3.CHASER―11
燐のその言葉に、対馬は冷たすぎる視線を向けはするが、それでも、何も言い返さなかった。
対馬は悔しい思いをしている。しているが、理解している。単純な力量差で、勝利する可能性は圧倒的に低い、零に近いのだ、と。彼等はやはり、第二隊でしかない。第一隊よりも、戦力が劣っているのは皆が分かっている。それに今回は、敵もそれを分かっている。
言わば最悪の状況だ。だが、対馬はそれでも、その勝ち目のないに近い戦いの中で、何かを得て持ち帰らなければならないと思っている。それは当然、燐の超能力の正体の情報を、持ち帰るという事。
目指すはそこである。
故に、挑発にはのらない。燐と対峙するそもそも目的ではないし、勝利も目的ではない。
その対馬の無視まで、燐の予想通り。対馬がそういう男だと言う事を燐は知っている。敢えて挑発したまでだった。ただ単純に、あの襲撃の際に仲間を殺されてその怒りをぶつけにきただけでないと、それだけ分かっただけでも重蔵にとっては大きな収穫だった。
「ふん」鼻で笑い、「これで、心置きなく殺せるな。お前の事は嫌いだった」
燐はそう言う。
対馬は、
「そうか」
そうとだけ、応えた。
その対馬の言葉の直後、構えた。超能力制御機関のメンバーは全員が戦闘体勢へと入った。
「ふぅー……」
業火が視線を真っ直ぐ実の父親へと突き刺したまま、息を抜く様にゆっくりと酸素を吐き出した。自分を再度、確認する様に落ち着かせるためだった。先程対馬に止められて冷静になれている自覚はあったが、それでもまだ、もっと、より、冷静になるべきだと自身で判断しての行動だった。
それだけ、覚悟がある。
「よし、やってやる」
業火は誰にも聞こえない様にそう呟いた。
と、同時だった。恭司が、恭司だけが、立ち上がった。深く腰をかけていた椅子から腰を上げ、立ち上がり、そして、一度テーブルに手を置いたまま溜息を吐き出し、そして、振り向く。
正対した恭司に超能力制御機関の五人の視線が突き刺さる。
が、『狙っている』のは、塚田一人である。
これは、対馬の指示であった。
対馬の指示どおり、一瞬の後、塚田はメンバーの中から飛び出した。恭司もそれに反応して前へと出た。
「ほう……」
その光景を見て、燐は思わず関心した。理由は分かっていた、だが、リスクが高すぎる選択だと燐は、超能力制御機関の『やりかた』を考えると、選択しがたい選択だ、と思っていたからだ。だからこそ、関心したのである。
判断は、燐が察した通りである。
恭司は掌のみに超能力の効果を発揮させる事が出来る。つまり、体術で上手い事いなしてしまえば、勝ち目はある。
勝ち目があるかどうかはわからなかった。わからなかったが、彼なら、塚田なら出来る、と信じた。彼の体術は、反射神経は、それなりに高められているのだから。
恭司の左腕が恐ろしい程の早さで一直線に塚田の顔面に迫った。大きく開かれた掌を見れば、顔面を吹き飛ばす勢いを持っている事が分かる。だが、見えている。
「しっ!!」
息を抜く音。透視の超能力者塚田はその見えている光景、景色、そしてその中で動く、動きに、反応をしている。身を屈め、斜めに逸れるように右に避けて自身の左側を恭司の腕が通過したと同時、塚田の左手が恭司の右手首を掴み、身体を翻しつつ右手を彼の脇の下へと添え、そして、そこからひねるような回転と、投げ。
恭司はしまったと思った。恭司だって、塚田の事を知っている。知っているからこそ、その技にかかりたくない、避けて戦わねばならない、と思っていた。
だが、単純な身体能力、戦闘経験、センス、反射神経、判断力、それが、恭司よりも、塚田の方が上だった、というだけの事。
恭司の身体が重力を無視したかと思える程の勢いで持ち上げられる。異様な光景だった。細身の塚田が、自身よりも屈強に見える恭司をやすやすと持ち上げるその光景は。遠心力やテコの原理等、義務教育を無視しても誰でも知っている様な原理だけで動くこの柔法の技。それは、単純でありながら、人体に移動エネルギー等を乗せて何倍もの衝撃で対象に付加を与える攻撃である。
恭司が背中から剥き出しコンクリートの床に背中から叩きつけられる衝撃音が炸裂する。部屋に響き渡るその音が鳴り響く頃には、他の四人は既に、その奥に未だ鎮座し動かない燐を囲んでいた。
「がっ!!」
恭司の呻き声が反響する衝撃音に重なって響いた。が、すぐに恭司は立ち上がる。寝ているという事は無防備と同等とも考えられる状態である。当然恭司はすぐに飛び上がり、恭司の頭が合った場所には塚田の足が入れ替わりで落ちていた。
「ッ、くっそ……」
だから、こいつは避けたかったんだ、と思いつつも、こういう形になってしまった以上は仕方がない、と考える恭司。そこまで結論を出していれば当然、勝つための手段を考える。
対して、燐は、恭司に関しては、足止め程度で良い、と考えていた。そもそも、燐は五人に囲まれようが負けるという気が起きていない。だが、数が減ればそれはそれで楽に事が片付くとも思っている。それに、恭司は使える、と判断しているからこそ、側近としているのである。
じりじりと四人と燐の距離が詰まる。燐は動いていない。未だ腰を椅子に深く掛けている。視線はテーブルの上へと落とし、まるで死んでしまっているかの様に動かない。詰めているのは四人で当然である。
一定の距離で止まった。攻撃を仕掛けないのは、燐の動きを一瞬でも見るためである。皆が燐に勝てる可能性は低いと考えているのだ。それでも恭司に塚田を付けさせたのは、恭司という邪魔を排除して、燐の動きに集中するためだった。
そこまで来てやっと、燐は立ち上がった。椅子を後ろへと押して、何の違和感もなく椅子から立ち上がった。そして、深い溜息を吐き出した。
全員が警戒体勢を更に強化した。あくまでそれである。まだ、超能力的な意味での動きは一切ない。まだ、タイミングではない。
だが、仕掛けるという方法がある事も忘れていない。
「お前ら、」
燐の口が開かれたと同時、だった。
初めて、超能力的な動きを見せたのは、紫島だった。彼女が右手を素早く、何かを払う様に振るったと同時、その軌道から、銀色に輝く何かが目で追い切れない程の速度で、燐の顔面目掛けて飛び出した。大きさは五○センチ程で、形はまるでブーメランの様。そして速度は、銃弾を超える。
これが、この攻撃がなんらかの方法でダメージにさせない、という事は分かっていた。仮に攻撃があたってしまえば、それはそれで結果オーライである。
その、動きに超能力が見える、皆がそう判断した。燐の動きを警戒しつつ、動きや超能力発動の瞬間を見逃さない様に目を凝らした。
だが、四人の視線が集中する先、燐は、弾丸を避けた。四人共、驚愕した。言うまでもないが、その時の燐には超能力を発動した様子はなかった。ある種の超能力が発動されただろう、という予測は出来ているが、アテにはならない。正確な情報ではない。
これでは逃げる事も出来ない。
首を僅かに右に傾けた燐はつまらなそうに眉を顰め、そして、攻撃を放った紫島を見ていた。
「ッ、」
まずい、と紫島も、その視線に気付いた仲間達も、思った。紫島を守らねば、燐が仕掛けてくる。そう察した。脳が自然にそう感じ取っていた。
燐の首が戻る。骨がなる音が響いた。が、同時、何かが、破裂する様な、そんな空気が弾ける振動が響き、分厚い音が鳴った。