3.宗教団体―1
「宗教絡みってのは世界共通で面倒事が起きるモンだ。戦争にしろ、何にしろな。それに、モノによっては背後に何が付いているか分かったモンじゃない。日本にはジェネシス以外にも危険な存在はある。気をつけてな」
流のその言葉に、場は閉められた。
4
「では、今日も始めます。お布施の方から……」
何か広い空間。体育館を連想させるような広さと天井の高さだが、見た目がそのイメージには伴わない。真っ白で、木目が所々に感じ取れる、そんな、葬式場のような空間だった。LEDの大型電球が並ぶ天井は直視出来ない程に白く眩しい。冷房が効きすぎているのか、肌寒い空間であった。
前方にある壇上に、二人の男がいた。一人は老人。そして、その斜め後ろに付き添う様にしているのが若い男だった。黒髪のオールバックが堅いイメージを連想させる目つきの悪い男だった。老人の方は蓄えた髭と眉毛と髪、その全てが真っ白であり、遠めに見たらこの室内の壁紙と同化してしまいそうだった。
そして、その二人の前方。壇上から一メートル強下がった位置にあるフロアに並べられたパイプ椅子が大凡二○○。その全てに、誰かしらが座っていた。その全員が――壇上に立つ老人が主導する『フレギオール』の信奉者である。
その人の羅列の中央左。一人の中年の女性がいた。近藤林檎。蜜柑の母親である。その懐には、大金の入った封筒が入っている。林檎だけではない。他の人々も皆、それぞれの金額を入れた封筒を持ってきている。
この部屋の後方に待機していた黒服の連中が後方の席から順に、その封筒を奪う様にして回収し始めた。徐々に前に迫る黒服。あっと言う間に林檎の下へとたどり着き、手を伸ばした。林檎はそれに素直過ぎる程に応え、懐から封筒を取り出し、お願いします、と一言添えて黒服に封筒を奪われた。
数名の黒服はそれら全てを回収し終えると、自身の懐にそれをまとめてしまいこみ、また後方へと戻って行った。戻ると、壁に沿うように並び、待機した。
それを確認すると、再度壇上のスーツ姿の若い男が話し始めた。
「では、お布施を頂けたようですので、今日はまた、『新たな力』をお見せしようと思います。では、片桐愛理さん、どうぞ」
若い男がそう言って、壇上の袖に目をやると、そこから若い女が余所余所しく出てきた。片桐愛理と呼ばれた女だ。身長が低く、素朴な雰囲気が、いかにもな高校生らしさを醸し出している、どこにでもいそうな女子だった。
その女子は中央に居座る老人の斜め前まで来たところで立ち止まり、段下の皆に向かって一礼した。
そして再度、若い男が喋りだす。
「彼女、片桐愛理さんは、フレギオールへの有り余る程の信仰の末、新たな『特異の力』、『サイコキネシス』を手に入れました。では、その信仰の力を、皆さんに」
そう言って若い男は片桐愛理に合図をする。と、片桐愛理は頷き、両手を前に出した。そして目を閉じ、唸るような小さな声を上げると――、
歓声が上がった。
――老人の前に合った台座が僅かにだが浮き上がり始め、それは老人んお頭上にまで持ち上がり、そして、ゆっくりと下の位置へと戻って行った。
その光景に、場は沸いた。
誰もが、『信仰すれば特異の力を得る事が出来る』と確信してやまなかった。片桐愛理もつい先日までは、段下の人間の中にいたのだ。そんな人間が特異の力を得た、その事実が信奉者に期待を持たせていた。そして、そんな光景を見て、信奉者は急激に増えていった。
中には大金を巻き上げられている、と実感している者もいた。だが、特異の力を周りの人間が順に得て行く光景を見て、特異の力のためなら、と黙認して金を払い続ける者が大半だった。
若い男が笑んでいるが、その表情は誰の視界にも入らなかった。皆の視線は片桐愛理と、持ち上がった台座に集中していた。
歓声止まぬ中、若い男が場を仕切る。
「片桐愛理さん。ありがとうございました。自分の席に戻ってくださって結構です」
若い男に言われると、片桐愛理は「はい」と頷き、段下の皆に一礼した後、袖へと戻って行った。
「えー、では。フレギオール総司。五十嵐喜助様のお言葉を、」
と、若い男が言うと、老人が咳払いをし、話を始めた。白い髪の目立つ威厳を感じさせる老人。彼が、五十嵐喜助である。
「さて、皆さん。本日もお集まりいただき、ありがとうございます。皆様の信仰あってこそ、フレギオールは活動を続けて行けるのです。全人類に、『特異の力』を授ける、という活動を」
五十嵐喜助の声は低いが、良く通る声だった。そんな声で長々と、フレギオールとはなんたるか、と語った。一時間程だろうか。そんな長話を、全員、黙って、微動打にせず聴き続けたのだった。
5
「私の調べだけど」
地元唯一のファミリーレストラン。学校が終わり、NPCでの仕事が終わり、恭介、桃、琴は三人でそこに来ていた。恭介が一人で座り、恭介と向かい合う形で女子二人が腰を落ち着かせている。
琴は言って、話しだした。
「フレギール。この街だけでも一○○人近い信者を得てるみたいだね。名簿と照らし合わせたわけでもないけど、それくらいはフレギオールに貢いでるってことはわかった」
「うげ、一○○人ってまた多いな。この田舎町の人工どんだけだと思ってんだよ」
「そうだね。多いなぁ。お母さん達も入ってなきゃいいけど」
桃の家族なら心配ないだろうがな、と恭介は思う。
「それにね、」と、琴が続ける。「フレギオールのトップは五十嵐喜助だって話だけど……、やっぱり、裏で何者かが手を引いてると思うの」
「そうだな。俺もそう思う」
「一度、総会にでも出てみるといいかもねぇ」
桃の提案に、琴が頷いた。
「うん。この目で見ちゃうのが一番早い。土曜日までに下調べをして、その上で最善策を尽くしたいからね」
総会が開かれるであろう場所はブリーフィングで確認してある。少し離れた街にある巨大なフレギオール本部だ。東京都内なため、交通網は良い。都内や隣県の人間は基本的には本部に集まるようになっているらしい。
「問題は日程だね。いつやるのかなんて知らないし」
桃がうーん、と唸る。もしかすると、結構の土曜までに総会がやらないかもしれない。
「信者に訊くのが一番早いだろ。俺達信仰したいんでーっすって感じで適当に近づいてさ」
「そうだね。あと、潜入は桃ちゃんにお願いする事になるね」
琴の言葉に恭介が首を傾げる。
「なんでだ?」
「きょーちゃんが行って顔を覚えられて当日、変に警戒されても困るし、私は千里眼でのサポート役だからさ」
琴の徹底と言える警戒に、納得が行ったわけではない様子だが、恭介はとりあえず「なるほど」と頷いて置いた。
「任せて。大丈夫」
桃は頷いて見せた。
「まぁ、演技をして中に進入して総会の様子を覗くだけだし、危険な事はないと思うけど……、もしもの時のために、私ときょーちゃんも近くで待機しておくからさ」
琴の言葉に桃は「ありがとね」と返した。
そんな中、恭介が横から話を突っ込む。
「つーかさ、千里眼で外から見てればいいんじゃねぇの?」
恭介のそんな間抜けな発言に琴は少しだけむくれて、僅かに怒っているような素振りを見せて返す。
「千里眼じゃ音まではわからないんですー。声は聞こえないんですー。なんでも出来るわけじゃないんですー」
むっ、とした琴に恭介は適当な軽めの謝罪をすると、琴はなお不満げな表情を強めてそっぽを向いた。
「きょーちゃんのばーか」
「えぇ……、」
「なんか最近、二人仲いいよね」