3.CHASER―2
「現状は、今言った通りだ。恵夢ちゃんだけが生き残って戻ってこれた。それも、瀕死の状態でだ。最期に聴いた言葉から察するに、恵夢ちゃん以外、生き残れなかった。そして、相手は燐一人だった、との事だ」
「一人って……ッ!!」
流も思わず驚いた。間抜けにも声を上げていた。
皆が想定していた。燐は身の周りを強力な超能力者で固めているだろうと。だが、報告から察する現実は、燐一人に超能力者制御機関の精鋭部隊が、壊滅状態に陥れられたというモノ。
決まったわけではない。
「近くにそういう類の戦闘が出来る超能力者がいて、そう、見せた可能性もあるが、ここは恵夢ちゃんが目覚めてからハッキリするだろう」
だが、可能性は圧倒的に高い。何故なら、彼は既に長年神流川村の人間達に神流川村にいながらその超能力を隠していた程の男なのだ。まだ他に何かを隠していても不思議ではない。
「……そうですか。恵夢ちゃんの回復を、待ちましょう」
そう言ったのは純也。声色は自然と暗くなっていた。普段から少しばかり声の高い彼だったが、今回ばかりは沈んでいた。感情を押し殺しているのは見て分かったが、流も碌も敢えてそれには触れないでおいた。触れてしまえば、崩れ落ちてしまいそうだったからだ。
その間、当然流含む純也、そしてもう一人の隊や、一部の隊は任務から外された。結局流は隊長を務める予定でいるそのもう一人には会えない状態が続いたが、それに関しては全く気にならなかった。
多くの人間が、恵夢の回復と目覚めを待つ事となった。特に、
「……お兄ちゃん」
純也は待ちわびていた。
報告が入ってから一週間は自宅謹慎の様な時間が続いていた。流はまだこの村に来て日が浅く、特別な感情の揺らぎなんてモノはなく、郁坂家内は時折談笑が出来る程度には自然で入られた。葬式等の様式をこなしたが、やはり流は他の皆程の感情を抱く事は出来なかった。それが当然であるし、それが普通。誰も流のその合わせてくれているという態度には気付いていたし、皆はそれに感謝しているくらいだった。
死体のない葬式やお通夜を終えた後、数日をこなした後、恵夢が死の局目からは免れる事が出来たという報告が入った。
そこから流と純也は任務を開始する事になった。もう一人は戦力としては申し分ないために、一端だが他の隊へと移って通常の任務を熟す事になっていたため、やはり流はまだ、もう一人には会えなかった。
戦闘要員であるもう一人がいないため、流達はどちらかと言えば派遣よりも事務作業という意味での任務が多く渡された。それらをしっかりと一週間こなし終えたその頃になってようやく、恵夢が目覚め、会話をする事が出来る程度に回復したという報告が入った。まだまだ完治まで時間はかかるが、意思疎通さえ出来れば、話しを聴く事程度は可能だ。処置をした医者の実力が高い事が分かる。医者を知っている人間の皆はその実力を改めて認識した事だろう。
恵夢との面会は家族である愛浦一族と、碌だけに限られていた。現状は、そうとしか出来ない程なのだろうと皆が察していた。
そして当然、報告が皆に入る。対燐用の隊として編成されている流達には比較的早く情報が入ってきていた。
「……燐一人に、全員がまじでやられるとは……」
流も燐に対してさん付けする義理すら感じなくなっていた。
純也の表情は相変わらず曇っている。
入っていた報告はこうだ。燐は謎の戦闘用超能力を使用して襲いかかる超能力制御機関のメンバーを次々と殺していった。恵夢は戦闘前半の時点で戦闘不能の瀕死状態にまで追いやられるが、命をなんとかつなぐ事ができていて、その戦闘をほぼ最期まで見る事が出来ていた。最期の最期でメンバーの内で移動系の超能力者を持っている人間に逃がされた恵夢。最期の気力を振り絞ってなんとか神流川まで逃げ切る事ができてた、という事だった。詳細はおってまた報告する、という言葉が最後に付けられていたが、あまり期待は持てないだろうと大勢が思っていた。付属されていた報告は恵夢の現在の状況だった。骨折複数箇所に内臓の破裂等、二週間でここまで回復するか、と思える程の状態だった。完治までは恐ろしい時間を要するのは明瞭な事実だった。
「……さて、問題だが、お前達と話す時間は終わった。私は元の隊に今から戻るよ」
もう一人はそう言って今の隊の仲間達に話しを付けて、そして、やっと今日、あれから二週間経過した今、流と会う事が出来るのだった。
「……やっと今日、隊長さんと会えるんだよな」
報告があった。事がいろいろと進展した。だが時間を要した。だからこそ、なのか、純也も気持ちの整理が出来たようで、普通の空気というありきたりな存在が二人の間には戻ってきていた。
「そうだね。予定通りなら、だけど。なんだかんだ二週間延期って形にはなったからね。仕方のない事だけど」
なんて、語っているのが悪いのか、それか、タイミングが単純に悪いからなのか、そのもう一人、隊長が二人の元へと到達するよりも前に、扉が開いた。
「流、チェイサー。急ぎで任務を頼みたい。少し俺の部屋へと来てくれ」
開いた扉から顔を出したのは碌だった。そう言って二人共自身のオフィスへとすぐに来る様に手招いた。その様子から時間に余裕がない事ははっきりとしていて、隊長を待っている場合ではない、と気付いてしまった。
流は呆れた様に純也を見た。純也も同様に流を見た。そして、二人とも嘆息した。しかたない、行きますか、とそれぞれの言い方で言って、二人は部屋から出て行く事にした。
「あれ」
隊長がその部屋に入ってきたのは、二人が出てから数分後の事だった。狭い部屋だ。見回すまでもなく視界内に全てが収まる。が、一応に、確認するてに見回して、そして、再度、
「あれ?」
首を傾げた。
「待ち合わせしてたの、この部屋だよな……? 違ったっけ?」
こうしてまた、流が隊長と会うタイミングは思いっきり引き伸ばされたのだった。
「急ぎだ。二人でも早急に向かって欲しい」
「内容は?」
純也が聴く。その鋭い聴き方を聴いて、碌は純也の調子が少しでも戻ってきている事を察した。
「東京だ。新宿の一角で燐と一緒に『恭司』が目撃された。『警察連中』からの報告だ。間違いはないだろうし、嘘を付く理由もない」
「それを探し、実際に追跡しろって事ですね」
純也が察してそう言うと、碌は頷く。
「あぁ、そうだ。詳しくは資料を渡すから道中目を透しておいてくれ。攻撃をする必要はない。追って応援を送る。燐の攻撃の正体を掴む事が今回の任務だ。ただ追跡し、その目で戦闘の瞬間等、燐が超能力を使用する瞬間を盗み見て貰えれば良い。戦う必要はないし、見つかったらすぐに全力で逃げてくれ」
そう言った碌は準備をしておいた無線機を二人に渡した。
流だからこそ出来る任務。と、いう事。無能力者だからこそ、疑われ難いし、一般の中に紛れ込みやすいという単純過ぎる理由だろうが、それでも、流は碌の役に立てるならば問題だと思わない。
「わかりました」
流はそう言って無線機を取って純也にも渡す。
「車が村の出口に用意してある。流が運転出来るなら任せても良い。免許とかは今は気にするな。任務こそが今は全てだ」
碌のそれは見送りの言葉。二人はそのまま、いってきます、と静かに、だが、威勢よくそう言って、碌のオフィスを飛び出した。
その、数分後、碌のオフィスに来た隊長がいたが、そこには既に碌の影すらなかった。
「……、あ、メール」
村の出口に準備してあったセダン系の車に乗り込んだ所で、純也はその存在に気付いた。