4.希砂悠里
4.希砂悠里
手慣れて等いない。それが、自分の特性であってもだった。
希砂悠里の超能力『記憶改変』は存在だけでも強力な超能力だが、挙句ステージ6である。その力は、本人でさえ脅威に思う程である。
集中するがあまり周りに気が配れない事があったり、していたはずの事を別の事で上書きしてしまい、事前にやっていた事を忘れてしまったり、と誰もが思う事、体験する事があるように、超能力にも、そういう類の事が存在している。
希砂は経験している。最近の事ではないが、記憶に深く刻まれている。
意図的であり、意図的でなかった。無意識に超能力が発動してしまい、発動させてしまい、数名の記憶を生まれて物心がついたその瞬間から改ざんしてしまった記憶があった。
だからこそ、今回、重要な事には何の関係もないが、それでも、彼女は流を気にかけていた。
「記憶喪失……」
自身のために用意された超能力制御機関内の部屋で彼女は一人、考える。
この部屋はあくまで彼女を守るために用意されたのであり、彼女を閉じ込めるための牢獄ではない。扉の外には護衛がいるが、彼女が呼んだり緊急事態でない限りは入ってこないし、外出も護衛が付くが自由に出てきている。自宅にいるのとは当然変わるが、それでも、命や尊厳が狙われている中、ある程度の自由を得ているため、希砂は超能力制御機関に感謝すらしているようだった。
希砂は高級な椅子に深く腰掛けて自身の記憶を辿る。
(記憶喪失の人には、あった事なかった……はず)
記憶という人間が持つ不確定な概念についてのプロフェッショナルという自覚のない扱いを受け続けてきていた希砂は、今までにも散々似たような質問や相談を受けてきた。だが、記憶喪失の人間は初めてだった。そもそも、記憶喪失の人間なんて、思ったよりは多いが、数がいない。現存する数がない。
いつの間にか、これは世界で一番、私が分かる話しだ、というプロの自覚を持っていた希砂は、考えていた。彼の力になれないか、と。
(思い当たる記憶操作系の超能力者のリストは碌さんに渡したし、私が知らないで碌さんが知ってる記憶操作系の超能力者も追加したリストが流君に渡ってるか。後は、流君の動き次第だろうけど、今、超能力制御機関忙しいからなぁ。流君も暫く動けないだろうな)
そして、希砂は察している部分がある。
碌達も、流に対して抱くその疑心を、彼女も抱いている。彼女は、だからこそ、彼の記憶の問題に対して積極的なのである。彼の記憶を取り戻させる事で、もしかしたら、もしかすると、何かが劇的に変わるのではないか、そんな気がしてきていたのだ。
「ふぅ……」
今すぐに出来る事はないと踏ん切りを付けて、彼女は深い溜息を吐き出した後、席を立つ。扉をノックすると、外から返事があった。返事に応え、外出する趣旨を伝えると、扉は開かれた。
「希砂さん。どちらまで行きます?」
「気晴らしがしたい。車は出せるか?」
「勿論。目的地はないですか?」
「ない。任せよう」
希砂は出る。護衛として彼女に着いている攻撃型超能力者である『成城詩夏』が歩きつつ、静かに希砂よりも前で先陣を切りつつ、どこへ向かうか、と考えていた。
成城は幼い。それは希砂に比べて、であり、通常は若いと言われる年齢である。
一八歳。長い黒髪はポニーテールとしてまとめていて、彼女が歩く度に可愛らしげに揺れている。希砂の視線は自然とそれを追従していた。それほどにそれは彼女の特徴になっていた。
彼女は強い。攻撃型超能力を持っている。が、当然、一人では心細い。だが、今は彼女の護衛のみである。それは、単純に、燐の行動が、関心が希砂に全く向いていないからである。
碌でさえ、念のため、としか希砂を見ていなかった。それほどだ。追跡者の能力等を使って燐の居場所を特定する事や、行動を察知する事は幾度と無く挑戦してきていて、それでなお、燐の行動は希砂につながらないと見える。この状況は寧ろ、碌が希砂はこの状況であれば、少なくとも今は大丈夫である、と判断しているがためである。希砂も、成城もそれについて碌から直接言及されたわけではないが、察してはいた。
(えっと……どこ行こう。あんまり遠くは流石にまずいだろうし、でも車出せって命令だから、きっと村の中じゃダメなんだよね。うーん。だとしたら、一箇所しかないよね)
愛浦商店の前を通り過ぎた先にある場所に、車は既に準備してあった。これは希砂から指示された成城が準備をする人間に連絡を入れていたためである。
白いセダンの助手席に希砂はすぐに乗り込み、続いて成城が運転席へと乗り込んだ。乗り込んだ所で、成城が気付いた。
「ん。どうやら先に車使ってる人がいるみたいだね。普段一番に出る車じゃないです」
キーを差し込み、エンジンを点火した所で、希砂は「そうなんだ」と相槌を打った。大して興味はないようである。
車が発進する。適当な会話が続いた。山の中から出た所で、希砂がやっと問う。
「どこに連れて行ってくれるのかな。詩夏ちゃん」
「ショッピングモールあるのわかります? アウトレットの」
言われて、数秒間の沈黙。その後に、応える。
「あぁ……昔と変わってなければ、多分」
その言葉に、成城が反応した。
「そういえば、ですけど」
「何?」
「希砂さんって、昔超能力制御機関と何か関係があったんですか?」
単純な質問だった。成城は流達同様、希砂とは今回初めて顔を合わせた。成城は名前だけは知っていたが、当然過去の事なんて知らない。碌や古株と何らかの関係がある事は分かっていたが、それ以外の事は本当に知らなかった。
言われ、問われ、再度数秒の沈黙を経た後、希砂は静かに応えた。
「まぁ、多少はあったよ。特に、碌さんとはあった。彼にはすごい感謝してる」
「感謝……?」
「そう。感謝ね。助けられたからさ」
「ほう……。詳細は語ってくれたりしませんか?」
敢えて冗談めいた雰囲気で成城はそう言った。今までの会話の雰囲気から察して、希砂は語らないだろう、と思ったが、聴いてみたい、という欲があったからこそ、試しに問うてみる感覚で問うてみた。
が、予想外にも、
「ショッピングモールに到着するまでの時間を考えて、少しだけ、教えてあげるよ。別に、隠す事でもないしさ」
そう言って、運転席の成城には察知出来ない程度に口角を釣り上げて笑った。そして、語りだす。
11
「超怖かった」
「うん。僕も」
「なんで俺こんなに責められてんだよ」
流の運転が荒すぎて(正確には、速度を出しすぎていて)奏も純也もグロッキー状態に陥っていた。が、無事に、目的地であるショッピングモールへと到着する事が出来た。
開けた広大な土地にその敷地を有効に活用する形で複合施設としてショッピングモールが存在している。駐車場の敷地面積も恐ろしく広く、都内では見れない程の台数を止める事が出来るようになっている。
駐車場はあまり埋まっていなかった。既に長期休暇の時期は過ぎていて、平日であり、そしてここは田舎で離れだからだろう。この三人からすれば好都合で、のびのびと徘徊する事が出来そうだ、と心躍るくらいだった。
三人は車を止めた所からすぐ近くにあった有名なアイスチェーン店へと入った。そこで適当なアイスを頼み、席を陣取って車に乗り疲れた身体を休める事にした。
店内の客数はそこそこだったが、特に周りを気にせず自由に出来る雰囲気だった。
「で、ここで何するんだ?」
流が届いたアイスを一口頬張り、問うた。
「特に決めてないよね。でも、いろいろあるし見て回るだけでも楽しいと思うよ。初めてな流なら尚更」




