4.希砂悠里―14
見た目は普通のジャケットだった。薄手で、黒く染まったそれなりにオシャレなモノだった。が、受け取って、手に取ってみて、実感した。分厚い。そして、歪である。
どうしてそうなっているのかは、着てみる事ではっきりとした。
「流、これ、すごいよ。全然凹凸がわからない」
純也が関心した様に言う。業火もその隣で頷いていた。
言われ、実感しつつ、流は自身を見下ろして、見回してみて確認した。純也の言う通りで、まるで、外から見た姿は完璧である。日本刀がどうしてもはみ出してしまうが、それ以外、見た目だけで言えば完璧に武器を隠せていて、なおかつスマートに見える状態になった。ベルトを作った彼だからこそ、ここまで綺麗にフィットしたモノが作れたのだろう。
そんな流の姿をつまらなそうに眺めて、マスターが、呟く。
「微妙だよねぇ……」
「え」
流も良い言葉を吐こうとしていたタイミングなだけに、マスターのそんな予想外の呟きを聴いて、思わずそんな間抜けな声を漏らしてしまった。マスターの顔を見て、その言葉が嘘や冗談ではない事を確信して、尚更流は困った。
が、違う。
「その日本刀……。アンタが無能力者だって聴いてたから、単純に切れ味だけをとにかく磨いたモノなんだけど、……折りたためる様なのを作っておこうかな。すぐに展開出来るようにして……」
言葉の後半は独り言の様に自然と声量が小さくなって、ブツブツとマスターが呟いているようだった。
マスターが呟きを止めて、顔を上げ、流を見る。
表情は曇っている様で曇っていない。もともと、全てに対して脱力感や倦怠感を抱いている様な顔だった。そんな顔は流の不安を煽るが、言う事は大した問題にはなりえない。
「ま、イロイロ考えて作っておくからさ。暫くは難しい事もあるだろうけど、それを使ってちょーだい」
マスターはそう言って、カウンターに肘をついて頬付をついてそのまま気だるそうに欠伸をした。初めて彼と対面した流だったが、それがマスターの帰れという合図だという事は察した。
さて、帰るか、と流達が店を出て、階段を下り始めた所で、流の持っていた携帯電話が着信の合図を鳴らした。業火と純也が足を止めて一度流を見たが、先降りてるよ、と純也が言って、二人は降りる足の動きを再開させた。
流は返事をして、階段の途中で立ち止まり、携帯電話をポケットから取り出してすぐに開いた。
画面には、久しぶりに見る名前が書かれていて、思わず、焦った。
その画面に表示される住良木さんという文字を見て、様々な事が頭の中を駆け巡ったが、まず第一に思い、そして、流を焦らせたのは、連絡をしなかった、という事だった。当然いずれ、する気で、忘れていたわけではないが、向こう側から掛けられると、焦ってしまうのだった。
一度細い呼吸を吐き出してから、心臓の鼓動が無駄に高鳴っているのを敢えて無視して、そして、通話ボタンを優しく押した。
「……はい」
声に出すのが遅れた。意図的でない事が、焦りの象徴である。
「あ、流君? 久しぶり」
返って来たのは、流のその焦りなんかは一切無視した気楽な声だった。
そんな明るい声を聴いて、流の焦りは大分消失した。
「どうしました?」
探るつもりではないが、僅かに残った自身の焦りが自然と警戒しているような声色にしてしまっていた。が、電話の向こうにいる住良木は大して気にしていないようだった。
「とりあえず、降りてきなさい」
簡単な命令口調。住良木は笑っているようだった。からかう発言で、冗談めいた発言だったが、それが彼女のもともとの気の強さを表していた。
「え」
当然の反応。だが、住良木は気にしない。
「いいから」
そう言って、通話は一方的に終了させられた。
突然なんだ、と思いつつも、流は、嫌な予感を感じ取りつつ、携帯電話を折りたたんでポケットへとねじ込んで、階段を降る足を早めた。
階段を降りきった所で、業火と純也がいた。二人共当然、流を待っていた。
吉祥寺駅からそう遠くないこの通りには、車もうるさい程にけたたましく走っているし、歩行者も多い。飲食店ではアイドルタイムなんて言われる様な時間帯であるが、通りには関係がないようだった。
階段を降りきって、暫くぶりの日光に当たった流は、二人と合流するその位置で、足を止めた。そして、視線は正面に釘付けにした。
人が行き交い、彼女と彼の間には視線をかき消す壁が出来たり消えたりを繰り返していた。が、流は確かに彼女を見つけた。
「ごめん。知り合いだ。先に車に行っててくれないか?」
流は視線を彼女に釘付けにしたまま、二人に行った。
二人とも馬鹿ではない。流の記憶が戻ったなんて思わなかった。正確な状況を把握する事は出来ないが、流の警戒心のなさまで見て確認して、本当に、ただの知り合いがいるんだろう、とは察した。
「わかったよ。車で待ってるね」
「あぁ、待ってるぞ」
二人が何かを察して何も言わずに先に向かってくれた事は分かった。それが勘違いによる場合である可能性も考えてはいたが、後で説明はいくらでも出来るだろうと、流も大して気にせずにいた。
「お久しぶりです」
右から左から行き交う人々を自然に躱して流はガードレールに軽く腰かける彼女へと近づいて、緊張しつつ、声を振り絞り、そう言った。言うと。彼女は流の言葉を聴くと、優しく、微笑んだ。
奏のそれとは違う、気が強い彼女なりの、優しい笑みに、流はなんとなく懐かしさに似た感覚を抱きつつも、返す様に、微笑んだ。
「久しぶり。偶然見かけたから声を掛けてみた。時間はある?」
住良木は彼の顔を覗きこむ様にして、そう問うた。