2.神の存在理由
2.神の存在理由
「御苦労。後始末は頼む」
神威燐は『施設』を出る、足元の僅かな明かりさえ完全に消えた階段を悠々と登り切った所で、『そこで待機していた仲間達』とすれ違った。内一人の肩を軽く叩いてやったのは働きの労いのつもりだった。
燐はそのままスタスタと歩いて振り返る事もなくその場を後にした。
出来るだけの目的は果たした。
(……。碌から神の居場所を吐かす事は出来なかったが……『成功』だ)
燐は燃え盛り、悲鳴があちこちから上がるこの村を誰にも触れられないまま、笑み、そして、出た。息子の事を気にかける事もなかった。それどころか、愛しあったはずの妻でさえ、気に留めなかった。死んでいようが、生きていようが、既に、ここまで到達した燐にとっては、どうでも良くなっていた。
燐は神流川に対して、愛情等存在していなかった。
燐が村を出て山を下っていると、続々と後方から足音が続いてきた。仲間達の、足音だ。その数は音を聴くだけで、単純に、多い、と分かる。すぐには数え切れない程でもある。
それでも、数は減っていた。当然だ。燐のタイミングが流という存在によって大幅に後にずらされたのだ。それによって碌の仲間達の『多く』が戻ってきてしまい、『衝突』した。そして『互いに』数を減らしたのだ。
それでも、この数。引かず共、そのまま攻め続けていれば、間違いなく神流川村を完全に壊滅させる事が出来ただろう。が、それは、燐の目的ではないのだ。
『知って』しまった以上は、一刻を争う。
当然燐は手を打っていた。『知ってなお、知り得ないと思わせた』。そう仕掛けた。だが、まだ、危惧している。
(碌が『気付かない』とは限らないからな。あの男は、出来る男だ。急ごう)
燐には、目的がある。燐の仲間達は、その目的を共有するからこそ、仲間として燐の下で働いている。
その目的とは、神を、利用する事である。
「……神、とは」
多くの者が救急車に運ばれた。救急車に乗ったのが初めてだった人間は神流川には多かった。奏が美弥を発見した際に呼んだ救急車が到着するまででも相当の時間がかかったが、更に追加で頼んだ分は当然、もっと時間を要した。だが、既に死んでいた者を除いて、それ以上死者が出る事はなかった。
そんな中、碌の判断により、郁坂流、ただ彼だけは『この村での治療』にて回復させる事が決まった。治療を終えるまでに一日。そして目覚めるまでに更に三日を要した。それほどに、重症だったのだ。怪我をしてすぐにこの様な処置が出来ていれば、ここまでの事にはならなかったのだろうが、怪我をしてから、戦いまでしたのだ。怪我はその動きの中で酷くなる一方で、当然、治療にも時間が掛かったし、身体の負担も増えていたのだった。
だからこそ、要した時間。
それだけの時間がアレば、人員さえ補充できれば、この小さな小さな神流川村の修復、復旧は容易い。挙句、もとより村民の数は少ないのだ。完全に一族途絶えてしまった一家もあり、修復の必要のない家も多くはないがあり、流が目覚める前日、大方の仕事は終わった。
終わっていたからこそ、流は目覚めてから、やっと、本当に、常人らしく、混乱した。
何が起こり、何が村をここまでの惨状にしたのか、何が、自分の知らない所で動いているのか、全てを、把握すべきだと気付いた。
流が呟く様に問うたモノ、それに応えるのは当然、碌である。
「神……、」
名称を、呟いた所で、一度、思案。
(あの状況で、しっかりと会話が聴けていて、覚えている……。流、その『慣れ』は一体何だ……?)
が、それは今では答えがでない事だ、と振りきって、一度、決して時間稼ぎ等ではなく、単純に、確認の意味として碌は流に問う。
「神威燐が言った、『神』の事だな?」
当然、返事は強く、深い首肯だった。流は、知る覚悟をとっくに決めている。
その覚悟が決まっている以上、この『神』という名称を見逃すわけにはいかない。絶対に誤魔化させない、真実を履かせる、という程に、流は食いつくつもりでいた。
そして、碌も、それを理解していた。
だからこそ、応える。彼に、応える。
「……神もまた、『超能力者』だ」
碌は応えた。それを聴いた流は、だろうな、といった様子で、力強い視線を彼に向けたまま、再度首肯した。続けてくれ、という合図であった。
――超能力。
流が倒れる直前、戸守と初めて出会ってすぐ、流が碌の口から聴いたその『現実』である。
この神流川村に、流が所々だが確かに感じて違和感の正体である。
超能力。信じられない話しだった。流でさえ、最初は疑った。命の恩人に対してでも、何を言っているんだ、と問わなければと思う程であった。
だが、この時も碌は流の反応の異様なまでに思える『鈍さ』に違和感を覚えていたが、当然言葉にはしなかった。
流が通れる直前に、ある程度の説明はした。超能力について、だが、当然全てを説明をする時間はなかった。それ以前に、流が倒れてしまった。
だが、その程度の事情説明しか出来ていないその状態でも、流は受け入れ、理解を努力し、そして、先に進もうとする。その考え方一つみても、やはり、碌は流に対して、良い意味での違和感を抱くのだった。
当然、碌はすぐに続ける。
「……前に『軽く』説明した通り。普通の人間では持たない『力』を持った人間、それが、超能力者。俺はや碌、それに戸守も。この村には大勢の超能力者がいる。皆、様々な種類の力を持っている。神も、それと同様、超能力者だ。ただ、その力は、恐ろしく強力なんだ」
「強力、といいますと? 想像も出来ないんですけど」
言われて考えた流だが、吐いた言葉そのまま、想像も出来なかった。神、と言われて強力な力なのだろう、という事は連想した。だが、単純に、この短時間考えただけで、答えに、少なくとも今の自分の持つ知識では、到達出来ないと気付く。
流もこの話しの流れの中で、碌が真摯に現状を受け止めて、嘘をついたり誤魔化したりしないという事に気付いている。だからこそ、期待もした。一体、その強力な力とは、何なのか、と。
そんな期待に応える言葉は、
「……簡単な事だ。その『神』の言った言葉は、全て現実になる。そんな馬鹿げた力を持った人間、超能力者がいて、その人間を俺達は、『神』と呼んでいるんだ」
「は? ……え? そんな馬鹿げた力が……!?」
ここに来てやっと、だった。流れが、普通の人間と同じ様に、碌が違和感を感じない程に驚きを見せたのは。
(言葉を現実に……!? ダメだ。言ってる事はわかるんだけど、意味がわからねぇ!)
「あるんだ」
首肯。
「言った言葉をそのまんま、現実にしてしまう最強の力が。挙句、その人間はその能力を日常生活に支障をきたさない程に操る事が出来るんだ。……最強、なんだよ」
「そりゃ、流石に、燐さんもさらって、使おう、って考えはわかります」
そこまで消え入りそうな声で言った流は、でも、と更に、質問を重ねる。
「なんで、燐はその神をの居場所を知ろうと……?」
当然の疑問だ。燐に何かしらの目的がある事は、誰もが察している。だが何故、神を欲するのか、疑問となる。
言葉を現実に出来る。そこから何でも出来る。という事は分かる。言葉そのまま、万能な力であり、それこそ神であると想像出来る。だからこそ、目的は重要でないようだが、聴かねば、ならない。
燐は、碌に神の居場所を吐かせようとしたのだ。つまり、燐は神の居場所を知らない。碌は――恐らく――知っている。その関係は、少なくとも、神は燐の仲間ではない、という関係。