2.神の存在理由―13
「だから、こそ、使える事がある。言い方は悪いかもしれないが」
碌は強く言う。流は言い方が悪いかもしれないが、という言葉に対しての否定はしておいた。
「流、俺は実際に見てないからより正確には言えないが、戦う力を持ってる。それでもって無能力者、挙句、燐に正確に正体を把握されていない。……、細かい事を言ってしまえば、我々もそうだけどな」
そう言って碌は笑った。確かにそうですね、とこの小さな冗談に流も笑った。
流にしか出来ない事。流だからし易い事。流を動かしやすい事柄。超能力者を相手に戦う事の出来る無能力者の人間は、前例がなく、尚更動きやすい。動かしやすい。
流の実際の動きを見れば全てが速いが、見ていない碌がそれを言い切る程、今は時間がないのだ。そして、人手が足りない。
そうだ、超能力制御機構には、人手が足りない。燐の仲間の数、燐の持つ組織の規模なんて把握しきれていないが、多いと想定して動くのは当然だ。神を相手にする可能性のある、世界を巻き込む可能性のある事情だ。数を用意していなければ、そもそも、危険過ぎて動けるとは思えない。それに、神流川村にいながらずっと、超能力者だという事実を隠してきた様な男だ。妻を見殺しにし、息子にも大した関心を持たない男だ。この、今起きている事情に対してのみ、集中している事だって大いに考える事が出来る。
(……燐め。絶対に止めてみせるからな)
皆が、覚悟をしている。そして、燐と碌だって、長年同じ村に住んでいたのだ。それなりの、確執だってある。
8
そもそも、神、と呼ばれる程の人間が、生きている、いや、生かされているのには理由がある。碌だって神の存在を把握しているのだ。超能力制御機構と言う程の組織が、言葉一つで世界を崩壊させる事が出来る程の力を持った超能力者を、そのまま放置しておくはずがない。おけない。
碌だけではない。神の存在を知ってしまえば、誰もがその力を利用しようとしたり、危険性を感じ取って排除しようとする。しないはずがない。
神を狙う燐。それを阻止しようとする碌。そして、
「他にも神を狙う組織がいるだろ。当然の事だ」
戸守は言う。超能力制御機構の一室。ここは少数対少数で話す必要のある場合に使用される事の多い小さな一室だった。もともとは尋問等に使われる事を想定して作られていた部屋だが、その様に使用される機会が少ないため、この様な状況で使用される場合や、ただの休憩室として使われる事が非常に多くなっている。
「そりゃあそうでしょ? どこが動くのかはわからないし、今動いてるのがどこにいるのかはわからないけど、神威燐が神を狙ってるって事が、……いや、誰でもいいけど、誰かしらが神を狙ってるって事実がはっきりしたら、きっと『どこもかしこも』動き始めるだろーね」
恵夢がアイスを頬張りながら、そう呆れた様に言う。彼女の言葉は事実、彼女の言ったその言葉は、事実である。頷くまでもない、戸守だって聴いて、考え、想定して眉を顰めたくなる事実である。
戸守も恵夢も歳通りに超能力に関わってきている人物で、流なんかよりも奥の奥にまで足を突っ込んでいる身。この事態が、どれだけ大きく、危険なモノだという事を良く理解している。
「まだ、俺達の知らない組織だの団体だの、いるはずだからね。想像以上に事がややこしくなると思う」
「だろうね。早く、『上の奴ら』帰ってくればいいんだけど」
恵夢のその言葉が終わると同時、二人の口から溜息が漏れた。長めのそれを吐ききると、二人とも互いを見た。自身の持つ力を互い共確認し、今、どれだけの立場で動かねばならない、尽力せねばならない、という事実を把握いしたから、故の溜息だった。
簡単に言えば、先が思いやられる、という言葉のまま。
9
「もしかすると、お父さんにとっては今更なのかもしれないけど、」
そう言って、食卓で、話しを始めたのは奏だった。
和食一色の晩御飯が並んでいる。奏、流、碌の三人はそれぞれ箸を進めつつ、つけっぱなしのテレビの音声を聞きつつ、その声から始まった会話を進める。
「なんだ? 急に?」
「神って、なんでいるのかな」
「どういう事?」
流がご飯を頬張り、味噌汁を啜りながら首を傾げると、奏はなにかを確認する様に頷いてから、言う。
「だって神って超能力者でしょ? って事は人間だよね。隙を着くなり卑怯な手でも使えば、例えば、殺せないって事とかはないんだよね?」
確認する様な言葉に、碌は頷く。
「そうだな。確かに、相手が寝てる間とか、殺す事は出来る可能性はあるな。超能力者も、意識さえなければ超能力は発動しないだろうしな」
「でしょ?」
「どういう事だ?」
流には話しが見えていない。と、言うのも、流がまだ超能力に関わって浅いから、という理由もある。
奏は流を一瞥してから、知らない流を気遣う様に、説明混じりで言葉を並べる。
「言い方はあれかもしれないけど、殺せるって事は、処置が出来るって事だよね? だとしたら、超能力制御機構が、言葉だけで世界規模で事象を自在に変える事の出来る存在を、放っておくはずがないよね? だから、何か対処なり処置なりしてるのかなって思ったの」
これが、奏の質問だった。そして、この質問をしている通り、奏は超能力制御機関に正式に所属はしていない。が、ある程度の話しは把握している、という事である。
それに対して碌は、暫くの沈黙の次に、それに対して応えた。沈黙は、まだ正式な職員という立場ではない奏に、娘とはいえどこまで話すべきか、と考えた故の時間である。
「……、当然、してあるさ」
その沈黙も含めて、流は何か違和感を感じ取るが、味噌汁を啜りながらテレビへと視線を投げて、触れない様にしておいた。
「具体的には? 単純に気になるから聴いてるだけで、無理矢理聞き出そうなんて思ってないから、言えないなら無理して言わなくても大丈夫だからね」
「言える所までは話すさ。家族出しな」
わざとらしくそう言って笑い、碌は続ける。
「前にも一応言ったと思うが、神はどちら側かと言えば、俺達の味方だ。味方と言える程の関係でなくとも、敵ではないし、燐の味方ではないな。だから、正直、手を出さなければ良い場合は何もしたくないが……まぁ、奏の言うとおり、処置をしなければならないからな。だから超能力制御機構は、神に敵意がない事を示し、確認して、約束をしに『行った』」
「約束って何ですか?」
そこで流石に流が口を挟んだ。単純に、気になったからであり、確認すべきだ、と判断したわけではなかった。
「何、簡単な話しだよ」
碌はそう言って微笑み、流と奏と視線を右往左往させながら、言う。
「協力関係を言葉にして、確認して、明確に築いてきたんだ。互いのために、互いが動く関係でいよう、と。当然、神の力を考えれば、俺達の力じゃ張り合えないが、人数がいるからこそ、出来る事がある」
当然、それについても知りたくなるのが、人間。
「お父さん。それって?」
話しを途中でやめるのを阻止する様な、突っ込みを奏が入れると、再度一瞬の沈黙が訪れ、そして、話しだす。
「言えるのはここまでだからな」
そして深呼吸の様な溜息。後に、
「神に一人、護衛を付けてるんだ。正確に言えば、護衛って表現は違うな。……うーん。そうだな。使いっ走りみたいな状態だな。悪い言い方ではあるが」
「ん? それって、神の下っ端になってるって事ですか?」
流が箸を止めて問うと、
「いいや、それも正確ではないんだよな」
碌は困った様に言った。