3.CHASER―14
業火は、女にそう指示を出すと、一人歩いて動かない対馬の元へとしゃがみ込んだ。そこまで来た所で、西屋も、恭司も視線をそちらへと向けない様に、意図的にそうした。
単純に、次に生まれる光景を見たくなかったのだ。西屋も恭司もいくらでも人を殺す事の出来る人間で、実際にそうしてきて、そんな光景を嫌でも見てきたが、それとはまた違う。燐が、対馬にする行為は、そんな程度ではなかった。
皮膚が弾け、骨が砕かれ、その先をかき回すような恐ろしく水々しい音が部屋に響くなか、恭司と西屋は燐のその行動が終わるまでに、業火をどうするのか考える。
「どうする?」
「どうするも何も、……いや、どうしよう。殺す必要すらいまいちわかってないんだけど」
西屋の返事に恭司も困った様に眉を顰める。当然と言えば当然だった。彼は敵だが、燐の息子である。が、燐の息子としてのステータスはないも同然。挙句、弱い。
殺す価値すらない、と西屋も恭司も思っていた。このタイミング、この瞬間では、彼はこの先行きていても、何の邪魔にもならないと感じた。寧ろ、生かしておいて、父親への怒りや復讐心を抱かせる事で、逆に使えるのではないか、と思う程だった。
超脚力はの、ステージ3だ。ただでさえただの身体強化をする超能力であり、挙句、ステージ3だ。これから先、成長しても、大した脅威にはなりえない。そういう判断が出来るのだ。二人が力を持っているからこそ、そういう判断が出来る。
部屋には生々しい咀嚼音が響いていた。それを意図的に無視して、恭司と西屋は考える。
考えている内に、考えている時間すら無駄に思えてきて、そして、放置しておくか、と二人とも意見を一致させた。この部屋を出る際に、燐が殺せばそれまでだ、という過程の推測もあった上での、結論だった。死んでいようが、生きていようが、こんな程度の男はどうでも良い、という業火にとっては屈辱的な判断、結論だった。
が、結局、業火が目覚めた頃には、そこには敵も味方も存在しなかった。
「ッ、……ぐ……」
酷い頭痛がした。が、それは打ち付けたからではなく、部屋に充満する酷い臭いによるモノだと気付く事が出来た。ぼやけた視界でも異常と分かる程の、赤と灰と赤。
「何……が、」
そして、視界が晴れると同時に、思い出す。何があって、何が起きて、何がどうなって、自分がどこで意識を失ったのか。そして、理解する。未だ明瞭にはなりきれない視界を染める赤の意味に。
そして、自分が殺されずに見逃されてしまった事実に。
「ッ……、くっそ……くそ!!」
悔しさがこみ上げ、全身を支配すると同時、ぼやけた視界は晴れた。そして、気付いた。異常なまでの光景。そして、異常な姿の死体。
「何だこ……、対馬、さ、ん……?」
見たくない姿だった。異常だった。ただの死体だったらこんな状態にはならない。なるはずがない。そんなのは、大して死体を見てきていない業火でも、理解出来る。
頭部が開かれている。それも、発泡スチロールで出来たクーラーボックスを無理矢理手でこじ開けてしまったかのような、開かれ方。白い骨が剥き出しになっているが、断面には砕かれた後もよく残っている。
そして、その、中身がない。血みどろで、赤一色に染まり、正確な状態はわからなかったが、ほとんど、中身が残っていない事は理解出来た。
中身はどこに言ったというのか。いや、そもそも、
「なんでこんな無残な事が出来んだよ……」
ただ殺す、無力化するだけでは、ここまでの事をする必要はない。そこまで考えれば、その必要があるからこうした、という事が分かるが、今の業火にそこまで考える余裕はなかった。
他の死体も相当だ。恭司が超握力によって吹き飛ばした死体もあれば、西屋による不意打ちの攻撃で絶命した比較的綺麗な死体も存在している。
業火には、辛い現実だった。だが、この瞬間にも、脳裏にはやはり、玲奈の姿が浮かんでいた。ここで気を狂わせれば、玲奈の下へは帰れない。ここで気を失えば、新たな敵に殺されるかもしれない。ここで現実を見る力を持たなければ、玲奈を守る事は出来ない。そう、本能が自身に語りかけていた。
業火にとっては、玲奈が全てだった。だかこそ、仕事を頑張ってきたし、この任務にも意義を持って、実力が及んでいないとわかりながら、戦闘へと出た。失敗した。だが、まだ生きている。
生かされた理由も分かっている。殺す価値もない、寧ろ何らかの方法で使われる可能性がある事さえ察している。だが、だからこそ、自分で立ち上がらねばならない、と分かっている。
「ッ……くそ……」
意識が明瞭になる程、より強く身体を襲う吐き気や痛みに耐えつつ、業火はなんとか立ち上がった。
立ち上がって、俯瞰すると尚更現実を突きつけられるようだった。だが、負けるわけにはいかない。
「……とりあえず、現状保管……」
言葉を放つだけで内臓を口からぶちまけてしまいそうな程の吐き気に耐えつつ、業火はポケットから携帯電話を取り出して開いた。そして、カメラを起動し、恐る恐るだがその恐ろしい光景をメモリー内に収め、そして、送信した。
「ふぅー……」
溜息が出た。全身の力が同時に抜けてしまうかの様だった。だが、気持ちはもやもやとしたままで、暫くは晴れそうになかった。
「このグロ画像に、何か秘密がある、って?」
奏は不満気だった。非常に不愉快だ、という表情をしていたし、実際に口にした。
「お、おいおい……気持ちはわかるけど、一応仲間の死体なんだ。グロ画像とか言うのはやめてやれ。気持ちはわかるが」
実の父親である碌にそう言われ、そうだ、と思い直して奏は心中で彼等に謝罪し、そして見て、考えた。
超能力は遺伝する。遺伝しない場合もあるが、両親が超能力者である場合は可能性は恐ろしく高く、片親が超能力者であってもそれなりに高い。間違いなく無能力者同士の子供よりは高い。
奏も無論、超能力者である。その超能力は碌とは違い、ステージが低くてもそれなりの応用が効き、ステージ関係なしに能力を発揮出来る力である。
その能力を発動し、奏はその画像を見る。画像越しでも使用出来るのが彼女の今持つそれの良い所だ。
そして、奏は胡瓜を切っていた手を止め、包丁を置いて、そして、隣に立つ碌が持つ携帯電話の画面に写っている対馬の死体画像を指さして、正確には、その死体の中身を繰り抜かれた頭の画像を見て、指差して、言う。
「……対馬さんの頭。絶対おかしいよね。これだけ異常な状態なのに、蝶野力の余韻が見えない」
「なるほど」
そう呟いて、自身の携帯電話の画像に写るそれを眉をしかめて難しい顔をして眺める碌。その間に奏は包丁を取り戻して、手元での調理を再開する。再開しつつ、言う。
「仲間なのはわかってるし、私もそう思うけど、食材を扱う所で見せる画像じゃないよ。お父さん」
「あ、あぁ、すまなかったな……」
「はぁ」
聴いているのか聴いていないのか、どちらとも取れる生返事を返した碌は奏の呆れ気味の溜息を背中に携帯電話の画面を眺めたままリビングから出て行った。
その背中を見て、更に溜息を奏は続けた。
「まったく……。いやな状態が続くなぁ……」
仕方ない事は分かっている。だが、こんな状態が長く続いて欲しいなんて、思うはずはなかった。
「奏ちゃん。今碌さんにすげぇ画像見せられた」
「だろうね」
難しそうな顔をした流がリビングへとやってきて、調理中の奏の横に並んだのは数分後の事だった。
「何か手伝える事はある?」
「いや、大丈夫だよ。流は食卓座ってて良いよ。折角休める時間があるんだしテレビでも見ながらゆっくりしてなよ」




