3.CHASER―12
「ッ、」
悪寒が走った。身体のいずれかに何か飛沫の様なモノが付着している様な感覚を服越しに感じた。振り向いたのは、紫島だけだった。敵にロックオンされている紫島だけだった。他の皆も振り返りはせずとも、理解していたし、その光景の反対側に立っていた猪方は既に見ていた。
「他愛もない」
恭司が、いた。下ろした右手からは多量の鮮血が垂れていた。そして、その足元には、首から上が存在しない、首から鮮血をあふれんばかりに吹き出させている新鮮な死体が、転がっていた。その正体は、顔をみずとも分かる。
(塚田がやられた……!!)
猪方が思った通り。恭司と正対したのは塚田だけだった。ミスを、おかしたのだ。ミスさえなければ、単純な体術技術の力量では塚田が勝っていた。だが、そうはならなかった。ミスをおかしたのか、ミスを誘い出されたのかまではわからない。だが、結果は結果だった。
事は同時に動く。
恭司の顔がゆっくりと持ち上がり、対馬達を見る。次はあいつらだ、という視線を向ける。それと同時、燐が右手を持ち上げて、その開いた掌を紫島へと向けた。そうなれば当然、対馬、業火、猪方の三人も動き出す。が、それ以前に、猪方は塚田の頭が恭司によって吹き飛ばされるその光景を見れた一人だ。既に、恭司の動きを察して動いていた。燐を無視し、対馬も業火も無視して、恭司へと一直線に迫っていた。
「恭司。がっかりだ」
猪方は恭司が動き出すと同時、跳んだ。跳躍した。地面を蹴って、大きく前へと跳んだ。恐ろしい程の跳躍力だったが、この力は超能力ではない。ただ単純な、鍛錬故の筋力である。
跳躍し、空中で距離を詰める猪方はその台詞と同時、身体をひねり、横に一回転する。単純に、威力強化。遠心力を乗せるためだけの行動だった。だが、それは倍増する。
猪方の超能力は『腕力強化』。ステージは6である。業火の足、そして、猪方の腕であるが、その超能力としての位置は、全く違う。業火の脚力強化に対しての腕力強化。単純に、ステージの差がある。業火の脚力強化はステージ3。壁を壊したり出来るが、その程度である。だが、ステージ6の超能力だ。種類が違えど、ステージが違うだけで、単純に戦力としての力量差が違う。
着地、そこは恭司が一歩踏み出したその一歩先。同時に、腕が振るわれる。顔面を吹き飛ばすかと思われる程の裏拳。
「ッ!!」
恭司はその超能力を、知っている。だからこそ、単純に防御に入った。だが、それは、恭司ならではの防御体勢であった。両掌を、蹴りが来ると思われる軌道に置く。が、手を出したと同時、それは衝突した。
そもそも、恭司の超握力は触れたモノが崩壊してしまう様に見える程に、強力な握力を手に入れるモノで、つい先程もその右手で塚田を殺したばかりだ。触れただけで、その頭部を消し去ってみせた。だが、所詮は握力である。
猪方の腕は引こうとはしなかった。
猪方も、恭司のその超能力を知っている。知っていて、攻撃を仕掛けている。
つまり、勝算を勝ち得ているという事。
猪方の裏拳が、恭司の両の掌に衝突した。が、
「ッ!!」
「ぐうっ」
弾けた。正確には、互いとも、弾いた。まるで衝突したパチンコ球の様に両者跳ね、そして、互いの距離を二メートル程にしところで、一瞬、静止した。
足が消し飛ぶ事もなかった。掌が砕ける事もなかった。単純な、超能力同士の相殺が起こったと考えられる、が、その事実はどうでも良かった。二人からすれば、どちらかの力が打ち勝つだけ、という考えだった。ステージ5よステージ6の対決だ。ステージの高い猪方は今の様な引き分けはあっても、負ける事はないと考えた。だからこそ、攻撃の手を緩めるような真似はしなかった。
(攻撃は弾ける。面積の広い分単純にこちらに部があるな)
(くっ……。更に面倒なのが出てきたか……。でも、腕以外を掴めば勝てたも同然だ)
両者とも、引くわけにはいかない。
そして、燐の持ち上げた掌から放たれた衝撃を、察知した対馬。業火は遅れて反応した。視線を奪われていた紫島も、感じ取るのは早くとも向き合うまでの時間はワンテンポ遅れてからになってしまった。
当然、ここで仲間を失いたくない。タイミングがまだである。既に塚田を失った。そして人手を取られ、燐と相対するのがステージ3の業火を含む三人になってしまった。最悪の展開だ。より最悪がある事も分かっているが、現在考えられるだけの、最悪である。
対馬が、紫島の前へと出た。同時、紫島を押し、攻撃の軌道から彼女を逃した。そのまま、対馬が逃げる事が出来ればよかったが、その時には既に、攻撃は対馬へと到達していた。
「ぐぉおおおッ!?」
対馬の身体は真正面からその不可視の衝撃波を受けて、大きく後方に吹き飛んだ。車に突っ込まれ、そのまま無抵抗に跳んだという例えが間違いではない、と言い切れる程の、恐ろしい飛び方だった。そのまま対馬はその先の剥き出しのコンクリートの壁へと戦火を打ち付けて、地面へと落ちた。うつ伏せに崩れ落ちた。
「対馬さんッ!!」
突然の事で、業火の視線が奪われてしまった。最悪。負の連鎖である。
「人の心配をしている場合か、お前がこの場で最弱であるのだぞ」
耳元で、囁くようだが、不快な声。業火の脳がその音声信号を認識したと同時には、業火の視界内に移る景色は、上下逆さまになっていた。気付けば、天井だけが映っていた。
攻撃を受けて、気付けば地面に落ちていたと気付いた時には、すべてが終わっていたのだった。
「業火ッ!!」
対馬は叫んだ。まるで、瞬間移動の様な意識外の移動を見せつけられたのだが、それについて考えるよりも前に、対馬は動いていた。仲間が大事な気持ちもある。だが、それ以上に、このままでは任務を全く遂行できないまま、終わってしまうと考えた。
任務が遂行できない。死んでしまえばそれまでだが、このままでは、超能力制御機関が動けなくなってしまうと理解している。対馬達は第二隊だ。この次は、ない。最強の戦力達は、今タイミング悪く動けなかったのだ。彼等がまとめて戻ってくれば話しは別だが、まだ、時ではない。
ここで何の結果も残せなければ、暫く、燐に直接手を出せなくなってしまう、という事になるのだ。
それは、まずい。
(まずい)
対馬が見たのは、燐の綺麗過ぎる程の回し蹴りにより、宙に浮かび、吹き飛ばされて地面へと落ちたその光景。業火は暫く動きそうになかった。意識を失っているか、死んでいるか、その時の対馬には判断できそうになかった。
この瞬間だった。既に紫島がカバーに入っていた。
紫島はしゃがみ込み、地面に手を叩きつけるように置くと、数メートル先に、業火を蹴り飛ばした余韻でそこに留まっていた燐を貫き殺さんとばかりに、彼の足元から、いくつもの、鋭利な円錐型の氷が突き出した。これが、紫島の能力である。
『氷生成』。単純な話し、氷を作り出す超能力である。単純な能力ではあるが、応用が効く。ステージに左右はされるが、その限界の大きさ、面積、体積、それに出現させる距離までもを、自在に設定出来る攻撃型超能力である。
が、しかし、燐は『ズレる』。
その光景を見た紫島も、ズレた、と感じ取った。
見た光景は、無数の氷の針が燐を下から貫こうと出現する直前に、超能力の発動を感じ取ったと思える燐が、横にズレる様にして、そこから避けた光景だった。
「なっ……」
動作は、体制を低くして地面に手を伏せるだけ。それを、察知し、見極め、確実に、燐は避けてみせたのだ。