3.CHASER―5
「どちらだ……、」
そう呟くが、恭司は理解している。彼はもともと、超能力制御機関の人間なのだ。超能力を隠していたが故に根幹まで近づく事のできなかった燐よりも超能力制御機関に近かった人間だ。
(どうせ一つの車に詰められて来たんだろう。今、燐さんが動いているからな。人手も車も足りないだろうし、当然だ。今いた二人に……いて、もう一人のスリーマンセルだろうな)
だとすれば、向かう場所は数カ所に留まる。
(それに、俺達を発見した事を考えると、燐さんは何も言わなかったが、さっきまでいた二人の内一人がそういう類の超能力者。もう一人は反応の早さから察するに戦闘用超能力者。一瞬間を空けても攻撃してこなかった事から逃げる判断を優先させた事は明瞭だ。逃げ出したが故に単純だ。もう一人が大事なわけでもない。二人で逃げる事を優先させた。……生きて帰る事を)
そこまで考えた時点で、向かう先は想像出来る。通りまで近いというだけの理由で出て右へと歩き出した恭司の頭の中には、付近のコインパーキングのマップが浮かんでいた。経費が出る事や、駐禁を取られたりして書類に残る事を嫌う超能力制御機関の考えからすぐに想像出来た。
逃げる流達も、まさか追跡者を察知されるとは思わなかった。故に、恭司が超能力者制御機関にいたという事に対しての警戒をしていなかった。既に、燐に今制御機関にいただけの最高戦力を叩き込んだ後だ。尚更、もっと強力な超能力者が送られてくる、と想定された、と想定していたが、そうではなかった。相手は臨機応変に対応してくる。挙句、タイミングは最悪な事になった。流にとって、だ。
流は無能力者ながら双刃を撃退している。その事実を知る人間は少ないだろうが、燐側の人間にも知る人間がいる可能性がある。恭司だって燐にその事実を伝えている可能性が高い。だからこそ、勘違いされ、流は強力な超能力だ、と思われている可能性が跳ね上がった。
警戒されれば、流が無能力者である、という特性が無駄になる。
案の定、恭司は知っている。
(燐さんの言ってた見た目から察するに……、流君とやらか。……その力、試さしてもらうよ)
そして、恭司は狙う。戦闘用の超能力を持っていないとされる流のその戦いを。当然、補助用超能力者の純也は当然、簡単にあしらえると判断している。
「……、あんまり時間を空けないでなんとか逃げれたみたいだね。よかった」
乗ってきた車を止めていたコインパーキングで精算をしながら、純也はそう嬉しそうに呟いた。
これが、追跡者の性質。単純な事だ。これについては純也と一緒に任務をこなした人間や、彼に関する資料にしっかりと目を通した事のある人間であればそれに関しては把握している。
彼が先程まで目を閉じて、動かずに能力を発動していたのは、そうした方が単純に集中力が上がり、その精度等が向上するからである。だが、精度をある程度下げれば、動いたままでも、目を開いたままでも発動する事は可能なのである。
それに、今回の出来事によって出来た純也と流との距離は近い。集中せずともほぼ正確に位置を把握出来る程である。
車のタイヤ止めが降りる機械の駆動音が聴こえる。純也は小走りで車へと乗り込み、すぐにエンジンを掛けて車を通りへと出した。出して邪魔にならない位置で停車した時点で、
「待たせた! すぐに逃げよう! 追ってきてやがるッ!!」
流が助手席へと飛び込んできた。滑りこむ様に助手席へと乗り込むその動きも何故かスムーズ過ぎて純也は違和感を覚えるが、それに構っている余裕はない。
ハンドルを握り、アクセルペダルを踏み込んでルームミラーを見ると、人混みを避けつつ、押し抜ける様に全力で走ってくる影が見えた。流はその影を初めて見るが、当然純也は見覚えがある。
「来たね。恭司さん」
「絶対に捕まりたくないから早く出してくれ」
車が発進する。発進さえしてしまえば逃げ切る事が出来る。流石の恭司だって車に追いつく事は出来やしない。幸いにも道は空いても居ないが混み合ってもいない。
だが、しかし。
「ッ!! なんでだよ!」
「恭司さん、やってくれるね……ッ!!」
車は、発進しない。だが、甲高いアクセル音はけたたましく響いていて、車体を振動させている。歩道に人混みが出来ていた。動きのない人混みだ。その人混みの全てが、流達の乗る車と、その後ろを見ている。
流達だって、振り返り、ルームミラーを見て、気付いている。
車のすぐ後ろに恭司の姿があった。右手を伸ばし、車を『掴んでいる』。
指先が完全に車体に食い込んでいる。板金を突き破ってその中へと入り込んでいる。そして、その先は恐らく、『調整』している。そうでなければ、車体の掴まれている部分が崩れ落ちてすぐに逃げ出せているはずだ。
(握力の調整が出来るのか……!?)
流は気付いた。純也は、知っている。
「なんでッ!?」
超能力者。超能力の世界に長くいるからこそ、流よりも先を考える事が出来ている純也は、この光景を不思議に当然思う。
そもそも、当然として、超能力を一般人の前で分かる様にふるうなど、会ってはならない事で、敵味方問わず、暗黙の了解としてそれは存在している。故に流と双刃が戦った時も、人目のない場所にまで移動したんのだ。
だが、今、この車を止めている恭司のその姿は、超能力を直接的に連想はさせずとも、一般人に強烈な違和感を植え付ける程の衝撃的な光景である。携帯電話を取り出して写真をとっている人間も多い。何かの撮影等と勘違いをしている人間もいるが、そもそもカメラなんて近くにはない。
逃げられない、という事実ははっきりとしている。だが、ここで車から飛び出すわけにはいかない。
が、そうも言ってられない状態になっていた。
車体にさらなる違和感だらけの衝撃が走る。その光景は、近くにいる誰からも、そして車内でどう動くか悩んでいる二人からも、はっきりと見えていた。
伸ばした手が、左手へと変わっている。そして次の瞬間には右手が別の場所、より車内へと近い場所へと突き刺さり、左手が更に先へと突き刺さる。
近づいている。手が車へと突き刺さる度に、人混みもとい野次馬から悲鳴が上がる。
異様な光景、異様な緊張感が続いていた。野次馬連中は時間のない急いでいるモノ以外は残っていた。皆がこの先、次の瞬間には何が起こるのか、恭司が流達へと到達した瞬間、事が終わるのか、と期待してしまっていた。故に、引かない。それ以前に、攻撃用超能力を持っていない二人だ。派手な反撃はどちらにせよ出来やしない。
故に、逃げなければならない。
逃げるためにはどうするか、と二人とも頭を高速で回転させて考えていた。
だが、答えはそう簡単にでやしない。焦りもある。時間はない。
「どうする!!」
流が叫ぶ。
「とりあえずアイツの隙をついて、車外に飛び出して走って逃げるしかないよね! とりあえず飛び出したら車向かって前方に走ろう。途中で歩道に入って人混みに紛れつつ前進で。恭司さんを巻いてからタクシーにでも乗るしかないッ!!」
仕方のない判断だった。時間をかければ恭司が前進を止めない車を無理矢理に引き止めてでも恭司は二人の乗る前部に到達する。そうなる前に、飛び出さなければならない。アクセルペダルを踏む力を抜けば、恭司は能力を使わずとも到達してしまう。故にタイミングを合わせなければならない。
「せーのっ!!」
同時、アクセルペダルを踏み込んだ足をのけて、二人とも、扉を思いっきり開いた。




