに入り、琴の選定に恭介は付き合う。その最中でどれが可愛いだの、どれが似合っているだの言わされる恭介だったが、恭介はどうも、こういう類の行為が苦手な様だ。ぎこちない笑みと在り来りな返答ばかり返されて琴が少し機嫌を悪くした。当然、琴は表にそれを出しはしないが。恭介は察していた。
ブティックを出る時、琴が買った服を持つくらいの気は利いた様だ。恭介が服の入った装飾の施された紙袋を持つ。中身が衣服だけだからか、やたらと軽く感じた。それはもう、持つ必要があるかと疑うくらいに。
その後、二人はひたすら様々な店に入って、買い物をしたり、商品を眺めたり、という本当にただのデートを続けた。
超能力の関係のない、ただのデート。普段から暇を持て余すことの多い恭介には、ただの友人とのお出かけ程度の認識だろうが、琴はそうはいかない。早い時期からNPCのメンバーとして活動してきて、その能力を磨き、昇格してきた琴は普段のそのほとんどは超能力に関係している。学校に編入して、その生活も変わってきたが、それでもNPCに入り浸っていた。
琴にとって、この生活は新鮮だった。恋する事もそうだ。今までではあり得なかった。だからこそ、『しれなくて』という発言。
結局、その日一日は本当に、ただのデートだけで終わった。
帰路。地元まで一緒に帰り、恭介は琴を自宅まで送っていく事にした。手荷物を最後まで持つ、という意味もあったのかもしれない。
琴の自宅は恭介や桃が住む住宅街の同じエリアにあった。近いと言っていた事を思い出す。
一軒家だ。その外観は遠い昔から見てきたそれだが、思い返せば、確かに、最近まで人がいなくて、売りに出ていたようだった。
住宅街に連なる――更地の隣り。そう、恭介の燃え尽きた自宅があった場所の、隣り。つまり、郁坂家を中心として、桃の家の反対側である。
「近いとか言うレベルじゃねぇな」
「あはは、そうだねー」
「桃は知ってるのか」
恭介が手荷物を琴に返す。
「知ってるよー。流石にバレるよねーはは」
「ま、そうだよな」
「うん」
一瞬の沈黙。別れ際が分かりずらかった。
「じゃあ、またな」
切り出したのは恭介だった。手を軽く振ってそう言った。
すると、琴も可愛らしく手を振り、そして、
「じゃあ、まぁ、なんだろう。公園で言ったこと、一応頭に入れといてね! じゃあね!」
そう言って、一方的に言って、家の中へと戻って行った。
呆然とする恭介は、数分固まったままだったかもしれない。
7
翌日。学校。放課後。
恭介はすぐにNPCに向かわずに、その足で上の階へと向かい、三年生のエリアへと来た。目標は当然、霧島雅。彼女との接触である。
恭介は確かに霧島雅と顔見知りだが、何せ彼女のクラスがわからない。生徒達が帰り出す前に、一クラスずつ覗いて探すのだった。
運良く、二つ目の教室を覗いたそこで、恭介は見覚えのある顔を見つける。
教室の前の扉から顔を覗かせて、声を掛ける。
「あ、あの。霧島さん!」
教室の奥で帰りの準備をしていた霧島雅はその声に気付き、顔を上げて恭介を見つけた。
「あ、えっと……。私?」