5.一般人―3
そのために二人は途中で立ち止まり、互いにその面倒だ、疲れたという意思を確認して、タクシーを捕まえた。そこから住良木の家まではあっという間で、先のような敵の襲撃なんて当然なかった。降りる際に金を出そうとする流だったが、結局そこは住良木に取られてしまった。
極普通で、少しだけ小洒落た部屋。流は風呂を借りた後、すぐに就寝する。当然の如く自ら床で寝ると宣言した。住良木はそれに対して男らしいねなんてからかいを入れつつ、素直にベッドの中へと潜り込んだ。消灯し、暫くすると住良木の寝息が聞こえてきて、妙な緊張も流の中から完全になくなり、流もすんなりと寝る事が出来た。
寝るまでの短い間に、様々な事が頭の中を駆け巡った。
(あの敵……、は、恐らく燐の手下だろう。雰囲気が完全にそうだった。双刃や、恭司みたいに、燐に使える人間特有の雰囲気が感じ取れた。僅かに気になった違和感もあるが、それでも、断言出来る程に感じ取っていた。……だが、まだ気になる事は沢山ある……)
気になる事。
燐達の動き等は初心者である流がどうこうするよりも、純也みたいなそれに対する効果的な超能力を持っている者や、指導者として部下に的確な指示を送る事が出来る碌に任せれば良い。
だが、今回の、流を狙う敵、という者の出現で、事情が僅かにずれる。
無能力者が超能力者を倒したというのは、流が思っている以上に深刻な出来事なのだ。周りが警戒し、そして、今回の敵の様な、流を倒して名を上げて、上に目を付けてもらおうとする連中は、これからさらに出てくるだろう。そして、流がそれら迫り来る敵を倒し続ければ倒し続ける程、流の評判は良くも悪くも上がってしまい、更に敵を増やす事になる。だからと言っても、逃げ続ける事も出来ない。
超能力の世界は、戦いの世界なのだから。
眠りにつく直前に、思い出したのは、それまで考えていたモノとは、また違うモノだった。ふと思い出したという感覚に近かった。
(……そういえば、リアルって)
そこで、意識は途切れた。疲弊による睡魔から逃げ切る事は出来なかった。
夢を見た気がした。
見知らぬ土地で、見知らぬ仲間達と、戦う夢だった様な気がした。誰と戦っていたかもわからない。ただ、自分の手足は鮮血で真っ赤に染まり、足元には絨毯と思える程の死体が転がっていた。夢ながら、大した感情がなかったのは記憶していた。自分はただそれを眺めていて、すぐに駆け寄ってきた誰かもわからない仲間達と合流し、まだ先がある、と急いでいた。
それしか覚えていなかった。それも、景色に白い靄がかかっている様に、うろ覚えであった。
「……いい匂いがする」
目が覚めてすぐに、鼻腔を甘く擽る玉子焼きの匂いに意識が奪われて、見た夢の事なんてすぐに忘れた。
キッチンに住良木がいるのがわかった。朝ごはんを作ってくれている事も分かった。分かった上で、何か重要な夢を見た気がした、と思いつつ、部屋に掛けられた時計を見た。
「六時三○分……。思ったよりは早く起きれたか」
そう呟いて背伸びをし、欠伸をして脳を目覚めさせる。
立ち上がり、布団をまとめて隅に寄せ、数歩でキッチンへと向かった。
「おはよ」
「おはよう。良く寝れたかな?」
「勿論。とりあえず、その朝飯は俺の分もあるのかな?」
「あるに決まってるでしょ。そんな残忍じゃないから」
「はは。ありがとう」
流はそれだけの会話を交わすと一度洗面所へと向かい、用を足した後、戻った。
するとタイミング良く朝食が出来上がり、軽いテーブルに並べられていた。手際の良い女だな、と関心しつつ、そして、感謝しつつ、流も座り込み、住良木と共に朝食を頂く。
「住良木さん今日の予定は?」
「あー。それがね、仕事なんだよね。二時間後」
「うわ。早いね。俺もこれ頂いた後に帰るよ」
「うん、悪いね。なんかゆっくり出来なくって」
「いや、仕方がないよ。そもそも当初は泊まる予定ではなかったし。それに、俺も帰らないとに……仕事があるからさ」
他愛もない会話が進み、時間が迫る。
住良木も女だ。どうしても着替えてはい出発とはいかない。準備にそれなりの時間を必要とするし、身内でもない男がいればそれもしづらい。それを察して、流が帰ろうとすると、玄関で引き止められた。
「流君。今度また、近い内に会おうよ」
「ん? え、あ、お、おう」
「なんでそんな煮え切らない返事なの! 連絡もこまめにするから。折角こうやって仲良くなったんだから、この縁を無駄にしたくないし」
「あぁ、そうだな。じゃあ、また」
「うん。またね」
そう言って、はにかみ、手を小さく振った住良木のその姿を、流は可愛いな、と素直に思った。
住良木の家を出て、すぐに駅へと向かった。真っ直ぐ帰る事が出来れば、昼前には神流川村へと戻る事が出来そうだ、と思った。
「流、女の匂いがする! 何か花の香りの! 香水の! 匂いがっ!」
「お、おぉう……?」
「いったい! どこで! 何を! してきたの!」
「いや、だから、あの、説明した通りなんだけど……」
昼前に帰宅すると、学校がなんらかの祝日で休みになっていた奏が、早速と言わんばかりに流の胸ぐらを掴みあげてそう迫った。まるで、鬼の様である。奏のそんな顔なんて見たことのない流は思わず困惑した。
そもそも、ここまで接近された時点で、彼女に流が勝てるはずがなく、流は大人しく彼女の言うことに従うしかない。
そうやって無意味とも思えるやりとりを数回重ねた所で、やっと、奏は流を解放した。それで一安心する流。奏は不満気な顔のままだったが、流は困った様に苦笑するしかなかった。
昼食を取る。たった一日ぶりだというのにやけに新鮮な気持ちだった。
箸を進めている中で、自然と住良木の作った朝食と比べていたが、当然胸中で考えるそれを口に出す事はない。出せば奏が再度静かに怒りを燃やすだろう。
「今日任務でしょ? なんか変更があったから連絡くれって純也君が言ってたよ」
「了解。連絡取ってみるわ」
任務の変更があった。それを聴いて素っ気なく、特に何も感じていないように流は奏に返事をしたが、当然胸騒ぎがしていた。嫌な予感を感じ取っていた。昨日の一件があったのだ。
実際に、
「流、君の一件があってから、今日の任務は変更になったよ」
純也が苦笑しているのが、分かった。
流、純也、業火の三人は空いた会議室にて三人集まっていた。集まって、今日の任務前のブリーフィングをしていた。
「また吉祥寺へと向かうぞ」
業火の言葉に、流の表情が曇った。そして、やはりか、と思った。
「……それって、やっぱり昨日、俺が襲撃されたのが関係してるんだよな」
二人とも頷いた。純也が応える。
「うん。敵の情報が少なすぎるけど、流を襲撃したってのが明らかだから、流と一緒に昨日と同じ場所で行動して、その敵を誘き出すよ」
「あぁ。流。その敵はお前という無能力者を倒して戦果をあげようって腹だ。返り討ちにしてやれ」
二人とも、やたらと好戦的だな、と流は感じた。念のため、と問う。
「俺がそいつ倒したら、余計に目立っちゃうと思うんだけど」
それに対しては、業火が否定した。
「それでいいんだ。お前は目立て。そして、相手に『驚異的な存在』と思われるまでに成長してもらう」
「うん。流。これが碌さんの考えなんだと思う。道中危険なのは承知の上だろうけど、多少無理してでも、流は驚異的、って言われるまでになって、相手から恐れられる事が、なんだかんだ、一番の身を守る方法なんだよ」
「そうか。うん。まぁ、何にせよ、俺は碌さんに救われた命だから、碌さんのためになるならなんでもするけどな」
やはり、流が思っている以上に、超能力者が無能力者を倒す、という意味は、重い。