3.宗教団体―3
「誰なの?」
琴が問う。
「三年の、確か……霧島って人」
「霧島雅か」
どうやら恭介はその存在を知っているらしい。二人の視線が恭介に集中する。
「知り合い?」
桃が首を傾げる。
「あぁ、一応。一年の時、体育祭の委員会で一緒になった……ような気がする」
「そういえばきょうちゃん一年の時血迷ってたね」
「その言い方はどうなんだ」
どうやら本当に知り合いらしい。顔見しり、程度ではありそうだが。そうとなれば、話は早い。
琴が言う。
「じゃあ、その霧島雅って人には、きょーちゃんに接触してもらおうかな。その間、私達は他で情報収集」
「うん。そうだね」
そう話がまとまって、この場はお開きとなった。
霧島雅と会えるのは学校のある日だ。明日は土曜、明後日は日曜。猶予は二日程ある。
場合によりけりだが、この高校生三人組は土日、NPCに休みをもらう場合が多い。明日、明後日も、任務が中止になったことも影響して、時間に余裕がある。何も土日までフルに調査に当てろとは誰も言わないだろう。琴は少なくとも片方は当てるだろうが。
土曜日。郁坂家仮住まいのボロアパート。
土曜の昼間。どうしてか、この一部屋のリビングには恭介の姿しかなかった。両親は例によってNPCか、出かけているか。下の兄妹二人は何処かに出かけている様だ。金井兄弟の問題が片付いた今、止める理由はない。
恭介はだらけていた。休日の昼間から自分で用意した昼食を取り、居間で寝転がって携帯電話をいじってゲームをしていた。
連日の調査等で疲れたのか、今日は自ら外に出る気はないらしい。
が、携帯のゲーム画面が強制的に一時遮断され、待ち受け画面へと戻された。メールの受信があったからだ。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああ!! ハイスコアだってのに!!」
そんな叫び声を上げながら起き上がった恭介は、誰だよ、と呟きながら、携帯電話を操作してメールボックスを展開する。
受信メールは一件。桃からだった。内容はこう。
『暇だから御飯でも食べに行こう』
返信はこう。
『もう食った』
そしてまた恭介は携帯ゲームに戻るが、
「あぁあああああああああああああああああああああああくそがぁあああああああああああああああ!!」
再度、受信。
同じ事を繰り返してメールを読む。
『じゃあ遊びに行こう』
『めんどくさい』
そしてまた、同じ事を繰り返す。
『今家の前』
「メリーさんかよ!!」
再度起き上がり、ぱぱっと着替えて、恭介は表に出る。と、そこには誰もいなかった。
「…………、」
外は涼しい。十月前のその心地よい涼しさだ。
恭介は辺りを再度見回し、本当に誰もいない事を確認すると、家の中へと戻って、桃へと電話をかけた。
数回のコールの後、桃は電話に応答した。
『はい』
「はい、じゃねーよ。外にいねーじゃねぇか」
『うん? 前のきょうちゃんの家の前にいるよ』
「屁理屈かよ! 今から行くから待ってろ」
そして、一方的に通話を切り、恭介は再度外に出た。
今の自宅から前の自宅があった場所まではそう遠くない。
前の自宅の隣りが、桃の家だ。火事の際には大分迷惑をかけた事が記憶に新しい。それでなくとも、生まれてからずっと一緒にいたのだから、迷惑も糞もなかろうが。
数分すると、あっという間に前の家があった場所へと到着した。新しい家の完成予定まで後二ヶ月と少し。新しい家の外観はほどよく出来上がってきていた。まだまだ、完成には遠そうだが、それでも前にみた基礎だけの状態よりは大幅に進んでいた。
そんな家の前に、小さな女の子が一人。当然桃である。長袖と長いスカートでいて、季節が変わったのが良く分かる。
「やぁ、きょうちゃん」
「やぁ、じゃねーよ。暇を持て余しやがって」
はぁ、と溜息を吐きつつ、恭介は今建設中の自分の未完成の家を見上げる桃の横に並んで、見上げた。
土曜日で、作業は休みのようだ。
「さて、どっか行きますか。隣り街か。ファミレスか」
「ほんと、この町、その選択しかないよね」
呆れながら応えた桃も嘆息して、首を横に振った。
「今日はちょっと趣旨を変えて、神社に行こうかなって。散歩」
「神社か」
この町で神社といえば、ここから学校までの通学路の途中にある、あぜ道の脇の階段の上にある森に囲まれた神社の事だ。それなりに大きな神社だが、人の数は少ない。常駐している神主の老人が一人と、その孫である若い、高校生の娘がたまにいるくらいだ。来訪者はそう多くない。
たまには良いか、と恭介は頷き、二人はダラダラと歩き出した。
普段の通学路をなぞる様に歩き、住宅街を抜けてあぜ道へと来る。そこからも数分歩き、そして山中へと続く石造りの古い階段を見つけ、登ってゆく。
階段はやたらと長いが、地元の人間は、筋トレ感覚で登る。
二人が数分掛けて階段を登りきると、そこには巨大な、振りぼけた木製の赤く塗られた巨大な鳥居が屹立し、その奥に広大な土地が広がっていた。社も見える、他にも幾つか古い建物も並んでいる。その内の数個が、神主の家となっている。
二人が階段を登り切り、鳥居をくぐったところで、
「あ、恭介君と、桃ちゃん……だっけ」
久しく見ていなかった顔が、二人に近づいてきた。
「あ、愛理ちゃん」
桃がすぐに反応した。
二人に近づいてきた少女は――片桐愛理。この神社の神主の孫である。
「久しぶりだな。今日は休みだからか」
片桐愛理は、普段は少し遠くの町に住み、そっちの学校に通って、生活している。長期休みの時は良く見かけたが、ただの休日に見るのは珍しい。
桃と並べば大きく見えるが、小ぶりで細身な少女だ。出るところは出ているが。
「そうそう。あと、隣り街にちょっと用があってね」
「そうなのか、まぁ、これも何かの偶然か。遊ぼうぜ」
「うん!」
珍しい顔に会った事で、暇を持て余す必要はなくなった。三人はこの人のいない広大な土地で子供の様に遊び、疲れたら軒下で三人並んで座り、お茶をすすった。
暇を持て余していた神主も出てきて、四人で昔の思い出を話したりもした。
そして、再確認した。
片桐愛理は昔、身体が弱かった。そのせいでいじめにもあっていた。それは、当時から恭介達は触れず、気にせずで片桐愛理と接していたため、今もこうやって仲が良い。
そして、今の片桐を見て思う。身体は良くなっているんだな、と。
走る事も出来るし、楽しく笑う事も出来る。成長とはまた違う成長が見て分かる。きっと、今、高校生は昔と違い、楽しく出来ているのだろう。そう考えて、恭介達は少し安心した。
三人で軒下に腰を掛けて茶菓子を食べている中で、桃が訊いた。
「どう、そっちの高校は楽しい?」
「……。うん、楽しいよ。でも、桃ちゃん達と同じ高校に行きたかったなー」
一瞬、言葉の前に、微妙な間があったような気がしたが、二人はそれを見て見ぬ振りをした。
触れてはいけない、と本能が察した。本人もきっと触れられたくないだろうと思って、敢えて突っ込まなかった。本人の口から楽しい、という言葉が聞けたのだ、それで十分だと思った。
「へぇ。昔は学校つまんないってずっと言ってたのにな。変わるもんだ」
「へへっ。まぁ、時間が経てばイロイロと変化もあるよ。そうそう、変わったといえばだけど、恭介君は大分かっこよくなったねぇ。桃ちゃんは可愛くなった。身長は伸びてないけど……」
「身長の事は言わないでよ! 気にしてるからー!」
「ははは、桃はもう成長期過ぎてる、きっと身長はこれ以上伸びないぜ」
「いや、まだまだこれからだもん」
「ふふっ、だといいねぇ」
そんな、ありふれた会話。冗談も言えば、真面目な話も時折する。
互いが、互いを友人だと認めているが故のこの光景。
だが、今日恭介が連れていたのが、桃ではなく、琴だったらどうなっていただろうか。
答えは見えている。千里眼が、片桐愛理の内に秘められた超能力の存在を、見破るだろう。




